ここから本文です
タイのフリーペーパーDACOに連載していた獄中記の番外編です。

日本へ他

  成田空港への千葉県警の出迎えには、びっくりしたと前回のブログで記しましたが、服役中に冗談で、釈放帰国時、成田空港で日本国内での麻薬犯罪で門前逮捕あるかも何て話しをしていたので、その事が頭をよぎりましたね。
  国内で指名手配されていれば、時効は中断してますしね。タイ人の妻からも私の逮捕後の情報も全然入って無かったですしね。迎えに来ていたのは、刑事さん一人(逮捕なら一人と言うのは無いです)で、ほっとしたと言うのが実感でした。
  バンクワン刑務所には、パタヤの強盗殺人で死刑判決が確定して服役中の日本人がいますが、この所の減刑特赦の連発(2004年から8回有り私自身は2007年から6回の特赦で釈放です)で、今服役10年程と思いますが、昨年は8月に私が貰った王妃84歳の特赦に続いて、12月には新国王即位の特赦が、あったと聞いていますから後3~4年で釈放ではと思いますが、日本で別件の指名手配が、あると伝わってますから間違いなく門前逮捕でしょうね。
  今タイは残刑3年以下の囚人に対して仮釈放制度も新たに実施されるようになりましたが、これも麻薬事犯よりも強殺ケースの方が、仮釈放受かりやすい状態です。
  仮釈放は外国人の場合は日本なら強制送還で即本国移送ですが、タイでは刑期満了する迄帰国は不可と言う事や大使館の保証等ハードルは高いですね。
  タイ人の妻のいる外国人は妻の保証があれば仮釈放が出ると言う事で、私も含め妻がタイ人の外国人を全員呼んでの仮釈放の説明会があったのですが、私が妻は全然面会来てないと話したら、お前はいい帰れ帰れ何て言われてしまいました。
  何度も記しますが、タイでは一級麻薬(ヘロイン、ヤバー等の覚醒剤、エクスタシィ)の営利目的所持(粉末は20グラム錠剤は1,000錠以上)は求刑は終身刑か死刑です、密輸が加われば死刑のみです。前回知り合った人にむやみに荷物を預からないと記しましたが、それに加えて住所もむやみに教え無い事です。
  私自身、麻薬では有りませんでしたが、ダイエット薬がタイから届いているが日本では輸入禁止の向精神薬成分が含まれていると言う往復葉書が税関から届き、タイの差出人に送り返すか、受け取り放棄するかと記されていました。これは受け取り放棄で済みましたが、麻薬だと厳しい取り調べが待っていたでしょうね。
  


