東京都奥多摩町 日原大崩落訪問記(その3)
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【11年12月25日探索・12年1月18日公開】 日原集落までやってきた。 江戸時代からここには集落があり、奥多摩駅のある氷川集落からここ日原までの道は6代くらい存在していたらしい。 現在は都道204号線が通じてはいるが、逆に言えば日原集落にとって、この都道が唯一の生命線である事もまた事実だ。 そんな日原集落の東のはずれから延びていく道を進むと・・・ 現在地はこの辺 シングルトラック、明らかに歩行者専用の道がこの先に続いていた。 ん!? 安全通路?? ハイキングコースであればこんな表現はしないだろう。 その先、こんな片洞門の場所には、足元注意の看板があった。 ここ、頭上は注意しなくて大丈夫なのか?? 何か怪しげな桟橋も架かっているし・・・ その桟橋の親柱、というか骨組みのほとんどがレール製だった。 30kgレールくらいに見えた。 トロッコあたりの流用だろうか? 橋は連続して架かっていた。 安全通路、足元注意・・・何か作業に利用されているようだが、この先に何かその答えがあるだろうか? 橋を振り返った。 どうも基礎部分が怪しく見える。 元々あった朽ちかけの橋の上に床版だけを乗せて利用されているようだ。 その先にも、橋が架けられていた。 これは見るからに工事用っぽいが・・・ 橋の横に、旧橋のものと思える残骸が打ち捨てられていた。 日原橋という名の吊り橋だ。 平成20年3月竣功とけっこう新しいが、それ以前は本当に怪しい橋が架かっていたようだ。 その橋は「山行が」のレポ中で見た覚えがあったが、その橋だったらもっと楽しかっただろうに。 何だろう、これは? 上から見た時から何か気になっていたものだ。 おそらくは、水位を測る施設の跡だと思う。 (その4・最終回につづく) |







なんとも濃い安全通路?なんですね〜(^^;
この先、どこまで安全が続いているのか気になるところです(苦笑)
2012/1/18(水) 午後 10:12
崔君さん、コメントありがとうございます。
「安全通路」の意味もこの先で解明はしましたが、いろんな意味で濃い地域です。
まあ、東京都内にもこんな場所があるという事で・・・
2012/1/22(日) 午前 11:12