不二家憩希のブログ

男には自分の世界がある。例えるなら空を翔る一筋の流れ星。

刑事コロンボ

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その29

 "刑事コロンボ”の原作者コンビは、2作品を残した
ままコロンボの脚本を書くことを止めてしまい、強力
な後見人としてプロデューサー的役職に就くことに
なった。
 と言っても”刑事コロンボ”作品制作の第一線から
退いたわけではない。
 今日でも多くの”刑事コロンボ”をノベライズ(ドラ
マを小説化すること)された小説が、リンク&レヴィ
ンソン名義として発売されている。
 それらは、実際にはリンク&レヴィンソンが書いた
ものではなく、他の脚本家が書いたものであっても、
そうなっている。
 これは、どういうことなのだろうか?
 おそらく、リンク&レヴィンソンがトリックや登場人
物設定などドラマの重要なアイディアを脚本家に提
供し「この内容で書いてくれ」と指示していたものと思
われる。
 ピーター・フォークはそうした脚本であっても、気に
入らない点があれば躊躇なく文句を言った。
 両者の間に脚本家を挟むことにより、ワンクッション
があるとはいえ、納得できないことはやらない主義の
フォークは意見をぶつけてくる。
 そこで、リンク&レヴィンソンの出番である。
 ”刑事コロンボ”の大成功により世界的な大物にな
りつつあったフォークと対等にやり合うにはそれなりに
キャリアもなくてはならない。
 リンク&レヴィンソンは作品の原作者でもあり、対応
役には適任だったのだろう。
 
 〜続く〜

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その28

 ”刑事コロンボ”は、原作者コンビである脚本家の
リンク&レヴィンソンとピーター・フォークとの諍いの
中から生まれ育まれていった。
 原作者コンビは、何とか自分たちのオリジナリティ
を表そうとし、それをフォークに要求する。
 フォークは、自分が気に入らない部分に対し抗議
し変更を求める。
 リンクによれば両者は「論争の日々だった」そうだ。
 殆どの俳優は与えられた脚本に口出しすることは
せず、脚本に忠実に演じようとする。
 それが、マナーであり、業界で生きていく常識であ
る。
 フォークはそんなことはお構いなしに文句をつける。
 それが影響してか、原作者コンビは、2作目の”死
者の身代金”では、脚本から降りてしまう。
 続く3作目の”構想の死角”も脚本を書いていない。
 2作目と3作目は、当時気鋭の脚本家に任せてしま
っている。
 そして、4作目の”指輪の爪あと”で脚本に復帰した。
 だが、この作品がリンク&レヴィンソンが”刑事コロ
ンボ”の脚本を手がけた最後の作品となる。
 つまり、リンク&レヴィンソンが書いた脚本は第一作
目の”殺人処方箋”と”指輪の爪あと”の2作品だけと
いうことである。
 たった、2作品でも原作者は原作者である。
 しかし、リンク&レヴィンソンは”刑事コロンボ”から手
を引いてしまったわけではなかった。
 その後も番組冒頭には「原案・リンク&レヴィンソン」
と必ずクレジットもされている。
 自らは脚本を書かずともプロデューサー的ポジション
を確保し、番組の制作に関わり続けたのだ。
 このあたりは実に抜け目がない。
 コンビは原作者として、”刑事コロンボ”に大きな影響
力を振るった。
 脚本をチェックし、作品の質を保ち設定の不備を見逃
さなかった。
 何より重要なのは、常に脚本に文句をつけてくるフォ
ークとやり合わなければならないことである。
 静かな雰囲気で展開していく”刑事コロンボ”は、その
舞台裏では常に火花が散っていたのである。
 
 〜続く〜

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その27

 当ブログでは”刑事コロンボ”のコロンボ警部像を作
ったのは、60%〜70%はピーター・フォークによるも
のである、と主張してきた。
 これは、多くの証言を元にした数値であり、推測の
域を出ない。
 原作者コンビサイドにしてみれば、「コロンボ警部を
作ったのは私たちだ」と譲らないだろう。
 だが、初代のコロンボ警部のバート・フリードや2代
目のトーマス・ミッチェルが演じたコロンボ警部とは大
きくかけ離れたコロンボ警部をフォークが演じることに
より、コロンボ警部は世界的な人気者となった。
 そのコロンボ警部像は、フォークが原作者との争い
の中から育まれていった。
 原作者サイドは、フォークの撮影所への立入禁止と
いった実力行使までして力を見せつけ、フォークを従
わせようとした。
 しかし、フォークはそれには屈しなかった。
 フォークにはそのような異常事態にあっても、冷静に
状況を見つめていた。
 どうして、そんなふうにしていていられたのだろうか。
 それは、フォークは普通の人とはちょっと違った感性、
性格の持ち主であるということによる思われる。
 これは良い意味にとれば「非凡」あるかもしれないが、
ある意味「空気が読めない」「ちょっと変人」ということ
でもある。
 このことについては、タイトルを改めていずれ記したい
と思う。
 さて、コロンボ警部像における原作者サイドの影響力
はどの程度だったのだろうか?
 原作者コンビがコロンボ警部についての人物設定が
元々はどのようなものだったのか?
 それは俳優やスタッフに配られた脚本を読んでみれ
ば判るであろう。
 その脚本と作品として完成した”刑事コロンボ”を見比
べてみれば、フォークのアイディアがどのくらい反映され
ていたのかが明白になる。
 脚本と違う点は、全てフォークの提案により変更された
ものだからである。
 しかし、”刑事コロンボ”の脚本が世の中に出てくるこ
とはあるのだろうか?
  いずれ何かの拍子にオークションか何かで私たちの前
に姿を現すかもしれない。
 私は、是非その脚本を読んでみたい。
 そこには、フォークの非凡なる才能が脚本の空白にこそ
読み取れるからである。
 