この記事に

  入国審査で言われた通り、カウンターを出た所に千葉県警察本部薬物銃器対策課の刑事が迎えに来ていました。バンクワン刑務所で一緒だった先に帰国した日本人が何人か釈放帰国しており、私に手紙も来ていたのですが、警察の事情聴取の事は記されておらず、お迎えには、びっくりしましたが逮捕時に聴取に来るならともかく、今更何でと思いましたね。
  事情聴取は成田の空港警察で行われ、14年前の逮捕時の事よりも、私がタイの刑務所で知り得た今の麻薬密輸等の状況を知りたかったようです。
 話しの内容は次のような事です。
 14年前の逮捕時の話は、タイでヤバー(日本でもヤバーで通じるようですが、他にはピンク、赤玉と呼ばれています)と呼ばれている覚醒剤錠剤の密輸で逮捕され服役になった事、日本ではヤーさんに卸していた事も求めに応じて話しましたが、名前は勘弁して欲しいと告げると14年も前の事でもあり、それ以上は突っ込んで来ませんでした。
  刑事からはこの所、ヤバーの密輸で逮捕される、タイ人日本人が結構いるなんて話してました。
  私の逮捕当時は、ヤバーの多くは東京の赤坂、六本木辺りで出回っていると言う事を聞いており、一錠5000円なんて言ってましたが、私のタイでの仕入れ値は一錠200円から250円程で、卸し値は800円~1200円程でした。上記の日本での通称もさすがに知っていましたね。
  タイの麻薬と言っても日本にいるタイ人は、馬鹿になる薬と言って誰も買わない、タイ人は皆シャブ(覚醒剤結晶)を炙りで吸っており、炙りの道具を持っている、当時のオーバーステイのタイ人の麻薬汚染率かなり高いのではと話しましたが、そんな事位承知していると言う感じでしたね。
  特に聞きたかったのは麻薬密輸の現状のようで、日本に麻薬を持ち込む外国人でアジア以外で、危ないのはイラン、パキスタン、ナイジェリアにイスラエル、オランダ帰りも危ないと言って置きました。オランダをあげたのは、逮捕当時親しかったイラン人からエクスタシィ(MDMI)が欲しければオランダに行け一錠5ドルで買える、行くならディラー紹介してやる何て言われた事があり、これは私を運び屋にしたかったのでしょうね。
バンクワン刑務所には、日本の刑務所で服役していた日本語ペラペラのイラン人、 タイ人、 タイで仕入れたシルバーのアクセサリー等を日本の露店で売っていた、これも日本語ペラペラのイスラエル人、日本人の恋人をを麻薬の運び屋に使っていたナイジェリア人等が服役していました。
イランではシャブ1キロ7000ドル(約70万円)と話しており、日本の入国審査が厳しくなった今、タイが中継地になっているようです。
又バンクワンには、オランダ人の囚人もおり、大麻は5グラム以下は合法、他の麻薬事犯の刑罰も軽いと話してました。
  今日本でも批准された国際受刑者移送条約と言うのがあり、終身刑(タイでは麻薬事犯の多くは判決が終身刑です)はタイで8年の服役、有期刑は4年での服役で本国へ送還され本国での服役になるのですが、オランダは帰国後1年も経たずに釈放されると言う事です。
  日本も移送条約で4年8年での帰国、日本の刑務所での服役生活が可能ですが、早期の釈放は難しいようです。
  タイには多くのイラン人、パキスタン人にナイジェリア人等のイケメンの外国人が服役しており、蛇足ながら日本人女性の方々、ヘイマイフレンド何て気安く声をかけてくる外国人には注意しましょうね。
  

