羊の隠れ家

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2012年2月1日

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【OMEGA】ちょっと休憩&ちょっと反省

これは知る人ぞ知る話だが、OMEGAという物語はすでに一度、完結まで書き上げている。ところが、YAHOOの陰謀(w)により、ブログが消滅し、数年間の蓄積が一瞬で消え去るという悲劇的な出来事が起きた。もちろん、このクソ長い小説をはじめとして、多数のエッセイや雑文がこの世から消え去ってしまい、俺は絶望のどん底を味わったのだ。
 
ブログ自体は友人である「らら」の献身的な協力(笑)により、こうして何とか復活を遂げたのだが、この壮大なドラマを再びゼロから文章化する作業に着手するまで、数ヶ月もの間、迷い続けた。
 
ドラマは大きく二つに分解できる。もちろん事件の発生が(1)であり、その解決が(2)であるが、この話における「事件の発生」つまり「大前提」は、記述する必要がある部分だけでも約70年以上の時間的な奥行きがあり、それは具体的には、孫、母、娘という親子3代に渡って展開してゆく複雑な人間ドラマと、隔世遺伝という生物学的な現象を含んでいる。
 
従って(1)から(2)へとスムーズに移行するためには、相当量のエピソードで時間の隙間を埋めゆく必要があり、更にそれらのエピソードを完全に接続してゆく必要があった。バラバラに展開している多数の事象が、ドラマの進行と共に次第に一つの「主題」へと導かれてゆく。エンタメにおいても科学分野においても、そんなスタイルで構築されるドラマが大好きな俺だが、小説(文章)でこれを実現することの難しさを思い知らされている今日、この頃だ。
 
さて、今回(本日)「第一部・終了」としてが、これに続く第二部の中で、いよいよ俺が本当に書きたい「主題」に触れることになる。原作では「OMEGA」は、一般市民に向かってばら撒かれるウィルス兵器という設定で、人類の危機的状況を描いたのだが、実は今回、この手法は放棄しようと考えている。まあ、似たようなことになると想像はしているが、原作を書いた3年前と比較すると、当時は知らなかった科学的な知識や、当時は思いつかなかった発想が俺の中で沸騰し始めている。
 
前半で示した論理的な前提を元に、後半はそれに「伝説」と「ファンタジー」の要素が加わるので、前半とは比較にならないほど、ドラマ・スケールが広がるのではと予想しているが、具体的に何が飛び出してくるかは、書いている俺にもわからないのだ。(笑)
 
「凶弾の方程式」の中で、「東原教授」の名前がいつの間にか「東堂教授」と記してしまった部分かあった。言い訳だが、東堂という名前はOMEGAの原作の原作に登場する科学者の名前だ。この「原作の原作」のタイトルは「あやの」と言う。そう、あのダムで溺れておいた少女の名前だ。まあ、要するに「OMEGA」の主人公は彩乃であり、彩乃とアマテラスの対立軸の中にこそ、俺が知りたい生命の秘密が隠されているのだと、そんな予感がある。
 
命の形に善も悪もない。悪い命も、よい命もない。従って命を生み出す行為の中に道徳的価値観は不要である。だが、しかし・・・。
 
俺たちは、大して意味のない道徳観や価値観に束縛され、何が正しいのか、何が悪いのかと、ひたすら物事の善悪を論じ、この無意味な一生を、更に無意味なものとしながら、やがて朽ち果て、消滅する定めなのだ。
 
「お前は・・・本当に・・・生きているのか!」
 
そう自分に問いかけながら、俺は明日もきっと、書き続けているのだろう。
 
 
 
注・・・この数週間、連日に渡り様々な登場人物に感情移入し、その主観で文章を書いていたので「俺は〜」と、独断で書き着始め、独断で終われる雑文に飢えていた。
 
「あ〜・・・すっきりした!!」

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OMEGA−凶弾の方程式【20】

凶弾の方程式【20】

大畑署長が運転する乗用車の助手席で、窓の外を行過ぎる景色を見つめながら、真理子は先程署長から聞いた不思議な伝説のことを思い出していた。
 
溺れている子供は、よい神様の娘さんだったのね。
 
じゃあ、その神様は私の願いも聞いてくれるかしら?
 