  〜続く〜

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その26

 ピーター・フォークによるコロンボ警部の、あの独
特な持ち味はどのように出来上がったのか。
 それは、フォークの俳優として極めて特異な演技
能力にあると思う。
 ”刑事コロンボ”に至るまでのフォークの俳優活動
を振り返ると、そこには普通の俳優ではまずありえ
ない点に気がつく。
 フォークは、ギャング役などの悪役とコメディ映画・
ドラマにおけるコミカルな役という相反する役を同時
に進行させている。
 これは極めて異例のケースではなかろうか。
 若手の頃は悪役専門でも、キャリアの後半以降は
善人役にシフトするというケースは割と多い。
 また、その逆も結構ある。
 だが、フォークはそれを同時期に演じているのであ
る。
 この映画では、悪役、次のドラマでは面白おじさん
の役、そしてまたその次はギャング、という具合であ
る。
 他にこのようなスタイルをとる俳優がいるだろうか?
 多くの俳優は、どちらかに軸足を固定しているもの
である。
 フォークは、そうした姿勢はとらなかったのだ。
 そしてフォークはそれだけに留まらない。
 フォークはシリアスな役も同時期に演じているのだ。
 それらは社会問題を提議する見ていて気持ちが沈
んでくるようなリアリティにあふれる役である。
 フォークは悪役、コミカルな役、シリアスな役の3本
立てなのである。
 フォークは、それらのいずれでも高い評価を受けて
いる。
 アカデミー賞、エミー賞にノミネートされ、”トマトの
値段”ではエミー賞を受賞している。
 フォークは実に起用で多才な俳優なのである。
 コロンボ警部の愛嬌のあるコミカルな感じは、喜劇
俳優としてのフォークの一面が出ている。
 中盤以降、犯人を追い詰めるコロンボ警部は、シリ
アス俳優としての顔が見える。
 最後の犯人を落とす際の緊迫した場面での迫力あ
る追究では、悪役で培った凄味を感じさせる。
 フォークは並の俳優ではない。
 やはり、大成功するだけの才能の持ち主なのである。
 
 〜続く〜

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その25

 ”刑事コロンボ”におけるコロンボ警部のキャラ
クターは、その殆どをピーター・フォークが創りだ
したものと私はみている。
 それは、収録前に脚本にクレームをつけ内容
の変更を迫る。
 収録中には、カットできないような見事なアドリ
ブを発して、新たな設定を加えてしまう。
 フォークは、コロンボ警部のキャラクターにとっ
さのアドリブから「礼儀正しく丁寧な人物」という
設定を加えたことは以前の当ブログでも記した。
 あの丁寧なものの言い方は、アドリブが出発
点だったのだ。
 そうしたある種の実力行使以外にも、コロンボ
警部像の創出にフォークが果たした役割は大きい。
 それは、フォークの演技力である。
 フォークのあの自然な演技力は、フィクションで
ある刑事ドラマに大きな現実味をもたらしている。
 不自然さを極力排除した”刑事コロンボ”ではあ
るが、冷静に細かく見ていくと「これはありえない
なぁ」という場面や展開がいくつもある。
 これは、テレビドラマだから仕方がない。
 そうした点に視聴者が気がつかないように、ある
いは気づいても大目に見てもらえるようにするのが、
俳優の演技力であろう。
 フォークがコロンボ警部像に演技力を持って付け
加えたその他の点は、あの愛嬌のある態度では
ないかと思う。
 これは、私は原作に当たる脚本を読んでいるわ
けではないので推測でしかない。
 だが、あの嫌味のないコロンボ警部独特の表情
や態度は、フォークによるオリジナルではないかと
しか思えない。
 と言うのも、あのような感じは他の俳優では見た
ことがないからである。
 
 〜続く〜

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