OMEGA−凶弾の方程式【7】
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凶弾の方程式【7】
窓を隠しているブラインドの端を指で押し下げると、男はその隙間からそっと外を覗き込む。大枝警察署の正面玄関には相変わらず報道陣が殺到し、病院襲撃事件の続報を続けているようだった。署長の大畑は窓際から離れると自分のデスクに腰を下ろし、深い溜息をついた。鮫島刑事を巻き込んだ爆発事故から一週間と経たない内に、今度は遠藤刑事が何者かに殺されかけたのだ。二つの出来事には、何らかの相関関係があるのではと、署内の誰もがそう感じていた。
(半年後に定年を控えた老兵のわしには、この騒ぎは荷が重いのう・・・)
大畑の警察官人生は、そのほとんどが大枝署での勤務だった。小さな田舎町で起きる事件は、それが交通事故であれ、酔っ払いの喧嘩であれ、大抵の場合、加害者と被害者の間には何らかの関係があった。たとえ双方に直接の友人や知人関係がなくとも、共通の知人や、学生時代の恩師がいたりするものであり、だからこそ不幸にも発生してしまった事件や事故も、都会では考えられないほど速やかに処理することができ、深刻な民事トラブルに発展することは滅多になかった。
しかし・・・。
あの「乗用車転落事故」以来、まるで連鎖反応のように立て続けに起きている出来事には、そんな「人間関係」は何も存在せず、すべてが大畑の感覚では理解できない事柄ばかりだった。大畑署長は、ややくたびれた上着の内ポケットから、愛用している手帳を取り出すと、このところ毎日のように睨んでいるページを開いた。
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H2・12月25日。
午前10時00分・事故の一報。(雫野村・女石山の二本松付近)
運転手・香坂美里。死亡。
午後4時30分・・・救急隊員から通報あり。同乗者の可能性あり。(子供?) H3・1月1日
午前10時・・・・同乗者・香坂綾乃発見。(清水川ダム)〜捜査本部解散。
H3・1月6日
午後6時。大枝市民病院、襲撃。犯人不明。香坂信之助・綾乃、行方不明。
H3・1月16日
雪見ヶ原、ガス爆発事故。鮫島刑事、死亡。(天野グループと示談交渉中)
H3・1月24日
午後7時・・・大枝総合病院、狙撃。
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しばらくの間そのページを睨んでいた署長だったが、ふいにデスクの引き出しを開くと、中から一通の封筒を取り出した。
「休職願い 大畑署長宛て。遠藤翔太。」
署長はその封筒をデスクの上に置くと、手帳のページの一番下に次のようにペンを走らせる。
「H3・1月26日 遠藤刑事 休職願い 受理。」
(親しかった同僚を事故で失い、自分も殺されかけた。その精神的ショックによりノイローゼとなり・・・)などと、県警本部への報告書に表向きの理由を書き並べながらも、大畑には遠藤の休職理由が、それとは真逆であることを確信していた。
(あいつは何かを隠している。殺されかけたからと言って、ビビッて逃げ回るような男ではない。)
A)親子二人が事故に遭遇し、母親が志望する。その後、救出された娘が襲撃される。
B)刑事二人が事故に遭遇し、一方が死亡する。その後、救出された刑事が襲撃される。
大畑もまた、遠藤と同様にこの「不自然な符号」に気づいていた。この二つの事故は、そもそも事故ではなく、事件なのではないか?双方共に、その場にいた二人の人間を殺そうとしているように思えるのだ。
(おそらく遠藤は、何かを嗅ぎつけたに違いない・・・・。)
その「何か」がわからない自分に苛立ちながら、大畑がくわえたタバコに火をつけた時、署長室のドアがノックされた。
「署長。県警本部からファックスが届きました。」
「ファックス・・・?」
「例の狙撃事件の鑑識結果ですよ。」
入室してきた若い刑事は、数枚のレポートを大畑に手渡した。一枚目には弾丸の種類や速度、着弾角度などが示された数値表が記されており、それに続いて現場の写真が添付されていた。
「どうやら使用された銃はスナイパー・ライフルらしいですね。」
大畑の横に立ち、レポートを盗み見ていた若い刑事は、添付されているライフル銃の写真を見ながらがら、そう呟いた。
「浅野君。あんたは銃に詳しいのかね?」
「ええ。好きですよ。警察の試験に受からなかったら自衛隊に志願するつもりでした。銃が撃てますからね。」
浅野と呼ばれた刑事は、そう言って笑った。大畑は銃の写真を見せながら浅野に質問する。
「銃は二種類あるな・・・。(レミントンM700)、もしくは(H&K PSG1)と書いてあるが・・・・?」
「ええ。そうですね。同じ弾丸を使えますし、ライフル・マークもよく似ているので、どちらが使用されたかを特定することは難しいのでしょう。M700はボルト・アクションで、PSG1はセミ・オートマチックですよ。」
「ふむ・・・どう違うんだね?」
「ボルト・アクションは、一発ずつ手動で弾丸を装填する方式です。昔ながらの方法ですが、余計なメカニズムがないので故障も少なく命中精度が高いんですよ。セミ・オートマチックは、拳銃のように数発から十数発の弾を装填できるマガジンが装備されています。手動で弾を装填する必要がないので、二発目が素早く撃てるわけです。」
「レミントンM700」
「H&K PSG1」
「なるほどねえ、しかし、こんな銃が日本で売られているのね?」
「ええ。確か狩猟用でも競技用でも所有は許可されるはずですよ。その線から当たる必要はありますね。」
「この二種類のライフルの、どちらかを持っている人間、あるいは両方を持っている人間を探す必要があるな・・・。」
「そうですね。でも、警察でも自衛隊でも採用していますからね。かなりの数字になることは覚悟する必要がありますよ。」
「警察でも使っているのかい?」
「ええ。レミントンM700は陸上自衛隊の公式狙撃銃ですし、PSG1はSAT(対テロ警察隊)や海上保安庁の特殊警備隊も使っているはずです。」
浅野の説明を聞きながら、大畑は再び深い溜息をつく。
(こんなものを使ってまで、なぜ刑事を殺そうとしたのか?)
(誰が・・・何の目的で・・・!!)
そう考えた時、ふいに「嫌な予感」が大畑の脳裏を過ぎってゆく。
(目的があるなら・・・その目的はまだ達成されていないことになる・・・!)
大畑の両目は、人間の命を軽々と奪うことの出来る「凶器」を睨み続けていた。
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