スズキK125その栄光と挫折

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栄光と挫折(33)台湾からの脅威

みなさんこんばんは!
涼しい顔で連載のアップですが
先ほどPCがダウン
丸々やり直しでやっています
 
という労力2倍でお送りするのは
例の懸案「雄獅125について」です
 
本来ならばBSの歴史にキチンと踏み込んでみたいのですが
決定的に下地がありません
それならばと思い
現地台湾での「雄獅125」の立位置を探ってみました
結果として、おそらくこれはほんの一部ですが
驚くべき事実がボクを待っていたのです
 
イメージ 1
「見たまえ諸兄、我が特注キャリアを!」砂糖40kg米20kgを軽々運ぶそうです
ゼファーに似せて塗装した模様ですが
どちらかというとZ250FTです
積み過ぎはあぶないよ!
 
 
イメージ 2
「本気で積んでいます」
両側キャリアに凄みがありますが、かなりあぶない
 
 
 
イメージ 3
「私の雄獅をみよ!プロパンボンベを二個搭載可能だよ?」
たとえ一つでも積んだらあぶないよ!
 
 
 
イメージ 4
「私こそ雄獅最大の積載を誇りにしている」
どれだけ積めようとも、125ccですからね!
 
 
 
またれい!!
 
 
「私のカッコイイカスタムを見よ!」
 
イメージ 5
チャンバーの造型は認めたいですが
本田トリコロールは認めません
サイドカバーがGT125ソックリであぶないよ
 
 
二度目なのでコメントに勢いがありません
 
真相がわからないままに台湾シリーズは混迷を深めていきます 
なぜなら、第二の刺客の存在が確認されてしまったからです
 
その名も「巨力125」
イメージ 6
もしかすると川崎系なのでしょうか
若干意匠が違うようにみえます
 
 
散々追ってみましたが
とにかく馴染みがありませんので驚く事ばかりです
時間をかけて少しずつ調べなければならないでしょう
 
どんな楽しみ方でも、お国柄という奴で済ませたいですが
とにかくプロパンボンベはあぶないよ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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予告「スズキが駆け抜けた70年代」

新シリーズの見切り発車です
 
イメージ 1
 
まさかのハスラー登場
ボクにとっては最新のメカニズムです
 
もちろんK125がメインストリームですが
大掛かりな整備の時間をとる為に
緊急用ゲタが登場します
2台目の2ストにして、初のオフロードです
もちろんロータリーバルブ車なのは
言うまでもありません
 
さてこのハスラー90ですが
スズキねこちゃん発売の翌年、1970年にデビューとなりました
Kはまだ2から3型、ギリギリ天下人です
50ccGPレーサーなどに使われた楕円パイプのスイングアームを装備?
「レーサー風」なのは、いつもの通りの感覚です 
 
当初は実際キットパーツなども豊富で
雑誌などにも色々広告を見ることが出来ます
一部の人々だけしか楽しめなかった
「趣味のバイク」というカテゴリー
ここに来て一気に爆発するのです
 
八重洲を参考にする限り、モデルチェンジは2回くらいで
実際、何年までの生産なのかは良く調べなければなりません
このモデルは恐らく73年の後期型、
ザックリ見ても、すでに市販レーサーTM125などが発売中なので
レーサーベースという用途は無くなっているようです
 
その辺は後回しということにして
 
60年代後半から一気に注目されていった90ccクラス
その渦の中に投入された新設計ロータリーディスクバルブ車に
少しの間、スポットライトを浴びせてみようかと思います
 
まさかのB100との意外な関連性も見つけました
本編「スズ折」と共に、スズキ者の恐るべき生態を
追々ご紹介していければと考えています
 
 
 

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スズキ者の話

たまたまスズキの乗り物に乗っている人、
ごめんなさい
 
世の中にはわざわざ、スズキの乗り物を選んで乗る人がいます
そういう人たちをボクは
「スズキ者」と呼ぶ事にしています
命に別状はありませんが、ある種の病気と捉えなくてはなりません
それは、このブログ上で追々明らかになっていくでしょう
なにより先ず、ボクがそうだからです
 
 
 
 
今日はそんな中の一人、F君のグースを紹介してみます
 
イメージ 1
 
ヨシムラのカウルが着いています
「カウル着きが欲しい」と250から乗り換えました
 
 
イメージ 2
 
メインチューブに「S」の刻印です
ちょっとした十字架ですね
 
彼は免許を取ってこのかた、グースにしか乗っていません
乗り換えも検討しましたが、選んでくるバイクすべて
スズキの乗り物でしたw
反面、全くバイクに詳しくないので
「すきそうな人に話しかけられると申し訳ない」
が、口癖です
また「ハンドルが低くてどうにも」なんてボヤき続ける日常の中で
バーハンドルに変更なんて、絶対したくないのだそうです
 
本人に全く自覚はありませんが、
彼を「スズキ者」として認定します
 
イメージ 3
自動的に面倒はこちらで見る事になっています
 

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栄光と挫折(32)ライバル車ぞくぞく登場

最近お友達登録をしてくれたツッチーさんは
ここ数日の間、数で仕掛けてきます
 
マイページが更新でみるみるうちに埋まっていくのですイメージ 1
ツッチーさんは中国製逆輸入
GN125Hを新車購入した立派な人物です
手入れの綿密さ、意外とドンブリな数値感など、
読んでいて楽しいです
 
