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ガネッシュの暮らし&旅ブログ
チェンマイ在住ですが、時々日本にも戻ります


チェンマイ専門の情報サイト



前日の夜は、正統派日本料理レストラン、といった感じの「大の樹」で久しぶりの和食を堪能したので、その翌日は少しだけ変化球の日本食を、とお友達が考えてくださった。

予約してくれたのは、スクムヴィット通りソイ53にある洋風ダイニングの店、「隠れ家」だ。

名前の通り、割と薄暗い感じのソイ(路地)を少し入ったところにある隠れ家的な店で、特にBTSのトーンロー駅で降りて店に向かうと、のれんのかかった一間くらいの幅の入口しか見えず余計にその雰囲気を味わうことができる。



ソイ53側の入口
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ちなみに、のれんには甚右衛門と書かれているのだが、それはもともとこの店が「甚右衛門の隠れ家」という名前だったからのようだ。

店はかなりの大きさがあり、建物が増築に次ぐ増築を重ねたものなのか非常に入り組んだ構造になっていて個室が中心ということもあって、よく通路を確かめずにトイレに行っちゃったりすると、戻るのが大変である(笑)






テーブルセッティング
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「洋風ダイニング」と謳うだけあって、いぶりがっこからマグロのガーリックパン粉揚げ、牛タンシチュー、明太子マヨネーズピッツァ、カルボナーラうどんなるものまで、創作料理を含めて幅広いジャンルの料理をいただくことができる。

どの料理もレベルが高く、このまま東京に店があったとしても流行るのではないだろうか、と思うくらい。

この日は5人での会食だったのだが、人数が多いと色々と食べられて、日ごろチェンマイでひとり暮らしの自分には特にうれしかった。

しかし、いつもバンコクに行って食事をして思うのだが、当地の日本食のレベルはほんとうに高い。

それも、京懐石のような純日本料理からこのような日本風洋食までオールジャンルで、である。

案内してくれるお友達がいて、味に間違いのない店ばかりで食べ歩いているからかもしれないが……


今回も2泊と短いバンコク滞在であったが、日本食を十分堪能してチェンマイに戻ったのだった。



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ちょっと散歩、といっても家から歩いて行ける場所にあるわけではない。

自分は目に問題を抱えていて、それにご利益のある寺院を調べていたところ、東京ではここが一番有名とのことで、たまたまそちら方面に出かける用事があったので出かけてみた。

JR中野駅から歩いて15分ほどだったが、帰りは西武新宿線の新井薬師前駅まで6〜7分であった。


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当院は新井山梅照院と号し、通称新井薬師として信仰されています。

寺伝によると、鎌倉末期、相模国(神奈川県)から行春(ぎょうしゅん)という沙門(僧)が新井の里を訪れます。清水の湧き出るこの地こそ、真言密教の修行道場にふさわしいと感じて草庵を結びました。
この草庵は、徳川初期頃になると廃寺同然の荒れ果て様でありましたが、庭に植わる梅の古木が夜毎に光るという現象が起こり、天正14年3月21日、梅の木を調べると薬師如来が現れました。
中野郷新井の郷士であり、元新田義興の臣 窪寺某が太田金山城に祀られていた尊像であることを確認し、薬師堂を建立したのが梅照院のはじまりです。
不思議な出来事とともに出現した薬師如来は、二代将軍秀忠公の第五子 和子の方(東福門院)が、患った悪質な眼病を祈願して快癒したことから「目の薬師」、また、第五世玄鏡が如来の啓示によって秀れた小児薬を調整したことから「子育て薬師」として、今日まで篤く信仰されております。

梅照院(ばいしょういん)のご本尊は、薬師如来(表側)と如意輪観音(裏側)の二仏一体で、高さ一寸六分(約5.5㎝)のご尊像です。
鎌倉時代に活躍した武将、新田家ゆかりの守護仏であったと伝えられております。

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とのことである。

思っていたよりもずっと立派な寺院で、平日の午後の遅い時間であったにも関わらず結構な人がお参りに訪れていた。

タイミング的に御祈祷はできなかったが、ひらがなの「め」が裏表で書かれた「めめ絵馬」を捧げ、眼病御守を買って寺院をあとにした。

自宅からは少し遠いけど、日本に戻るたびにお参りに行きたいと思う。






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台湾の古都、台南に徹底的にこだわった観光案内サイト
写真で見る台南ガイド ←クリック!




