認知運動療法とフェルデンクライス・メソッド
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昨日に続いて、東京で参加したワークショップ関連です。 今回のワークショップは、PT・OTの人たち対象だったこともあり、 私としては「認知運動療法」との共通点を強く意識していました。 しかし、講師が言っていたことですが、フェルデンクライス・メソッドでは、 「まず自分の体で体験する」というところが大きな特徴です。 いろんな動きについて、身体で学習し、それを積み重ねて「学習の仕方を学習する」 それを通して、「身体が学習していくということを如何にガイドするか」という 教え方を身につけていくわけですね。 まず、自分自身が体験することから始まる、そこが一番大きな相違点かも知れません。 認知運動療法は、健常人が持っている認知が、失われてしまった状態に対して、 新たな認知を構築していくという感じのようで、だから「健常人」にとって、 その獲得していく課程を自ら体験することは難しいんじゃないかという気がします。 その点フェルデンクライス・メソッドは、まず、自分が体験するところから始めるし、 やってみるとなかなか滑らかな動きができない自分の身体に向き合わせられる。 動きの滑らかさには、必ず「質的な差」があり、どんな達人でも自分の動きを 質的に改善することができる。感覚が優れていればいるほど、小さな違いが分かる。 同じ課題に取り組んでいても、それぞれ自分に必要なことが学べるわけで、 障害があるとかないとか身体能力が高いとか低いとかに関係なく、 学ぶということにおいては同じだと、自信を持って言えますね。 また、動きの質がよくなることで、苦痛がなくなったり、心地よい体験ができます。 それが「動きを改善するためには、頑張るよりも、心地よさを手掛かりにした方がよい」 ということを納得させてくれるわけで、教える方がそれを信じているというのは 重要なことだと思います。 そうは言いながら、一人の若いPTが質問していたように、 ・7歳頃まで普通にいろんなことができるようになっていて、 大人になって習慣化してしまった動きが問題を起こしているというのと、 ・脳性麻痺で、 生まれて以来環境の中で体験してできるようになっていったこと自体に 大きな差があるという場合と、 ・中高年まで特に不都合を感じずにきて、ある日突然、脳卒中で それまでの認知・運動を構築していた脳細胞がある範囲で失われてしまった状態と それらの条件に差があるのも事実です。 人それぞれ、できることがあって、できないことがある。 学習が成立しにくい条件も、それぞれに持っている。 上記の違いもそれと似たようなものと考えられればいいのかもしれないし、 それによって、相手が何を学べるかをしっかり探していけるのかもしれないし、 逆に、問題のパターンを知っていることで、相手がどんなことを学べて、 何ができるようになりそうか、その学習の使えるツールにどんなものがありそうか そういったことが見えていた方が、よりよい学習を提供できるのかもしれないし、・・・ そこが認知運動療法の強みかもしれないと、余り知識もなく、思っています。 講師のステファニーさんも、 「私はゴールを知っているし、そこにたどり着いてほしいという願いがある」反面、 「学びは、どういうゴールにたどり着いたかが問題ではなく、その過程である」 この2つは大きなパラドックスだと言っていましたね。 写真は、今頃になると北陸の道路を水浸しにしてくれる融雪装置。
急に寒くなった時など、雪が積もらなくても、すごい勢いで水を噴き上げていたりします。(春先に撮ったものですが) 北陸の冬は、やはり長靴ですね。 |


