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バレーボール百科事典(バレーペディア)間もなく発売(28日ですよ!)

イメージ 1
バレーペディアが2年ぶりに改訂されることになり、発売を待つばかりになりました。
今月末?黒鷲に間に合わせる?という話だったかと。
 
初版では、私が担当したのは「スパイク・スイングの分類」だけでしたが、今回はそれに加えてp29-34でスパイクの技術的側面について書かせてもらいました。p34以外は項目は同じですが、大幅に改訂しました。後は、「スイング・ブロック」の項を「ブロック」のところに追加、そこを書かせてもらいました。
 
amazonで予約受付中(バレーペじゃないって)
今見たら、「バレーペ」が「バレーペデ」になってました。

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「セット」の本質?

 今日は、附属中学校の先生(私のゼミの卒業生だけどサッカー専門)がバレーボールで公開授業をやることになったというので、打ち合わせに行ってきました。

で、バレペデ改訂作業のおまけで書いたものを渡してきました(バレペデには載らず)。

バレーは遊べるようになるまでかなり時間のかかるスポーツだと思います。
... なので、初心者がいかに早くバレーを遊べる(楽しめる)ようにできるかを考えなくては、競技人口は減っていってしまうのではないか?せっかく授業でやっていても、バレーらしくなる前に終わってるんじゃないか?楽しいと思えない人の方が多いんじゃないか?何が障害なのか、それをクリアするための工夫がちゃんと意識されているのか?
そういう思いで書いたものです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「セット」はほとんどの場合大きな方向転換を伴うというのが、プレーの本質だと考えています。

初心者の場合でも、1時間もあれば飛んできたボールをはじき返したり、ジャンプして空中でボールに触ったりくらいならできるようになることが多く、後はセッターさえ上手ければすぐにでもゲームを遊べるようになるのですが、セッターは「方向転換」という技術を要求されるので大変です。

「ネットを挟みながら味方同士でパスができる」というのがバレー(とセパタクロー)の特殊性というか原点ですから、(それも3回までというルールなので)「セット」こそバレーの本質と言ってもいいと思います。

中学の授業を見ても、この点がまるで配慮されていないというか、教育実習でバレー部の学生がやっているのを見ても「セット」や「セッター」の位置づけが全然できていない、実習の指導教官もそれを知らない、だからゲームをやらせても全然遊べていない、ちっとも面白くないというのが現状だと思います(部活経験者だから難しさが分からないというのもありますが)。

サッカーやバスケットと違って、バレーはすぐには遊べるようにならないというのが大きなハンデだと思います。それに対する戦略という意味でも「セット」の位置づけをしっかりしたいというのが願いです。

ネットを挟んで味方でパスをする、ボールは落としても止めても行けないし、一人が連続してヒットすることもできないということで形成される人と人の繋がりや役割分担という魅力も、「セット」の存在そのもののような気がします。

セットの意味づけと、重要な要素である「方向転換」をいつ頃からどのように教えていけばいいのか、バレペデの範囲を超えるかも知れませんが、日本にその指針はあるのかと思うと歯がゆい思いで一杯です。

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「上手くなりたいときは、声をだすな」

ツイッターでフォーローしている方が、剣道の「発声」についてブログを書かれていて、
いろいろ考えさせられたので、昔「へりくつ」http://www.herikutu.com/の掲示板で書いたことを思い出し、
探してみたら保存してたのが見つかったので、紹介します。
 
 
 ┗ 上手くなること T - 2003/08/08(金) 21:41 -  
あああさん、こんにちは
興味を持っていただいてうれしいです。
 
「上手くなりたいときは、声をだすな」
「上手くなりたいときは、がんばるな」
ですが、いつでも正しいと思っているわけではないので、少しくどくなりますが、説明したいと思います。

「上手くなる」=「より合理的な新しい動作(体の使い方)を獲得する」
そのためには、「試行錯誤の回路」=「こうしたらこうなったというフィードバック」を成り立たせ、
「だから、今度はこうしてみよう」とつながらなければならない
そのためには、「自分が何をやっているのか」を、自分の体の感覚としてつかむという「気づき」が必要であり、
「どんな感じでやろうとしてみたのか」、「その結果、どんな(感じの)ことが起きたのか」に
意識を集中できなければならない。
 