台南の街は海が近いが、どんどん埋め立てが進んで市内を観光しているだけだとそのことはほとんど感じられない。

が、市内中心から15分ほど西に歩くと、運河に突き当たる。

運河の水は決してきれいではなくわざわざ見に来るようなものでもないが、何となく潮の香りがするし、小舟が走っていたり湾関係の事務所があったりして、台南が海に近いことがわかる。

運河の向こうは新市街となっており、台南市政府庁舎をはじめとする官公庁やオフィスなどが立ち並んでいて(まだ空き地となっているところも多い)旅行者が行ってもおもしろいところではない。

もっとも、海に近いことを実感したいのであれば、安平に行ったほうがいいのだが……



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大阪にチラッと遊びに出かけた。

メインの目的は在住のお友達と飲むことと、人から教えてもらって行きたくなった奈良県にある寺院を訪問することだ。

いつものように昼頃の飛行機で羽田から伊丹に飛び、バスで市内に入ってホテルへと向かう。

今回の泊りは、四ツ橋にある「ダイワロイネット四ツ橋」だ。

「四ツ橋」という名前がついている通り、地下鉄の四ツ橋駅が徒歩5分ほどで一番近いが、本町駅から6〜7分、心斎橋駅からでも10分ほどでアクセスすることができ、交通の便は抜群だ。

四ツ橋駅から歩いてくると、オフィスビルや専門学校の間にところどころ小さなオシャレな飲食店や雑貨店があるそれほど人通りが多くない道を通って来る。

途中にコンビニもあり不便はないのだが、夜の遅い時間だと少しさびしい感じがするかも。

ダイワロイネットホテルは名前の通り大和ハウスグループが展開する全国チェーンで、基本的にはビジネスホテルなのだが、設備やサービスが一般的なビジネスホテルに比べると少しグレードが高く、自分は気に入っている。

チェックイン時に入浴剤やコーヒーのドリップパックなどがもらえるのも、何気にうれしい。

地方に行く時には、このダイワロイネットホテルがあればだいたい利用するほどで、「ロイネットクラブ」のメンバーにもなっている。


今回泊まった「ダイワロイネット四ツ橋」は、オープンしてからまだそれほどの年月が経っていないようで部屋などもきれい。

今まで宿泊したことのある各地のダイワロイネットホテルの中でも、トップクラスの快適さであった。






フロントでチェックイン時にいただきました(^^)
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自宅にいる時には、たいていテレビをつけている。

自宅にはCATVが引いており、その視聴環境は日本とまったく変わらいと言ってよいだろう。

旅行専門、ショッピング専門、アニメ専門などタイのテレビ局を中心に、アメリカのドラマを中心に放送しているFOXやアルジャジーラ、NHKワールド(英語放送)などを含めておそらく100チャンネル以上が視聴可能だ。

お金を出せばほかにもさまざまなチャンネルを見ることができるし、日本の民放地上波やBSチャンネルなどをインターネット経由で見ることのできるサービスを提供している会社も、こちらにはいくつもある。

が、自分はもっぱらタイのテレビ局(3チャンネル)をつけていることが多い。

もっとも、見ているというよりも「聞いている」という感じで、パソコンをいじったりしながらタイ語のヒヤリング・レッスンの代わりなのだが……

それでも、現実感のない上流階級の罵りあいばかりのドロドロの愛憎劇ドラマとか、軍事政権のプロパガンダ番組など、聞いていてもさっぱりわからない(興味がない)番組もあったりして、そんな時にはテレビを消して無音のまま時間が過ぎていくこともあった。

が、ある時FMラジオを聴きながら車を運転していて、「そうだ、家でもFMラジオを聴けばいいじゃないか」と気がつき(遅いって(汗))、そのまま近くのエアポート・プラザ(ショッピングセンター)にある、パワーバイという家電量販店に乗りつけた。

ここは、普段自分がよく使っている大手家電量販店のサヤームTVに比べると規模は小さいが、ひと通りの商品は揃っている。

店内に入って店員にラジオはあるか聞いてみると、商品の置いてあるコーナーに案内してくれた。

あいにくラジオ単体はなかったのだが、いくつか並んでいる商品の中で小型のCDラジオMP3プレーヤーに目が行き、コンパクトで使いやすそう、値段も手ごろなので速攻で購入したのだった。



購入したCDラジオMP3プレーヤーのパッケージ
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AJというタイローカルのメーカー製で、こちらではそれなり知られているブランドだ。

