古墳
光仁天皇陵 奈良市日笠町王ノ塚に第49代光仁天皇の陵「田原東陵」が在ります 宝亀元(770)年、称徳天皇は後継者を指名せずに没し、その後、天智天皇の孫にあたる白壁王(父は天智皇子の子施基皇子)を擁立して光仁天皇とした。 称徳天皇の死によって、壬申の乱以降続いていた天武天皇の皇統は絶えました。天智系が復活したのです。 御陵は茶畑と田園が美しく広がる田原の里にあります。 光仁天皇は62歳で皇位を継承し、73歳で崩御しました。短い帝位でした。 径約62.5m、高さ約7mの円墳形で、空濠らしき溝があります。 周囲を田んぼに囲まれた御陵は、普通の古墳のようでもあり、神社のようでもありました。 御陵と道を挟んで向かい側には、奈良の皇陵の調査・修復に尽力した「北浦定政」さんという人の顕彰碑とお墓がありました。
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