それなのに、「声を出そう」なんてことを意識していたら、声を出している自分に酔っていたりしたら、
フィードバックなんて起きようがなく、上手くなれるとは思わない。
そういう意味であって、「声を出さないでやれ」ということではありません。
 
「声を出す」ことにもいろんな議論がありましたが、それはそれでとても重要なことだと思います。
コミュニケーションの声、闘うための声などは必須だと思います。
そして、必要だと思ってもなかなか出せないものなので、「声を出すための練習」も必要だと思っています。
 
また、「上手くなりたいときは、声をだすな」と言ってあげれば、上手くなることに集中できるというわけでもなく、
「頑張れば上手くなれる」と信じて一所懸命やっている子に、ただ「君のやっていることは無意味だ」というだけ
になる危険もあります。ですから、自分がフォローできる相手だから、そういう環境だから言えることかもしれません。

もう一つの「頑張る」についてですが、「上手くなる」=「新しい動作の獲得」と考えていて、
「頑張る時、人は自分の過去の中から一番確実と思うものを選択する」ものだという前提から、
問題視しています。
 
結果を求められる時は、頑張るべきだと思います。
しかし、「上手くなる」というのは「変わる」ことであり、
今までのやり方や、「こうするのが正しい」という思い込み(指導)にしがみついていては、
得られないものだと思います。
 
> 私のようなずっと根性を求められつづけてきた環境にいた人間にとって、
>そんな指導方法も有りなのか!!と、度胆をぬかれたというか、新鮮な刺激でした。
 
「上手くなろうとしているようには見えない、上手くなれるような状況を整えようとはしていない、
何をつかもうとしてその練習をやっているのか分からない」そういうのが許せないので、
れっとさんと同じようなショックを受けるだろうと思って、奇をてらった言い方をしているところもあると思います。
 
もちろん、一所懸命練習するしかないような環境にいる人達も多いと思いますし、
「一所懸命試行錯誤する」をもって「頑張る」ととらえている人も多いと思いますが、
「頑張る」にもいろいろあるなあ、と思ってもらえれば幸せです。
 
白状すれば、私は、「上手くすること」にはとても興味があるけれど、「強くすること」は苦手、
そのくせすごく勝ちにこだわる、という変なねじれ方をしています。そういうヤツのへりくつだと思ってください。
   
  ┗ ありがとうございますw あああ - 2003/08/09(土) 20:08 -  
 
なんか難しい話ですねぇ驚
でもなんとなくだけどわかりました。
“声声!!”とうるさく注意してきたのも少し反省です。
でもまぁその人たちはただやる気が見れなかったからですけどね・・・汗
あたしは上手くなりたいのでまたアドバイスなどよろしくお願いしますm(__)m
 
   
  ┗ 技術の習得と声 神奈川応援団 - 2003/08/09(土) 20:32 -  
  
 Tさんのご意見に賛成です。
 
子ども達を指導していく上で「はい」といつもはっきりと返事をすることはとても大切で必要なことです。
 
 しかし,新しい技術を身につけようとしている時に「ハイ」「ハイ」と大きな声で返事をしている子は,
何も考えていない子です。そのような時には自然に声が出なくなるものです。
指導者の言うことを理解しようとしたり,自分でイメージしたりする時には頭で考えています。
大きな声など出すひまはないのです。

 このことは,指導者がわかっていればいいと思います。
新しい技術を覚えようとしている時に,「返事は!」と言わないようにすればいいと思います。
それ以外の時には,「返事」や「声」はうるさく指導していきたいものですね。
   
  ┗ re:技術の習得と声 T - 2003/08/10(日) 12:20 -  
  
神奈川応援団さま
明快な説明、ありがとうございます。
 
> このことは,指導者がわかっていればいいと思います。
新しい技術を覚えようとしている時に,「返事は!」と言わないようにすればいいと思います。
それ以外の時には,「返事」や「声」はうるさく指導していきたいものですね。
 
