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年年歳歳 3.

 長男は東北大医学部卒、脳外科医として、大学医局から派
遣医として、青森や岩手の総合病院に勤務していた。

 私がここ掛川に終の棲家を建て、永住するに及んで、帰っ
てくることになった。

 浜松医大が創立間もないこともあり、先輩医師からの勧誘
もあって、浜松医大の整形外科に所属することになった。10
年ほど医大医局員として勤務していたが、医局にこのまま残
って学者の道を歩むより開業したいという本人の強い意志も
あり、私の住む掛川市で開業する運びになった。

 長男は今は整形外科専門医である。整形外科の病院を開い
たのは昭和63年の夏のことである。

 私はそのころ、国家公務員の研究職であった。定年まで2
年を残して、開業に強力することに決め、退職して長男と二
人で診療所を開設した。

 以来今年で20年。私は開業以来毎日病院で働いている。診
療は朝8.30から夕方18.30まで。昼休みは2.00まで。2.00か
らリハビリ開始、診察は3.00からになる。

 私は開業当初から事務長職として、10年ほど前に個人経営
から医療法人に組織替えしてからは法人会会長として勤務し
ている。会長職としては銀行との交渉、給与、薬品機材費の
支払いなど経理,出納の仕事が専門となっている。また月の
終わりと月初めには、その月の診療報酬請求の仕事があるの
で、請求書の内容のチェックの仕事もこなしている。

 勿論法人役員としての仕事も担当している。朝は9時出勤
夕方は6時に帰宅が、毎日のスケジュ-ルである。

 それに数年前、通所介護施設を併設したので、敬老会、ク
リスマスなどイベント開催時には介護施設に赴き、講話、慰
問、サンタ役などを務めている。

 病院経営は,私が法人会長職になったときに、事務長とし
て三男を呼び寄せ、二人で院長を補佐しているのである。

 私もまだこの仕事はつづけられるので、動けなるまで勤め
ようと思っている。 毎日きまった仕事を勤めて行くのは健
康にも良いし、精神的にも安定する。

 定年後は新しい働き口を探し、なれない仕事をするのが一
般的であるが、私はその苦労もなく、ただ研究と病院経営と
全く異なった領域の仕事であったが、それも努力して何とか
やってこれた。

 人はそれだけでも親孝行な息子だと長男をほめてくれる。
私も幸せなことだと、いつも感謝しているのである。

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はじめまして、花子といいます。

花子のひとりごと・・・・・。


♪平凡OLのプチ秘密♪ 削除

2008/5/15(木) 午前 1:17 [ OL 花子です ] 返信する

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