AE658 近三ビル(旧森五商店東京支店)/村野藤吾
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数日の間オヤスミをチョーダイしたまるふです。 でも、正直もう少しオヤスミがほしいまるふでもあります。 なんというか…大方の予想通り、今週は慌しくなりまして、アレヤコレヤと予定が立て込みまくっている状況デス。 イロイロなコトを同時に考え、そして立て続けにこなしていかなくてはならない状況に、ぐるぐる、グルグル、GURUGURU…と、アタマの中も身辺も慌しく展開している、そんな感じです。 さて、どーしたものか…まぁ、ひとつひとつを丁寧にこなしていくしかないというか…そんな感じというか…そんなコトを書きつつ、コチラもぐるぐる、グルグル、GURUGURU…となっています(汗) それはさておき、今日はケンチクさんをショーカイしておこう!! というワケで若干早めにシゴトを切り上げて、あとは明日のために寝るだけ!!というのを前にしてパソコンに向かっています。 で、ゴショーカイしますは…「近三ビルヂング(旧森五商店東京支店)」 このケンチクさんは、戦後日本建築界のトップアーキテクトの一人である村野藤吾氏が長らくチーフアーキテクトを勤めた渡辺節事務所から独立した後に出かけた最初の作品で 要するに、巨匠村野のはじめの一歩を飾るデビュー作として名高いケンチクさんです。 建物の用途は、写真を御覧いただいて一見にして明快な、いわゆるオフィスビルというヤツで、元々は森五商店という近江八幡にはじまる呉服問屋の東京支店として完成したものと聞いています。 このケンチクさんというのは、近代建築史の中でも戦後モダニズム建築へと続く金字塔ともいうべく不朽の名作として名高いモノで ということがこのケンチクさんの竣工時期に表れている…その完成は昭和6年!! そのあたりがよくよく表れているのが外壁のディテールで…茶褐色のタイルに覆われたツルペタの壁面に、若干縦長のプロポーションをした開口部が、ほとんど凹凸のないカタチでもって納められて並ぶ。 御覧いただいている写真にもその凹凸が抑えられたツルペタの様子がよくよく御覧いただけていると思われます。 この外観をナニナニ様式として明記している例というのはあまり聞かず、調べた限りでもオランダ・アムステルダム派の影響を指摘している方が見られましたが、 ナルホド、それもありそうだ…という中に、個人的にはセセッションのプロポーションにも見えますし、やドイツ表現派の影響も少しだけ…「あると思います!!」(天津木村さん風) いや、そんな断言できるほど自信はないのですが(笑) ただ、アムステルダム派にせよ、セセッションにせよ、ドイツ表現派にせよ…前時代、つまり古典主義様式からの名残として、壁面の凹凸(正確には開口部の凹凸)が多かれ少なかれ残る部分がある中で 本作のツルペタ感というのは…何に近いかっつーと…やはりインターナショナル・スタイルに最も近いような気がしてなりません。 それというのは、本作より時代を下ること3年先には、古典主義様式建築の国内最高峰「明治生命館」(岡田信一郎氏設計)が完成していることさえ思えば、実に驚異的とすら感じるワケですし それというのは、かのブルーノ・タウトを「モダニズム建築の傑作」として驚嘆させたという「東京中央郵便局」(吉田鉄郎設計)とまさに同じ年代の完成という、フシギな一致にも考えさせられるトコロがある そして、それというのは、今現在の目から見れば、本作がかえって特別なケンチクさんと見えないことにも、ある種のスゴミを感じるワケです。 ただ、そのツルペタで時代をさきどる先見の明だけにスゴさがあるというだけではないのが、ボクが思う「近三ビルヂング」の本領だと思っています。 というのは…この写真でも御覧いただいているように側面右側にある、説明のつかないわずかだけでも実にミョーな凹凸があったり 写真は撮影できてないのですが、1階エントランスホール天井にあるガラスモザイクになる見事な装飾…(本作の名で検索をかけるとたくさんショーカイしているHPなどがでてきますので、ぜひ御覧になってみてください) 村野氏曰く「遠めはモダン、近めは歴史主義」、それを本作では目指したという。 