あの日、あの時、私があの子を助けなかったら・・・。
 
あの子があのまま、水の底に沈んでいれば・・・・。
 
遠藤さんも鮫島さんも、あの山に向かうことはなかったのだから・・・。
 
きっと死なずに済んだのだろう・・・・。
 
そこまで考えた真理子は、自分の思考矛盾に気づき、小さく自嘲した。
 
(あの子を助けなければ、そもそも遠藤さんに会えなかったのよね。)
 
(ってゆーか、あの子が溺れていたから、私は自殺に失敗したわけでしょ?)
 
(あの子がいなかったら、私は死んでたのかなあ・・・。)
 
そんなことを考えていると、ふいに「あの子」の名前が脳裏を過ぎってゆく。
 
(香坂・・・あやの)
 
そして同時に、初めて会った日に遠藤と交わした会話が耳の奥で蘇る。

 
「なあ、名前だけでも教えてくれないか?」
 
「関係ないじゃん!しつこいなあ!」
 
「ああ、俺には関係ないけどな、あの子には大いに関係があるんだ。」
 
「あのな、あの子の母親は事故で死んだ。あの子が目覚めても母親はもういないんだ。」
 
「だ・・だから何なのよ・・・。」
 
「だからな、せめて君の名前を教えてやりたいんだよ。」
 
「意味ねーじゃん。あたしの名前なんて!」
 
「いや・・お母さんがいない子はな、これから苦労するんだ。辛い事がたくさん待っている。だからな、くじけそうになった時、あの子が思い出すことが出来る名前が必要なんだ。それは自分を助けてくれた人の名前だ。自分を命がけで守ってくれた人の名前だ。わかるだろ?手を差し伸べてくれた人がいるってことを思い出す大切さ。それが君の名前だ。」

 
(優しい人だった。荒っぽくて図々しくて、がさつで、靴下は臭かったけど・・・本当に優しい人だった・・・)
 
再び込み上げそうになる悲しみを慌てて堪えたが、すでに両目には熱い水分が溢れてしまっていた。
 
車は雪原を行く。いくつかの交差点を越え、いくつかの橋を渡り、いくつかのカーブを曲がり終えると、国道の標識に「雫野村」の文字が現れた。
 
「さあ、真理子さん。到着しましたよ。」
 
大畑に促され車を降りた真理子の目に、小さな平屋建ての一軒家が映っていた。大畑は無言のまま、真理子をその家の玄関口まで連れてゆく。家の表札には「雫野村・診療所」という文字が読み取れる。
 
(診療所・・・病院かしら・・・?)
 
正面玄関から見ると小さく見えた家屋も、中に入ると意外と長い廊下があり、その両側にいくつかの部屋があった。大畑は目的の部屋の前で立ち止まると、ドアをそっと開き、真理子に合図する。
 
真理子は首を微かに傾げながら、その薄暗い部屋へ入っていった。部屋の中央付近は薄いビニールのカーテンで仕切られており、そこに患者の横たわるベッドがあることが確認できる。ベッドの周辺にはいつかの機械が並び、小さなランプが点滅しているのが見える。
 
真理子は恐る恐る、カーテンを開き、ベッドに横たわる患者を見下ろした。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
 
その患者を見下ろす真理子の両目に、再び熱い涙が溢れ出す。
 
「えんどう・・・さん・・・!!」
 
口を酸素吸入器で塞がれているが、それは紛れもなく「遠藤翔太」だった。
 
「大畑署長には、ずいぶんお世話になりましてね。厄介ごとも断れないんですよ。」
 
背中に聞こえた声に振り返ると、そこには分厚いメガネをかけた白衣の中年の男性と、看護婦らしい女性が立っていた。
 
「この生命維持装置は大畑さんからの寄付でね。私も最近、ようやく使い方を覚えましたよ。」
 
医師の言葉が冗談であることは看護婦には理解できたが、そんな冗談は真理子の耳にはまったく届いていなかった。
 
(遠藤さん・・遠藤さん・・遠藤さん・・遠藤さん・・遠藤さん・・遠藤さん・・)
 