写真のおじさんは、社長ではなく有名タレントらしい。



CDを一回り大きくした程度のコンパクトさだ
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このサイズだと持ち運びも簡単なので、昼間はリビングルームのデスクの脇に置いて、夜寝る時には寝室のベッドサイドテーブルの上に置いて……といった使い方もできる。



ボタンの数もこの程度なので、取説を読むまでもなく使いこなせる
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で、元々はFMラジオを聴く目的(タイ語のヒヤリング練習ということで言えば、テレビよりもラジオのほうが勉強になるように個人的には思う)で購入したのだが、実はそれ以上に使っているのがMP3プレーヤーだ。



USBメモリとSDカードを使うことができる
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音楽はもっぱらスマホで聴くことが多かったのだが、このプレーヤーを買ったのを機にSDカードにコピーしてこちらで聴くようになった。



SDカードを刺してボタンひとつで再生が始まる
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何を聴いているかは言わないでおこう(笑)








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秋田旅行からの東京への帰りは、まっすぐ高速道路を使ってもつまらないので、国道13号線を使って山形に出て、ランチにそばを食べて行くことにした。

以前、山形を旅行した時に食べた尾花沢のそばがとてもおいしかったので、今回も尾花沢に行こうということで、道中助手席に座っていた妻がスマホで調べてたどりついたのが、「きよそば」という店。

国道13号線から大石田の町に入り、最上川沿いにどんどん細くなる県道を進んで行く。

すると看板が見えてきて、駐車場に車が数台止まっていたのだが、店というよりは普通の民家である。






ナビの誘導がなかったら、たどり着けなかったかも
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店に入ると、大きな二間続きの座敷があり、そこにテーブルと座布団が置かれている。



やはり、そば屋というよりは普通の民家に招かれたような雰囲気だ
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自分たちが入ったのは11時半くらいだったのだが、すぐに席はいっぱいになってしまった。

来ている人達は、みんなご近所さんみたいな感じ。



お茶と一緒に、漬物が出される
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これ、これ。

これが、山形(県内全部かはわからないけど)でそばを食べる時の大きな楽しみのひとつなんだよな〜

こちらの漬物は、塩加減がしょっぱくもなく薄くもなく絶妙で、普段は漬物を食べない自分でもパクパクいただいてしまった。


「きよそば」のメニューは多くない。

基本的には、板そば一択である。



もちろん、それをいただく
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いや、これはすごい!

今までの人生で食べたそばの中で、一番かもしれない。

こちらのそばは十割だそうだが、ありがちなぼそぼそしたところがまったくなく、つるつる、少しのもっちり感、そして口の中から鼻へと広がっていく風味と、これぞそば、である。

もちろん、つゆ、最後の蕎麦湯も非の打ち所がない。


めったにないのだが、自分は本当においしいと感じる料理を食べると、ボーッとしてしまい、夢うつつの中でいつの間にか食事が終わっている。

この「きよそば」も、そうした数少ない経験ができた貴重な店であった。

今は海外に住んでいるのでなかなか行く機会はないけれど、日本にいたならここに行くだけに東京から車を飛ばしたであろうレベルである。







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台南市内やや南部にある、雍正4年(1726年)に建設された文昌帝君を祭った私学機関。

東門円環(ロータリー)から府前路一段を西に100mほど進み、萬昌街へ右折してすぐに左手にある府前路一段90巷34弄に今度は左折して入ったすぐ。赤崁楼方面からだと、民権路をずっと進み有名な菓子・饅頭店の「萬川號餅舗」を過ぎて300mほど行くと府前路一段90巷があるのでそれを右折して100mほど進み、34弄に入るとよい。

当初は現在の中正路と忠義路との交差点付近に「魁星堂」という名で建設され、4大書院のひとつとして名をはせていた。文昌帝君を主神としていたため「文昌祠」という名で呼ばれることもあったという。

嘉慶19年(1814年)、当時の街の名士が集まってお金を出し合い3階建ての豪華な建物に2年をかけて造りかえ「奎光閣」という名前になり、さらに道光13年(1833年)再改名され現在の「奎楼書院」となった。

書院の維持費用は寄付や春・秋に開催される祭事への寄進で賄われ、道徳や詞、歴史などを教えていたらしい。

日本の植民地時代の昭和元年(1926年)に闢馬路開通に伴って現在の場所に移り2階建ての建物となったが、飛行場が近くにあったため第二次大戦中に破壊されてしまった。

しばらくはそのまま打ち捨てられていたが、民國43年(1954年)に篤志家が約98,000元の費用を寄付して1年かけて修復したが、昔に比べると建物はずっと質素なものになった。