その通りですね。「指導者が分かっていればいい」ことであって、
「頑張るな」とか「声を出すな」とかいってしまうと問題かもしれません。

ところで、サブさんが紹介してくださった、「新インナーゲーム」
頑張るよりも「気づき」を大切にするというのは、これに近いものがありますね。
以下は、小見出しの抜粋です。
 
・一生懸命やればやるほど下手になる
・筋肉は言葉のレッスンを翻訳できない
・いい悪いと判断するから、感覚が鈍るのだ/裁判癖をなくす
・「正しい打ち方」を自分の基準にしないこと/現実を感じ取る
・いいイメージを持て、の心理学も実は手品だ/ポジティブ思考の弊害
・ノイズのない「生データ」を体内に記憶する/自身に任せる
・(自分自身に)命令せずに、やってくれないか、と頼むこと/セルフ2との会話
・何をして欲しいか、目的をイメージする/結果を依頼する
・自然発生のレット・イット・ハプン法/フォームを依頼する
・観察し続けると、変化が自然に起きてくる/LETとMAKE
・言葉は真実を表現できない?/技術レッスンの源流
・自習能力を引き出すヒントが技術レッスンだ/レッスンの活用法
・「正しい技術」は永遠に正しいわけではない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第6章 習慣を変える
・旧い習慣を捨てるには、交代選手を送り込め/習慣の代替
・歯を食い縛るから、昔の傷が捨てられない/レコードの溝
・これが、ストロークの習慣を変える実践例だ/4段階で変える
  STEP1 新鮮な気持ちで観察して、変えたい箇所を見つける
  STEP2 望む結果の具体的な画像を制作する
  STEP3 セルフ2を信じさせる
  STEP4 変化と結果を、「無判断」で観察する
 まとめ・従来の習得方法と、インナー・ゲームとの相違点
・頑張ったぞ!の自己満足に騙されるな/セルフ1は復活する
・リラックスしろ!は無理難題の違法命令だ/ヒーローはセルフ2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
  ┗ 目からうろこ Ran - 2003/08/10(日) 12:36 -  
  
 神奈川応援団さんの書き込み、興味深いですね。
自分で思い返してみると確かに、誰かに意見を聞いてるときってうなずいたりはしてますが、
大きな声で返事ってする気にならないですよね。
大きい声はたんなる反射反応であって、内容よりも文脈の流れが途切れたときに、声を出す
という反応でしかない。
てことはうちの少年団はいかんなぁ(笑)

 あと「がんばるな」とか「声を出すな」とかは言葉にとらわれると間違った方向に行きますが、
このニュアンスの重要性もよくわかりますね。
 予断ですが、失敗は成功の元という言葉にもありますが、ぼくはプレーがおかしくなってきたら、
間違ったプレーを意識してやってみるんです。こうやるから間違うんだなと自分で考えながらやれば、
次はその動きをしなくなるんです。
ただし、これは原因がわかっている場合にしか有効でないので、他の人は真似しないでね(笑)
 
 と、話がずれましたが、勉強と照らし合わせればよくわかります。
勉強で集中してるときって自分のペースでやってるときなんです。
だから他の選手に気を使ってがんばっても、集中しているとは限らないのでうまくなるわけないでしょうね。
 
 バレーのような集団でのスポーツはいかんせん、こうした自分の時間、自分のペースでの練習が難しい
と思います。しかし分かっている指導者は確実にそうした時間を選手に与えているはずです。
急がば回れ・失敗は成功の元の2つのことわざが、ほんとの意味での上達の基本なのかもしれません。
 

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アクアフェアリーズ3位で終了

終わった。そして、一夜が明け、全然力が出ない朝。疲れ果ててる感じでもなく、燃え尽きた感じでもないのに、不思議な感覚。選手達の体はいろんな問題を起こしてくれたけど、ほとんど全てベストな展開だった。すごく貴重な体験してるんだろうな、たぶん。
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キッズエスコートとVリーグテーマソングがあまりにチープな件について