この記事に

  前回記しました様に釈放後の移動、手錠は無かったものの、空港での入国審査を済ませれば、もう外には出れないと言う事で多少の自由は有り軽食や買い物位は、させて貰えるかなと思っていたのですが、それほど甘くは無く出来たのはバーツから円への外貨の両替だけでした。
  旅客機か離陸し空港を離れる迄は、ずっと食い入る様に外を見ていましたね。旅客機に乗り込んだのは一番最後で最後尾の席という隔離状態で、最初に廻ってきたタイ人の客室サービスではビールを貴方のクラスはアルコール類は出せませんと断られ、日本人スチュワーデスに声をかけ事情を話し、ようやくビールを受け取り一口飲んだ時に、ああ本当に自由になれたんだと思いましたが、その後直ぐこれからどうなるんだと言う思いが湧いてきて後のビールは苦いだけでした。
  帰国後は、生活保護の申請の為に一番にアパートを借り住民登録をする必要があり、住民登録するのに必要な戸籍謄本の申請には有効期限内の身分証明書が必要なのですが、私の身分証明書と言うのはパスポート代わりの帰国の為の渡航書だけで、これは帰国と共に効力が切れてしまい、身分証になるのかと言う心配です。
  帰国前に住民登録に必要な戸籍謄本の申請を本籍地の神戸市役所に刑務所から、郵送による申請をしたのですが、在タイ日本大使館に公用で私の所在確認の問い合わせをしたが、本人確認が取れないからから発行出来ないとの返信が来た時のやり取りを記して見ます。私はこれ迄何回も日本大使館邦人援護班の領事と面会しているのに日本大使館で本人確認取れない、おかしな話です。
  神戸市役所からの返信、原文のままです。
  調査内容
  在タイ日本国大使館へ竹澤さまの在監証明等所在を確認できる書類を発行できるか問い合わせましたところ、大使館でもご検討いただきましたが、該当する証明は発行できないとの回答があり、外務省に所在地調査を依頼できるか確認するよう指示がありました。
  外務省海外邦人安全課へ公用で所在地調査を依頼できるか問い合わせましたところ、当該事例は所在地調査の対象にはならないとの回答がありました。
  在タイ日本国大使館へ再度相談しましたところ、刑務所に直接電話確認する方法を示唆されましたが、電話回答による在監確認では証明発行が困難であると判断し、問い合わせは行っておりません。
  これが神戸市役所からの返信で二通目の返信の手紙も記しておきます。
  前回の回答で調査内容として記載しておりますが、竹澤様のケースについては、お手紙での確認依頼に基づき、在タイ日本国大使館をはじめ、外務省海外邦人安全課にも問い合わせましたが、所在を確認できる書類(在監証明等)を発行していただくことはできませんでした。そのため、ご本人確認ができないということでお手紙を返送しております。
  神戸市役所は公用で問い合わせをしているのに、在タイ日本国大使館邦人援護班、私がバンクワン刑務所に服役中なのを知りながら何故私の所在を証明する書類を発行してくれ無かったのか理解出来ません。
 外務省の一員である日本大使館が、同じ 外務省に所在地調査を依頼できるか確認するするように神戸市役所に指示したと言うのも理解しがたいです。
  神戸市役所は海外邦人安全課に問い合わせら所在地調査の対象にならないと回答されたとありましたが、私の所在わかっているのに対象になるわけ無いですよね。
海外邦人安全課も神戸市役所の公用での問い合わせに対して、所在地証明書を発行しなかったと言うのも何故と言う思いですね。
  
  

この記事に

日本へ

2016年9月8日(木)   今日、日本へ帰国最後の入管及びタイ滞在
  昼過ぎバンコクのクロンプレム刑務所から私と同じく特赦で減刑釈放となった中国人と韓国人が、私の収容されている部屋に来る。
  中国人は、前回のブログで日本人服役者Kさんの獄死の事を話してくれた人で、一緒の韓国人は女房の殺害で懲役25年の判決を受けたが、特赦が続いて8年の服役で釈放帰国との事、バンクワン刑務所で女房殺害の韓国人を二人知っており、ええ又韓国人かよと言う思い、この二人終身刑だったが12年と13年の服役で釈放帰国しており、バンクワン刑務所から一緒だったロシア人も死刑判決で13年での帰国、改めてタイの国の命の軽さを思う。
  夕方5時過ぎ空港へ出発の呼び出しがある、一緒の部屋の日本人に残っていた食品にテレフォンカード、現金1000バーツをあげて別れを告げるが、3人いる姉全員から帰国旅費の送金を拒否されたと聞いており、体調も悪そうだし帰国後どうするのかと言う思い。
  午後6時過ぎ入管からスワンナプーム空港に向け出発、オーバーステイの白人と黒人のフランス人二人が一緒、刑務所釈放後の移動は手錠付きかと思っていたがこれまで手錠は無し。同行の入管職員も一人のみ。
  フランス人から着る物持っているのかと聞かれ、少しと答えると、新しいTシャツにパンツ靴下を持って行けとくれる。
  逮捕時はドンムアン空港だったので初めてのスワンナプーム空港、ここで入国職員から日本のパスポート代わりになる帰国の為の渡航書を渡される。
  まずチェックインしてタイ航空の航空券を受け取る、出発迄時間があるので買い物位させてくれるかと思ったが、そのまま空港警察の詰め所に連れて行かれ出発時間迄待機させられ、入管職員はここ迄で警官に引き継ぎ。
  警官がコーヒーを出してくれる。英語の不法滞在の罰則が貼ってあり、入国禁止最高10年と知る。警官と片言のタイ語で雑談、お前は99年タイへの入国禁止だと言われる。ジョークかと思ったが本当のようだ。
  午後9時に搭乗ゲートに連れて行かれたが、ここでも買い物出来ず。
  待合室で隣の席に東京高田馬場にあるタイレストランの店長をしていると言うタイ人女性と知り合い連絡先を教えて貰う。
  チェックは一番最後でタラップ迄案内付きでアテンダントに引き渡される。座席は最後尾に一人だけで、隔離状態もようやく監視無しの一人になる。
  定刻22時10分出航、安全ベルト外した後、乾杯しようと思いタイ人スチュワーデスにビールを頼んだら、あなたはクラス何とかと言われアルコール類は出せませんと言われたので、日本人スチュワーデスを呼んでもらい強制送還だが刑期を終えての帰国で、日本への刑務所移送と違い一般人と同じではないのかと言うとビールを持って来てくれ一人乾杯する。
  9月9日6時30分成田空港に到着、14年振りに生きて日本の土を踏む。
  入国審査で、千葉県警が、事情聴取の為に迎えに来ていると言われる。
   以下次回へ
  