修復後しばらくは幼稚園として使われていた。

その後もたびたび修復の手が入れられているようで建物はそれほど古さを感じさせないが、前庭を囲む建物の前にある柱や敷地を囲む壁、中にある石碑などはオリジナルのままだという。

路地の奥まったところにありそれほど有名な史跡でもないため、訪れる人は少ない。






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この日のお散歩は自宅から徒歩で1時間ほどのところにある、川口市の峯ヶ岡八幡神社へ。

JRの川口駅周辺で、よくこの峯ヶ岡八幡神社行きのバスを見かけていて名前は知っていたのだが、自分が自動車で通る道沿いにはなかったので、正確なロケーションや神社自体がどうなっているのかはまったく知らなかった。

この近辺では珍しく少し起伏がある小さな丘のような場所の上に建っており、神社のサイトによれば

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峯ヶ岡八幡神社は、平安時代、朱雀天皇の治世にあたる天慶年間(938〜947)に清和源氏の祖、源経基の創建と伝えられ、かつては、足立郡谷古田領三十二ヶ村(川口市新郷、安行の一部、草加市の西部)総鎮守に列せられた由緒ある神社です。
約7700㎡の境内には、樹齢約600年の県内有数の大銀杏を初め400余本の樹木が繁茂しており、これらは「峯ヶ岡八幡神社の社叢」として、市の天然記念物に指定されています。

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とのことである。

敷地がかなり広く、また木々が生い茂っているのでなかなか雰囲気はあるものの、平日の午後に行ったので境内にはほとんど人がおらず、のんびりとした空気が漂っていた。

また、この一帯ではそれなりに有名な神社だと思うのだが、以前行った足立区の大鳳神社と同様すぐ近くに一休みできたり食事ができたりする飲食店が見当たらないのも残念だった。




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様々な伝説のある樹齢約600年の県内有数の御神木の大銀杏
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車で外に出かけるためガレージのゲートを開けようとしたら、ちょうどハンドルのところに何かがくっついていた。

木の葉のように見えたので、裏の林から落ちてきた葉っぱが門に引っかかっているのだと思い、つまんで取ろうとした。

が、何か雰囲気がヘンだ。

運転のためにメガネをサングラスに換えていたので、改めてメガネをかけなおしてみると...



やっぱり葉っぱにしては妙な感じがする
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よくよく近づて見てみると、木の葉のように羽を擬態した蛾であった
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落ち葉のような微妙にコントラストのついた色だけでなく、真ん中に葉脈のようなものが通っているところなど、実に芸が細かい。

あまりの擬態の見事さに、しばらくじっと見つめてしまった(笑)



横から見ると蛾だとわかるが、脚も木の枝のようだ
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懸命に木の葉を装っているのか、見ている間はまったく微動だにしなかった。

しかし、門にいたから見つけられたようなものの、木に止まっていたらまったく気づかなかっただろうな。


このままではいつまでたっても門を開けられないので、近くにあったほうきでササッと払いのけようとすると、びっくりしたようにどこかへ飛び立って行ったのだった。





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秋田旅行最後の夜の食事は、前日に繁華街の川反で郷土料理をひと通り食べていたので、泊まっていた秋田キャッスルホテルのすぐそばにある比内鶏の専門店に行ってみた。


東京にもいくつか支店を出しているので、知っている人も多いかもしれない。

この日は日曜日の夜ということもあってか、お店の中はかなり空いていて、店員さんに色々とメニューの相談をしたりしながら比内鶏の色々な料理を堪能したのであった。

お店で使われている比内鶏は、比内地鶏生産部会の養鶏家が厳しい規定を守って、より昔ながらの自然環境にこだわり150日から180日もの時間をかけ豊饒な大地に放し飼いで丹念に育てたもので、日本三大美味鶏と称されているらしい。

そして、それを比内地鶏生産責任者が責任を持って毎日届けており、新鮮で良質な丸鶏を1羽1羽店内で捌いて使用しているため、刺身でも食べられるくらい新鮮であるほか、他では味わえない希少部位が楽しめるとのことだ。

確かに、出された比内鶏はどれも地鶏特有のぶよぶよしたところがない締まった肉質でありながら、自分が住んでいるチェンマイでよく食べる地鶏のように筋張ったところがまったく感じられない、豊潤な風味が感じられたのだった。

地ビールに地酒をいただきながら、さまざまな比内鶏料理に舌鼓を打ち、大満足で目の前にある宿に戻った。






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