災害

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

二度目の被災地入り

ちょっと前になる、っていうか戻ってきて2週間にもなるけど。

二度目の被災地入りをしてきました。
今度は、原発に比較的近いエリア・・・
イメージ 1

1週間にわたっての活動。
今回訪れたエリアは、直接的な津波などの被害は比較的に軽微だったけど。
会う人ごとに原発に対する不安、将来への不安を訴えていた。

一時活動をともにした救急隊は本拠地から待避して活動しており、
隊員も居住地を追われたまま仕事をしているのだという。

現地でみかけたけど買えず、あとからお取り寄せしたチャリティーステッカー。
イメージ 2

福島に早く平穏を。
住み慣れた土地で、普通の生活をおくれるように。

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

活動終了・撤収、そして日常業務へ

26日、活動を終了、現地で次の部隊と引き継ぎを行い、戻ってきた。

のべ7日間の活動、うち実質的な診療期間は4日間。
あっという間だった。

自分がなにか出来たと実感するには、あまりにも事が重大すぎるし大規模すぎた。
また一人で何かが成し遂げられるわけでもなく、
現地での調整や指揮系統が十分でないと感じたこともあった。

こんななか、自分のことで恐縮だが、私が得たことがいくつかある。

家族を失い、家を失い、職を失い、財産を失った、そんな人たちが
「遠くから来てくれてありがとう」
と気遣ってくれた。そんな人々の優しさを感じたことが一つ。

それから。
普段と違うシチュエーションに置かれて、それなりに必死になって、ふと思った。
「最善を尽くすって、普段出来てるかな」
ここだけがんばればいい、ってモンじゃないよね、と。

28日より日常業務復帰。

「被災地の復興を心より願い、そして信じている」

私はこちらで最善を尽くす。まぁ、24時間全部、はむりでも、だ。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

活動を始めた

情報収集・調整のための先発隊は3日もかかって仙台入りしたのだという。
そのためもあって私たちが到着したときは、地元から送り込んだ物資は
開梱もされずそのまま。

開梱し、使用頻度の高いと思われる薬や資材をジュラルミンケースに
詰め直し。
次いで、分散して保健所などで情報収集にあたる。
私は地域の災害拠点病院を訪れた。

災害対策本部を訪れると疲労困憊しているであろう院長先生が挨拶に見えられた。
その顔を見て、まず私が絶句。
あちらは覚えていなかっただろうが、私の差し出した名刺を見て目を見開いた。

その昔、私が大変ご迷惑をかけた指導医だ。
こんな形でお会いしようとは・・・

早速、避難所の巡回診療を行っている部門を紹介していただき、情報収集。
フロアには頻繁に人が行き来し、休む間もなく働いている。
小規模な避難所の様子まで詳細に把握していることに脱帽。
今後の情報共有を約束し、分かれる。

その後チームは再集合。情報を持ち寄り、翌日以降の行動を再確認。
翌日より、役場の保健師らの先導により、巡回診療を開始した。

沿岸部を移動し、津波が破壊した街並みに改めて戦慄する。
テレビで何度もみたような様子だが、かつて私が訪れたことのある
街並みがすべて壊滅していることは、また、表現のしようがないほどの
痛みだ。

避難所に到着し、一人一人診察していく。
身体的な病状はそれほど深刻でなくても、みな、
例外なく筆舌に尽くしがたい過酷な経験を負ってしまった。
安直な励ましや同情などはとても許されない。

私の職能や人格のすべてを試されていると感じる局面だが、
けして私のための診療ではない。

私にとってはひとまずあと何日かの任務。
この地の人にとってはこの先ずっと続くたたかい。
この地の人だけを苦しませてはいけないと思う。

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

仙台到着

紆余曲折を経て、ようやく仙台入り。
発災当夜にDMATを1隊送り出して後、なかなか自身の現地入りが出来なかった。
あちこちつついて、ようやく今回、医療救護班として。

飛行機を乗り継ぎ、山形空港から陸路。
日が暮れて仙台西道路のトンネルをくぐって見えてきた仙台の街は、
思ったよりは明るいけど・・・やはり、暗い。
仙台駅は暗く眠ったままだ。衝撃。

宮城は自分にとっては思い出深い土地だ。
今回津波に丸ごと飲み込まれた志津川の町も、
私にとっては休日に訪れるおだやかな港町で、
日がな一日釣り糸を垂れていたことも。

この10年、東北を訪れることがなかったが、第二の故郷的に
東北全般に思いは深まるばかりだったけれど。

まさかこんな形で再訪しようとは考えもしなかった。

これからの数日、自分に出来る限りのことをする。

閉じる コメント(0) ※投稿されたコメントはブログ開設者の承認後に公開されます。

閉じる トラックバック(0) ※トラックバックはブログ開設者の承認後に公開されます。

いまできる最善のこと

(タイトル by 福井晴敏)

被災地よりはるか離れたこの地にいても、心が張り裂けそうだ。
現地にいて肉親を失った人、財産を失った人。
その心中はとても推し量れない。

だけど、どんな最悪のなかでも、心乱れても、
「いまできる最善のこと」をしていくしかない。

いまここにいて私が出来ることはなんなのだろう。
目の前の仕事をちゃんとすること、ちょっとでも寄付を預けること。

現地への支援命令を待ち、機材など準備しながら自問自答する。

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.

takapo_legacy
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
訪問者 2 32851
ブログリンク 0 5
コメント 0 218
トラックバック 0 20
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

開設日: 2005/7/4(月)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.