それにしてもGN125です
長い間、「ライバルはCD125などではない」
などと、強がりを言い続けていたボクですが
GNに関しては論調もちょっと違ってきます
奴はまだ、現役なのです
 
1982〜???
今、何年ですか?
2011ですよね、つまり29年以上作られ続ける訳です
これはウカウカしておれませんよね
 
さらに、そのお友達の、でらべっぴんさんは
兄弟車であるGS125の人でした
昔は「コガタナ」とか言われていましたね?
じっくり眺めてみたり、取り説を斜め読みしたりと
スズキ者として、教えられる事も多いです
イメージ 2
エンジンがほぼ共通なので
条件は同じ、もちろん未だに現役のようです
ちなみに台鈴工業での名前は
「名剣125」
ここに来てついに、オリジナルを超えました
 
見てみぬ振りをして、
この問題は後回しにしてきたのですが
こうなったら完全にカミングアウトです
「スズキの125は全部ライバルです」
とは言っても、インプレ、構造など
絶対にドングリのせいくらべなのは明らかなのですが
ひとつだけ超えられないジャンボ・ドングリがいます
 
その名は「アドレスV125」
ヴィクトリーの名を冠するあいつは
公道上での絶対的ライバルだと言えます
しかし、そんな最新スクーターなんて
身近に買う奴いないし大丈夫とか思っていたら
昨日はるおさんから電話が来ました
 
「アドレス買うから」
 
なんでしょうな、この感じは
ほんの3日ばかりの出来事です
 
 
 
 
 
 
 
おまけ
イメージ 3
台鈴では鉄拳だそうです。
このロゴで許されるのか?
 
 
 

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栄光と挫折(31)お詫びと訂正、そして新たな疑問

先日槍玉にあげた「石橋機車」でしたが
後にいただいたコメントにより、
完全に間違っていることが判明しましたイメージ 1
 
先ずは概要です
KUROKI-T I説
「石橋機車製、雄獅125はK125のパチモンである」
「BSなんて書いてあるが、信じたくないぞ」
ざっとこんな感じです
 
ところが、台湾の方からのコメントで
「雄獅の前身は台隆工業機車とBS(ブリジストン)の物」
という話が出てきました。
 
それではという事で
知っている方で一番BSに詳しい「ちゅう」さんに尋ねてみましたイメージ 3
おそらくこのジャンルでは頂点にある人です
で、頂いたコメントがこちらです
「ブリヂストンが台湾の石橋汽車に権利譲渡したと聞いたような気がします。
不確かなので違ってるかもです。
ブリヂストンの技術のトップM渕さんが関わっていたと聞いています。」
 
 
…やってしまいました
おそらくこれは間違いなく正しい情報なのです
正直自分も確信がなく、どうかなーとおもってはいたのですが
手っ取り早い推論に飛びついてしまいました
関係者及び台湾の方々に、深くお詫び申し上げます
ゴメンナサーイ!!!
 
では正しい情報はどうなのか、調べてみました
始めはブリジストンから追ってみたのですが、
さすがは超一流企業です、昔の事は中々出てきません
仕方がないので「石橋機車」で検索してみると
トップに、KUROKI-TIのブログ…!?
うわ、こりゃまずい
間違った情報日本で一番最初にヒットしています
はやく何とかしなくてはいけません
 
何とかかんとか、中国系のサイトに「台鈴工業」の歴史を発見しましたが
もちろん読めません
ドンブリで大体判るかんじですが、あえて翻訳機能を通してみました
以下全文です、一応原文も掲載
 
台鈴工業股份有限公司創立於1974年,前身為台隆工業股份有限公司,創立時與日本石橋機車合作,生產石橋機車。1984年台隆集團與日本鈴木株式會社合作,另成立台鈴工業股份有限公司,負責在台速克達車系之生產與銷售。
「台の呼び鈴工業株式会社は1974年に創立して、
前身は台隆工業株式会社として、
時と日本イシバシ機関車を創立して協働的に、イシバシ機関車を生産します。
1984年の台隆グループと日本鈴木株式の会の社協力は、
別に台の呼び鈴工業株式会社が成立して、
速克に車の系の生産と販売に達することを担当します。」
 
自分で蒔いた種ではありますが、
馬鹿翻訳ぶりにおもわず目を見張ります
 
ドンブればこうなります
「1974年、台隆工業とブリジストンが合弁企業として石橋機車設立」
「後、1984年、さらに鈴木株式の会の社と共に、台鈴工業設立」
 
これを読んだとき、ボクの推論なんかより断然面白い話だと思いました
台湾スズキにブリジストンの血が流れていたのです
設立の際、すでにBSは撤退していたようですが、
イメージ 2
これはボクが全く知らなかった世界です
改めてこの業界の奥深さを知りました
 
それと、気になる点があります
「石橋雄獅125もまた、単気筒2マフラーである」
世界でも稀な珍機構を備えたバイクが他にもあったのです
しかもBSの技術協力を得て開発されたバイクです
単なるパチではありません
 
ここはひとつ、ゆったりと腰をすえて
BSの歴史なども調べながら、
もっと正確で、さらに面白いお話として
改めてご紹介出来ればと思います
 
 
 
 
 
おまけ
イメージ 4
こっちの真偽はわかりません
 
 
 

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