「お嬢さん。遠藤君は生きていますよ。」
 
「あ・・ああ・・・遠藤さん!!」
 
真理子はとうとう、その名を声に出した。
 
「生きてはいますが・・・深刻な状況です。」
 
医師の言葉に、真理子はハッと息を呑んだ。
 
「深刻・・・・。」
 
「ええ。はっきり申し上げます。彼はすでに脳死状態なのです。」
 
「脳・・・死・・・。」
 
「あの銃撃を受けた直後から、彼の脳は萎縮が始まっています。残酷なようですが、意識の回復は見込めないでしょう。」
 
喜びと悲しみが同時に、真理子の判定器官を直撃していた。その愛しい姿に再会できた喜び、そして医師の絶望的な宣告。感情は両者の間で激しく振動し、その振動数を表すように、真理子の体は小刻みに震えだしていた。
 
 
「遠藤さん。私です・・・真理子です・・・。」
 
「え・・遠藤さん・・・もう・・目を覚ましてくださいな・・・。」
 
「お仕事の時間ですよ・・・・遠藤さん・・・・。」
 
「ねえ・・・寝てたら犯人が逃げちゃうよ・・・・」
 
「起きて・・・もう一度・・・真理子って呼んで・・・馬鹿野郎って怒鳴って・・・」
 
「なあ・・・遠藤・・・起きろよ・・・起きろ・・この糞刑事・・・!!」
 
 
病室の窓から差し込む夕日に全身を赤く染めながら、真理子は決して目覚めぬ男の耳元にいつまでも、語りかけていた。
 
 
いつまでも・・・・
 
いつまでも・・・・
 
---------------------------------------------------------------------
 
OMEGA  第二部 (完)
 
 

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OMEGA−凶弾の方程式【19】

凶弾の方程式【19】
 
大枝警察署の応接室は、数年前まで取調室として使われていた部屋だけに、数人が入れば窮屈になるほど狭く、そして殺風景だった。原田真理子はその日の朝、大枝警察署からの連絡を受け、殉職した遠藤刑事の私物を引き取りに来ていた。案内された応接室の窓には外側に金網が張ってあり、いかにも、という雰囲気を醸し出していた。
 
署長を待っている間、真理子はただぼんやりと、窓の外に広がるのどかな田舎の風景を眺めていた。連なるような田畑と、点在する森林の向こう側に、二つの山が、そのなだらかな傾斜のシルエットを浮かび上がらせている。
 
「ああ、大変お待たせしました。私が署長の大畑です。」
 
木製のドアが開かれ入室してきた初老の男性は、真理子に名刺を渡すと、忙しなくソファに腰を下ろす。
 
「この度は、そのお・・・何と申し上げてよいか。不幸なことになってしまいました。」
 
真理子はその言葉に軽く頷いたが、その表情には何の変化もなかった。自分の感情を押し殺す時、人は悲しいほどに無表情になるものである。しかし、大畑の観察眼は、そんな真理子の両目が薄っすらと赤く染まっていることを見逃しはしなかった。あの日から孤独と絶望を夜を、幾度も越えてきたのだろう。
 
「遠藤君は、素晴らしい青年でした。わしは・・もう定年です。わしのような老いぼれが者が残り、有能な部下が先立つ。本当に申し訳ない。できることなら代わってやりたいです。」
 
「署長さん。」
 
真理子はようやく、その重い口を開いた。
 
「遠藤さんは自分の仕事に誇りを持っていました。そして私も、彼を誇りに思っています。」
 
「原田さん・・・。」
 
「不良少女だった私は、遠藤さんに巡り合うまで、警察官が大嫌いでした・・・。」
 
「・・・・・。」
 
「でも、今は・・・今は違います。今は・・・。」
 
嗚咽で言葉を詰まらせながら、自分に語りかけてくる女性を見つめながら、大畑はこの数日間、悩み続けた事柄に一つの決断を下していた。
 
「遠藤君の私物は整理してあります。ウチの者に届けさせましょう。」
 
「いいえ。どうぞお気遣いなく。私が持って帰ります。」
 
「いえ、実は別件がありましてね・・・。」
 
「別件・・・?」
 
「ああ、失礼。妙な言葉を使ってしまいました。原田さん。わしは今日、貴女にお会いできて本当によかったと思っております。」
 
真理子は署長の言葉から真意を読み取ることが出来ずにいる。
 
「原田さん。実はわしといっしょに行ってもらいたい場所があるんです。」
 
「・・・・・?」
 
「向こうの方に山が二つ、見えますよね?」
 
署長は、応接室の窓から見える景色に視線を移した。
 
「はい・・・。」
 
「手前の山が神之石山。あの研究所があった山ですよ。そしてその奥に、少しだけ低い山があります。それが女神山と言います。どちらの山にも神という文字が使われています。どちらも天から神様が降りる山として、昔はあの辺りの集落の信仰の対象だったのですよ。」
 
