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越谷市時代小説の会・歴史時代小説、銅像など

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         ◎定福院大谷弘雄住職を偲ぶ会
 
大谷弘雄住職は、平成23年1月18日白血病で薬物の効なく亡くなられた。
79才。住職を偲ぶ会が、4月29日行われた。参加者38名。
実施日:平成23年(2011)4月29日(祝)
集合時間:午前9時
場所:定福院囲炉裏  久喜市佐間566 ☎0480−52−1284
内容:9時:作品の展示及び昼食事作り
   11時:墓参り・般若心経
   12時:食事・住職を偲ぶ会
会費:1000円・らかんの会年会費1200円
   (栗、トマト、卵焼きなどの差し入れあり)
住職との思い出・・・
1、人を集めるのが好きだった
2、ハニカミ屋だった
3、さびしがり屋だった
4、タバコが好きだった
5、人をのせるのが上手かった
6、いろんな道路を知っていた
7、人の話をよく聞いてくれた
8、怒った顔を見たことがなかった
9、死に顔は、最高にいい顔だったという 
小生は、
平成8年(1996)10月9日金融機関を37年勤め60才で定年退職。
平成8年(1996)10月30日家内の友人大月さんに紹介され、羅漢彫り開始。
松崎さん、伊庭さんと知り合い、画家斎藤武さんからもご指導していただいた。
平成9年(1997)1月23日石仏第1号「合掌する羅漢像」完成。所要時間延べ70時間。
平成9年(1997)10月3お日第2作「チェロを弾く羅漢像」完成。これも70時間。
平成17年(2005)7月15日第3作「四国札所第43番本尊千手観音坐像」完成。
平成22年(20010)11月9日羽生市に行った帰り、お寺に立ちより、住職と会い、療養中と知り驚いた。これが最後の対面だった。
平成23年(2011)1月18日住職の訃報を石井さんから聞いた。25日通夜、26日告別式(密葬)。
一般葬は、2月19日(土)12時から行われた。檀家、学校関係者、宗教関係者、そして羅漢の会から約1000人に近い人々が参列し、盛大にしめやかに行われた。 
この寺は、羅漢の寺として有名であり、境内に石仏700余体が安置されている。
現在も毎日何人かが彫り続けている寺である。平成元年1月住職の主導により「小さな寺の小さな文化活動として」羅漢を彫る会が発足した。平成2年30体、平成3年35体、平成5年50体と増え続け、平成11年5月28日に小宮豊次郎(現会長)により500体目が完成した。一方平成4年11月3日に第1回「羅漢祭り」が開催され、以来毎年11月3日に開催されている。平成23年より「石仏の会」から「らかんの会」として再出発した。会員数43名。 
平安時代にこの地は館の跡で、平将門をめぐり政争の場所だったらしい。一説に隣市の幸手市で将門が秀郷と最後の戦いをし、負けた将門の首塚がある。この寺は、文永2年(1265)高柳弥五郎幹盛により開祖された。明治19年頃長谷寺直末となり境内地2町歩を擁す寺院になった。真言宗豊山派に所属している。正式名称は、八幡山定福院阿弥陀寺といい、本尊は不動明王。
イメージ 1
山門
 
 
 
 
 
 
 
 
  
イメージ 2
本堂
 
 
 
 
 
 
 
 
   
イメージ 3
チェロを弾く羅漢像イメージ 4
合掌する羅漢像
イメージ 5
四国43番札所明石寺
本尊千手観世音坐像
 
 
 
 
 
                   
 
                            以  上
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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