 

この記事に

タイ入管徒然

 タイの入管は刑務所以上の超過密状態で最悪でした。
 1人のスペースは幅50センチ程で、どうにか仰向けに寝れる状態で、毛布を広げて敷いただけの万年床で、食事のスペース等無くその場で毛布の上です。
 2~3日に1回、運動を兼ね広場への2時間程の出房が有り、この間に国内海外共に電話出来るのですが、電話は5台程しか無く他の部屋の外国人も一緒に出房してくるので奪い合いの状態で確保するのに大変で、皆国ごとに集まり順番に廻していました。
 私も電話を求めてウロウロしていたのですが、ラッキーな事に刑務所からの長い付き合いのあった中国人が、声をかけてくれ長く待つ事無く電話ができました。
広場の一画には売店があり、石鹸や洗剤、歯ブラシ等の日用品は元より菓子にパン、ジュース類タバコ何でもあったのですが、ここも長蛇の列でした。久々にアイスクリームを食べましたね。
 売店とは別にお菜やご飯、カオマンガイ(チキンライス)等も売りに来ていました。
電話をかけ売店で買い物して、他の部屋に収容された知り合いと情報交換していたら、あっと言う間に出房時間終わりです。
 お菜にご飯類、菓子ジュース等は部屋の方にも売りに来ていましたね。
出房時間以外は、面会でもなければ部屋から出る事が出来ず、部屋の掃除をしている様子は無く毎日が、行き詰まるような生活でしたね。さすがにトイレだけは毎日掃除してましたが、新入りが来れば1か月250バーツの清掃代を徴収してましたから当然の事ですが、この金が払えないと清掃当番にさせられると言う事でした。
 入管も刑務所と同じく食事以外は全て自費購入で一切の支給有りませんから、金の無い人には電話も出来ないと言う厳しい生活になります。
オーバーステイで収容されて来る日本人も多いようですが、入管に収容されてもすぐに帰れるだろうと思っていたら大きな間違いです。不法滞在1日に付き500バーツ最高で2万バーツの罰金が有ります、所持金あれば問題無いでしょうが、所持金無ければ、裁判所で罰金の言い渡しの後に刑務所に送られ罰金分の強制労働(1日500バーツ)が待っています。罰金の支払いが終わっても今度は、入管で日本大使館からの帰国のチケット待ちですが、チケット届くまで速くて2か月、10か月かかったと言う話も聞いています。
日本大使館帰国旅費以外のサポートは有りません。
 入管の外国人日本人は少数派ですから、帰国まで助けて貰える人も無い厳しい生活が待っていると思った方がいいですね。入管は刑務所と違い帰国までの短期間と言う事もあるのでしょうが金の無い人間はあっち行け状態と思った方がいいですね。
 又入管泥棒だらけと言う事で所持金、所持品にも要注意です。日本人と見て近づいてくる人にも要注意ですね。




この記事に

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事