以前からブツブツ言ってきた件ですが、キッズ側のマイミクさんが記事を書いてくれたので、ちょっとまとめてみたいと思います。
 
「キッズエスコート」をWikiで検索したら、サッカーW杯の「エスコートキッズ」がヒットしました。
マクドナルドが自社の社会貢献をアピールしているページです。
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いやあ、カッコいいですねえ。思わずウルウルしてしまいそうです。
 
そして、入場に使われる曲はこちら(FIFAのテーマソングだそうです)。
それに比べて、バレーボールVリーグの選手入場に使われている曲はこちら。
(こちらもVリーグの「テーマソング」らしいです。
この曲はリーグの度に聞いている訳ですが、チープ感満載ですね。
「スーパーバンド」というグループだそうです。
その名前を聞いて、「何それ、スーパーで売ってる安もんのスーパーエースみたいなやつ?」と知り合いに聞いたら、だいたい当たっていて、びっくりしました。スーパーマーケットを主な活動の場にしていて、それが名前の由来らしいです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−追記−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 【2000年5月に結成。当時、同じスーパーマーケットで働いていたことから、「スーパーバンド」と名乗る。結成当初から高知市内のストリートを中心に活動。】公式HP http://t.co/aGTMLZdfからの引用です。「活動場所」じゃありませんでした。
、【06年には高知県で始まった骨髄バンク8万人登録運動の応援ソング「笑顔のゆくえ」を発表。】とか、Vリーグとの関係も「骨髄バンク支援」が縁のようですね。
【阪神タイガース安藤投手のテーマソング「元気だしていこうぜ!!」でメジャー・デビュー】とか、スポーツ選手のテーマソングでメジャー・デビューとは、思いもしませんでした。
それでも、やっぱり、あの曲(Vリーグの入場に使われる、Vリーグのテーマソング)は、お子様のお遊戯会にしか聞こえません。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−追記−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
別に嫌いなタイプのグループとかいう訳ではないですし、歌詞もなかなか素敵だというバレー関係者もいます。
それはいいんだけど、あまりにも場違い思えて仕方ありません。
 
ファンを大切にしたい、子供に精一杯のサービスをしたい、ということなんでしょうね。
それが目的になってるのは大賛成なんです。

でもそれは、子どもに合わせる、子ども向けの曲を使うことじゃないと思います。
あれはまるで、「幼稚園のお遊戯」の入場行進です。
小学生の運動会だって、もう少し勇ましい曲を使うんじゃないでしょうか。
あんな曲で選手たちがカッコよく見えるんでしょうか?

「カッコいい選手達を子ども達がエスコートする」のか、
「カッコいい選手達が子ども達をエスコートする」のか?
(「エスコートキッズ」と言えば、エスコートをするのはキッズと分かりますが、「キッズエスコート」と言うと、
どちらか分かりません)

スター選手が「弱きもの」に手を差し延べるのは、それはカッコいいことだけど、
ここは「戦士達が闘いに赴く場」なんじゃないの?
戦士たちが人の心をなくしてしまわないように、子ども達がその場所まで手を引いていくというのが
エスコートキッズの意味なんじゃないの?(wikiにそんなことが書いてありました)
選手たちにそこまでの緊張感がなくても、「最高にカッコいい選手たちの手を引いていく」って思えたら、
本当に感動できるんじゃないの?
と思います。

「世界と戦う選手に、手を貸してくれないか」は、
最高にカッコいい演出で、子どもたちへの最高のサービスだと思います。
 
だいたい迎合してるやつがカッコよく見えるなんてあり得ません。
地域密着を目指して、カッコ悪くても、もっと身近に感じてもらおうというのが
「スーパーバンド」起用の狙いかもしれませんが、
そもそもスポーツは日常の中にあっても「その時だけ日常を離れて夢を見る、体を使って戦う」
ところに価値があると思います。
何で「スーパー」という日常生活の象徴みたいな存在を
「Vリーグのテーマ」に持って来ちゃったんでしょうか?
残念でなりません。
 
あの曲「もっときっとずっと」を聞くと、「Vリーグのチケット、スーパーで安売りしてるよ〜〜」って言われてる気がするのは、私だけでしょうか?
 
 
 

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