真知子は黙ったまま、署長の話を聞いている。
 
「言い伝えがありましてね。大昔、あの辺りは平原だったそうです。そこに天から神を乗せた流星が落ちた。まあ、実際に隕石のようなものが落ちたので、この伝説が生まれたのかも知れませんがね。伝説によると落ちた隕石によって平原が隆起して神之石山が誕生します。ところが、この神様はたいそう悪い神でしてね。悪霊を使って村人を苦しめて、逆らう村人はみんな虫にされてしまったそうです。」
 
「虫・・・ですか?」
 
「ええ。昆虫ですな。おそろしい神様もいたものです。」
 
署長はそう言って小さく笑って見せた。
 
「その後長い間、村人は悪い神に苦しめられていたのですがね、ある時、一人の村人が川で溺れている子供を見つけたそうです。」
 
真理子の肩が微かに動いた。
 
「その村人は必死になって子供を救ったのです。実はその子供は迷子になっていた良い神の娘だったらしいのです。よい神は村人に感謝して、願いを一つだけ聞くことにしたのです。村人の願いは当然、悪い神を村から追い払ってもらうことでした。その願いを聞き入れたよい神は、迷子になっていた自分の娘に悪い神を退治するように命じます。」
 
「娘さんが悪い神と戦ったのですか?」
 
「ええ。たくさんの獣を引き連れて戦ったらしいですよ。」
 
「はあ・・・不思議なお話ですね。」
 
「そして三日三晩の長い戦いの末に悪霊は退治され、悪い神は石にされてしまったということです。その石が神之石山の頂上にあります。村人はこの大きな石を(お石さま)と呼び、悪しき出来事の象徴としてきたそうです。」
 
「その、よい神様の娘さんはその後、どうしたのでしょうか?」
 
「ええ。村人は悪霊を退治してくれたよい神にたいそう感謝しましてな、よい神に捧げるためにたくさんの貢物を集め、その貢物が山となった。それが女神山なのです。すると、よい神の娘は女神山の頂上に登り、その後も村を守り続けるために、自分も石に姿を変えたそうです。不思議なことに、この女神山の石も、(お石さま)と呼ばれるようになりました。」
 