その姿勢、「遠めはモダン、近めは歴史主義」こそは後々、時代と共に、そして常に「サムシングニュー」、変化を志す村野氏の作風と共に変化していったと思われますが、そのスタンスこそは村野氏の一連の作に通じる点、特に本作がデビュー作といわれるだけに「ムラノの原点」といっても差支えないのではないかと思えてなりません。 そして、それは何よりも時代を超越するエネルギー、本作が今、現在の目で見ても、フシギと古さを感じさせないあたりは、我々に大いなるメッセージを伝えているようにも思わずにはいられない… とまぁ、ここまで書いたら筆がピタリと止まってしまいました(笑) なんというか、ハナシが広がりすぎて、現在のボクの力量と状況では、まとめあげるには少々余る…端的にまとめれば、そういうケンチクさんであるというのが今日のケンチクショーカイのまとめということになるでしょうか。 決して、大きくもなく、街中に他のケンチクさんと仲良く軒を連ねているヒトツのオフィスビルに他ならないのですが…そこに無限のエネルギーが秘められている。 また、機会があれば、本作についてゆっくり考えてみたいと思います。 最後に…この「近三ビルヂング」、1991年から丸2年間を費やしての保存改修工事を経て、現在に至っております。 それを前にして、タイルの剥落もあり、建替も検討されたようですが、結果的に原設計を尊重して改修を行うという経緯にあったそうです。 今日の記事にあるようなゼイタクな考えゴトも、その英断があってこそ。 今日は最後にそのことにふれて、まとまってない記事の筆をひとまず置きたいと思います。 さすがは名作、手に余るというか…ハァ、正直疲れました(笑)
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まるふ さん、お久し振りです(^^)
気合の入った改修工事…ありがたいですねぇ
で、竣工時の写真が拝見出来ます↓(P2)今では見られない西側
http://www.websanko.com/marketinfo/officemarket/pdf/0211/memory.pdf
2008/12/9(火) 午後 8:55 [ Kato ]
こちらこそゴブサタしてしまい、申し訳ないです。
なかなか貴重な記事をゴショーカイいただきありがとうございました。
内部に和室があるなんて…ビックリっす(驚)
2008/12/11(木) 午後 9:30 [ まるふ ]
こんにちは。
この建物好きだなー。なんでかわからないけどこのスタイルが魅力的。
2008/12/16(火) 午後 0:27
コメントありがとうございます!!
その「なんでかわからないけど魅力的」という、モノ言わぬけど、伝わってくる魅力というのが、このケンチクさんの持つエネルギーだと思われます。
まぁ、語れる美術品なぞたかが知れるといったことも聞いたことがありますからネェ…そういうことなのでしょう、きっと…
2008/12/18(木) 午前 1:15 [ まるふ ]
まるふ先生、今回もタイムリーではないコメントです<m(__)m>
近三ビルって、モダニズムの中に和の心があるような作品じゃないかなと思っています。
・・・・と、かのブルーノ・タウト氏が絶賛していたんで、私もそれに乗っかっているだけなんですが(笑)
まるふ先生も通われている永田町の某図書館でコピーしてきた、『婦人の友、ブルーノ・タウトの東京建築探訪』の資料が見つからないんで、詳しくは書けないんですが(汗)、確かそう書いてあったような気がします。
ドイツ表現派やインターナショナルデザインなど、当時のモダンデザインとは違う村野さんの味が詰まった素敵な建物だと思います。
いつも覗くだけですが、エントランスホールのモザイクタイルは素敵ですよね。あれも村野さんの原点なんでしょうね。
2008/12/22(月) 午後 10:34 [ ヨウタロウ ]
ヨウタロウさん、こちらこそタイムリーではないレスポンスで…スイマセン(汗)
非常によいコメントで感銘を受けたのですが、その二面性こそが村野さんのケンチクを読みとくカギのような気がしますね。
イロイロを考えさせられるナァと思い、ドキッとしました(笑)
2009/1/3(土) 午前 2:21 [ まるふ ]