「では、神乃石山と女神山に、二つのお石さまがあるのですね?」
 
「そういうことになりますな。わしが子供の頃は、村の年寄りたちが山に登り、お参りしてましたよ。だが、今ではもう、こんな話を室人間も少なくなりました。」
 
「もう信仰は途絶えてしまったのですね。」
 
「そうですね。過疎化の流れの中で言い伝えも途絶えてしまうのでしょう。」
 
署長の話は面白かったが、それだけのことだった。真理子が疑問を口にしようとした時、それを制するように大畑が先に声を掛ける。
 
「実はな、真理子さん。」
 
「はい、何でしょうか・・・?」
 
「その女神山の麓に雫野村と言う小さな集落がありましてな。」
 
「雫野村・・・ですか?」
 
「ええ。ここから車で1時間ほどの距離になります。今日はわしと一緒に、その村に出向いて欲しいのですよ。」
 
「私が、村に行くのですか?」
 
「ええ。ぜひ、お願いします。」
 
「どうような要件で・・・?」
 
「それは村に着いてからお話させてください。」
 
真理子は、老人の瞳の中で輝いている強い意志に、心を動かされそうな自分を感じていた。

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OMEGA−凶弾の方程式【18】

凶弾の方程式【18】

 
深い眠りから目覚めた時のような倦怠感があった。まだ焦点の定まらない視線が、自分を見下ろす女性の輪郭を捉えている。
 
「絵里香・・・さん・・。」
 
「目が覚めたかしら?小林さん。」
 
「私は・・・眠っていたのか?」
 
「ええ。2時間ほどね。」
 
小林は、自分がすでに衣服を身につけていることに気づき、戸惑った表情で絵里香を見る。絵里香もまた、衣服に身を包んだ姿だった。
 
「この部屋、暖房も入らないんですもの。裸でいたら風邪をひいてしまいます。」
 
「そうか、ありがとう。寝ている間に服を着せてもらうなんて、何だか恥ずかしいよ。」
 
小林はそう言って、照れ臭そうに笑った。
 
「小林さんはこれからどうするの?大学に復帰するのかしら?」
 
「ああ。実はそうしようと考えているんだが・・・。」
 
「何か問題があるの?」
 
「いや・・・私は、例の研究をどうしても続けたいんだ。」
 
「柏木教授の考案した実験のこと?」
 
「うん。そうだよ。あれを放棄してしまうなんて、私には到底出来ないんだよ。」
 
「そうよね。あの研究は小林さんが引き継ぐべきよね。」
 
「絵里香さんにそう言ってもらうと、何だか心強いよ。」
 
「あら。私は以前から小林さんは独立した研究チームを持ったほうがいいと思っていたわよ。」
 
「ほ・・本当かい?」
 
「ええ。もちろん。貴方にはその能力があるもの。」
 
小林は、絵里香のその言葉に心の底から感激していた。
 
「ありがとう・・・うれしいよ。絵里香さん。」
 
そう言って絵里香の手を握った時、小林はふと、軽い眩暈を感じて姿勢が崩れる。
 
「どうしたの?大丈夫・・・?」
 
「ああ・・大丈夫だ・・・何か・・・不思議な感じが・・・・。」
 
絵里香は、自分の額を押さえて目を閉じる小林の様子を、じっと観察している。
 
「ねえ、小林さん。あの実験のことだけど・・。」
 
「何だい・・・?」
 
「神経細胞の増殖実験。あの反応がもし、人間の大脳で起きたらどんなことになるかしら?」
 
「人間の大脳で・・・?」
 
小林は一瞬考えたが、すぐにこう応えた。
 
「そりゃあ、その人間は死んでしまうのではないかな。増殖速度が速すぎる。肥大し過ぎた大脳が、内部から頭蓋骨を割ってしまうかも知れないよ。」
 
「そうね。そうかも知れないわね。でも、例えば増殖する神経細胞が、他の部位に変化しながら新しい組織を構築するとしたら?」
 
「新しい組織・・・いったい何の話をしているんだい?」
 
首を傾げる小林の額に、絵里香は自分の指先を軽く押し付けた。
 
「何か感じる?小林さん・・・?」
 
「いや・・・これはなんかのオマジナイかい?」
 
そう言っておどけた小林だったが、その直後、自分の頭の中心部で、火花が飛び散るような感覚に襲われた。背中を仰け反らせ、大きく見開いた両目が、自分を見つめている絵里香の視線と空中で激しく交差する。
 
「聞こえる?小林さん。私の声が聞こえるでしょう?」
 
確かに聞こえていた。しかし、小林の聴覚がそれを否定する。
 
(キコエル・・コバヤシサン・・・ワタシノ・・・コエガ・・・)
 
小林の両耳には、音声を捉えているという感覚がなかった。その声は脳の奥底で聞こえているのだ。その証拠に、目の前にいる絵里香は、目を閉じたまま俯いているが、その口はまったく動いていないではないか!!「音声」は、いや、正確には音ではない「別の信号」が、絵里香の人差し指から直接、小林の意識へと流れ込んでいるのだった。
 
(ワタシヲ・ミナサイ・・・・ヘンジヲ・・シナサイ・・・)
 
小林は心で、こう叫んだ。
 
(エリカサマ・・・!!!!)
 
「小林さん・・・新しい感覚器はどう?」
 
その言葉を、自分ではない自分が聞いている。
 
「小林さん。貴方ははね・・・・感染しているのよ。意味がわかるかしら?」
 
(感染・・・感染・・・かんせん・・・かんせん・・・カンセン・・・カンセン・・・)
 
「そう。柏木さんと同じウィルスにね。わかるでしょう?それが何だか・・?」
 
(ウィルス・・・ウィルス・・・オメガ・・・オメガ・・・)
 
「貴方の大脳神経細胞は、2時間ほど前に増殖を始めたのよ。それなのに、たった
 2時間ですでに新しい機能が構築されている。素晴らしい。小林さん。素晴らしいでしょう?」
 
絵里香はゆっくりと立ち上がると、座っている小林を抱き起こし、彼の手を引きながらバンガローへと向かう。
 
「綺麗でしょう。何が見える?小林さん。」
 
それは美しい光景だった。小林の脳内に新たに構築された機能は、空間領域を飛び交うあらゆる周波数の電磁波を捉えているのだ。
 
「意識を集中して。私に周波数を合わせなさい。」
 
先程までクリアに聞こえていた絵里香の声が、様々な雑音の中に埋もれ始めていた。
 
「小林さん。貴方はもう、普通の人間ではないのよ。特別な存在なの。この宇宙を支配することが出来る特別な存在なのよ。」
 
見つめる絵里香の目の前で、小林の表情が激変してゆく。飛び出しそうなほどに開かれた両目の眼球が、青白い光を放ち始めていた。
 
「さあ、小林さん。貴方には翅がある。宇宙に飛び立てる能力がある。感じなさい!その背中に・・感じなさい・・・!!」
 
小林の全身の細胞が、猛烈な速度で分裂を繰り返していた。分裂しながら新たな細胞群が形成され、それは新たな生体機能として具体的な形を現し始めていた。
 
(ウツクシイ・・・ウツクシイ・・・ウツクシイ・・・)
 
小林の目に映る盛岡の夜景が、光が、磁気が、電波が、そのすべてが小林を誘惑する。絵里香が両手をゆっくりと小林のこめかみに添える。小林が着ているセーターの、その背中が大きく盛り上がってゆき、やがてそれは内側から引き裂かれ、小林の背中から異様な形状の「翅(翼)」が突き出していた。
 
(ワタシハ・トベル・・・・ワタシハ・トベル・・・・)
 
(ワタシハ トクベツナ ソンザイ)
 
「まだ駄目よ!小林さん!!」
 
絵里香の叫ぶ声と同時に、小林の体はバンガローの柵を飛び越え、盛岡の夜景へと舞っていた。
 
「小林さん・・・・!!」
 
柵から下を覗き込む絵里香の目が、まだ未熟な翅をバタつかせながら、一直線に落下してゆく小林の姿を捉えていた。
 
 

 

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OMEGA−凶弾の方程式【17】

凶弾の方程式【17】
 
 
男の不器用な両手が、コートの上から絵里香の背中を撫で回す。絵里香はそんな男の吐息の温度と湿度を計測するかのように、男の唇を指で撫でながら、再び男の耳元で囁いてみせる。
 
「落ち着いて・・小林さん・・・。」
 
絵里香は小林の両手を振りほどき、着ていたコートを自分の足元に脱ぎ捨てると、あらためて自分の目の前の男を真っ直ぐに見つめた。
 
「貴方もコートを脱いだら・・・?」
 
小林は絵里香の言葉に2、3度頷くと、忙しない手つきでコートを脱ぎ捨てる。薄手のブラウスに包まれた絵里香の上半身が男の胸に密着した時、男は再び獣のように絵里香を抱きしめた。
 
小林智志の脳内に収納されている辞書でセックスを検索すれば、そこには「摩擦刺激による射精の誘発」と書かれているはずである。小林の性体験とは、表現力に乏しい猥褻小説をおかずにした中学生の自慰行為程度のものでしかなかった。
 
しかし・・・。
 
今、自分と密着している絵里香の、その細い体のシルエットが、その体温が、その心臓の鼓動が、そして絵里香の体臭が、口臭が、小林の未熟な性概念を悉く破壊しつつあった。小林の右手がモゾモゾと、ブラウスの上から絵里香の乳房に触れた時、絵里香はその手首を掴み、小林を制した。
 
「だめよ。そんな風に触ったら。ブラウスが皺になっちゃうでしょう?」
 
「す・・すまん・・私は・・・どうかしていた。許してくれ。」
 
小林は気の毒なほどに狼狽しながら、絵里香から離れる。
 
「あら・・もういいの?小林さん?私のことが嫌い・・・?」
 
「いや・・嫌いだなんて・・そうじゃない。違うんだ・・・。」
 
「なあに・・・話してみて・・・。」
 
絵里香は再び小林に接近し、その汗に濡れた首筋に自分の舌を伸ばした。
 
「わ・・私は・・経験が・・経験があまりないから・・その・・君に失礼なことを・・・。」
 
絵里香は小悪魔のような笑みを浮かべながら、小林の震えている唇に指先を伸ばす。
 
「経験・・・?何の経験かしら?小林さん・・・?」
 
「いや・・女性との・・経験が・・・。」
 
「女性との・・?・・・セックスの経験のことかしら?」
 
「そ・・そうだ・・・だから・・もうやめよう・・。」
 
「そう・・やめたいの?私じゃ駄目なのね・・・?」
 
「違う!違うんだ・・・絵里香さん。私は・・私は君が好きだったんだ!」
 
(告る中学生)
 
そんな台詞が思い浮かんで、絵里香は笑い出しそうになる自分を必死に抑えた。
 
世の中には、異性に対して好きだとか、愛しているとか言わないと、その異性とのセックスに辿り着けないと信じている者がいる。そのような者たちが「愛のないセックス」を否定する。そのフレーズは、倫理の欠落と同じ意味で使用され、そしてそれは徹底的に嫌悪され、排斥されるべき「社会悪」という概念さえ含んでいるのだ。
 
(本当に面白いわね。あなたの父親と母親は、本当に愛のあるセックスをしたのかしら?愛があったからあなたが生まれたのかしら?)
 
(へえ・・そうなの・・・じゃあ、30億年前のあなたの祖先は?あなたの祖先だった微生物はどうなの?愛し合ってセックスしてたの?)
 
(ねえ、どこに愛があるの?どんな形をしているの?どんな色をしているの?)
 
(スーパーマーケットの安売りコーナーで売っているような、陳腐な道徳を振り回すのはやめにしたら?)
 
(他人のセックスを見て欲情しているあなた。その時、あなたの愛はどこにあるのか説明してみなさい。)
 
(わからないの?私が教えてあげましょうか?)
 
(愛はね、あなたの粘膜の上にあるのよ!)
 
--------------------------------------------------------------------------------------------
 
「ねえ、小林さん。経験がなければ、今、経験すればいいじゃない?」
 
そう言いながら絵里香は、小林の首に両手を回すと、小林の震えている唇に、自分の唇を重ねる。男の吐息が落ち着くまでの時間、絵里香はその唇を離さなかった。
 
「私が先生になってあげるわ。貴方は私の生徒。わかったわね?」
 
小林は照れ臭そうに頷く。
 
「駄目よ。ちゃんと返事をしなさい。貴方は生徒でしょう?」
 
「は・・はい。わかりました。絵里香さん。」
 
(絵里香さん)と小林が言った時、絵里香の平手が軽く小林の頬を叩いた。
 
「教師に向かって(さん)はないでしょう。絵里香さまと呼びなさい。」
 
「は・・はい・・すみません・・・絵里香さま・・・。」
 
再び絵里香の平手が小林の頬で「パン!」という音を立てる。
 
「それが人にお願いする時の姿勢かしら。小林・・・。そこに跪きなさい。」
 
「はい・・絵里香さま・・・。」
 
自分の足元に跪く男を見下ろしながら、絵里香はゆっくりとスカートの裾を引き上げる。ストッキングに包まれた絵里香の下腹部に、小林の視線が突き刺さっている。
 
(さあ、小林さん。私が貴方を覚醒させてあげるわ・・・。)
 
大脳の深部で爆発しそうな200億の細胞たち。私が貴方たちを解き放ってあげる。これまで貴方たちを抑制していたすべての規制を壊して、すべての制約を破壊して、どこまでも自由な世界へと誘ってあげる。
 
 
ねえ・・・聞こえる?
 
命の鼓動が・・・!!
 
ねえ・・・聞こえる?
 
私は・・・オメガ・・・!!
 
 
小林は、女性の曲線が交わる柔らかい中心部に顔を埋めながら、自分の奥で幾度も瞬く強烈な閃光を感じ始めていた。
 
 
 
 

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