羊の隠れ家

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2012年2月9日

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OMEGA−少女の森 春から夏【11】

少女の森 春から夏【11】

 
真理子の道案内で、車は一路、雫石村へと向かっていた。時間はすでに午後7時を回り、辺りはすっかり闇に包まれている。ヘッドライトの明かりだけを頼りにハンドルを握る神崎は、時々助手席に座っている女性に視線を向ける。助手席の窓から見えるのは、漆黒の闇の中に僅かに瞬く民家の明かりだけだったが、彼女は黙ったまま、その闇の中に寂しそうな視線を投げていた。
 
「二人は・・・・。」
 
その沈黙に耐えられず、神崎は静かに口を開いた。
 
「二人は立派な警察官だった。鮫島刑事は事故に巻き込まれて殉職し、そして遠藤刑事は元暴力団組員に襲撃され、銃撃戦の末に殉職した。どちらも、その原因は職務上の理由によるものだ。まあ、自分の仕事が時に命がけになるようなことは、何も警察官に限った話ではないが、彼らの死を無駄にしてはいけないと、つくづくそう思う。」
 
その言葉に真理子はふいに、神崎に向き直る。
 
「神崎さん。神崎さんは、あの研究所の事故と遠藤さんの事件が無関係だと思われているのですか?」
 
「え・・・?」
 
神崎は真理子の言葉の真意がわからず、眉をひそめた。
 
「研究所が爆発した時、怪我をした遠藤さんは大枝市内の病院に入院しました。それはご存知ですよね?」
 
「ああ、知っている。その入院先が第一の襲撃現場となった。そうだろ?」
 
「ええ・・。」
 
「その第一の襲撃に失敗した犯人が、遠藤刑事が退院した後、遠藤刑事を付け狙い、再び襲撃を試みた。違うかい?」
 
真理子は(そうではない)と言うように、首を強く左右に振る。
 
「しかし・・確か、第一の現場から見つかったライフルの弾丸は、第二の現場で犯人が使用したライフルのものと一致したと報じられているが・・・。」
 
「はい。確かに警察の発表でも、事件はそう説明されました。」
 
「犯人は元暴力団の組長だった。過去に遠藤刑事に逮捕されている。そのことを根に持っていた・・・。」
 
真理子は再び首を横に振って、神崎の言葉を否定した。
 
 「君は遠藤刑事襲撃事件と、あの研究所の爆発事故とは無関係ではないと言いたいのかい?」
 
そう言った直後、神崎の脳裏に今朝、その目で見た情景が蘇ってきた。それは生命科学研究所の所長、東原英之教授が住んでいたマンションの部屋から見えた、盛岡市街の風景だった。
 
(ローンズ・丸島ビル)・・・直線で結べば500mくらいの距離である。
 
(研究所の爆発事故現場にいた刑事が、その研究所の所長が住んでいたマンションから僅か500mの場所で襲撃された。)
 
(これが偶然であるはずはない・・・。)
 
この瞬間まで、神崎はこの二つの事件を別々の案件として捉え、それらを相互に掛け合わせて考えることはなかった。しかし。二つの出来事を結びつけて考えれば、そこに何らかの相関関係が存在しているという直感が湧き上がってくる。神崎は、再び隣に座る女性に視線を向ける。
 
(この娘は何かを知っている。我々が知らない何かを。そして、その秘密が彼女を追い詰めている。)
 
神崎は、転落事故の現場で取り乱した真理子の様子を思い出していた。
 
(いったい、何を恐れているんだ・・・?)
 
「真理子さん。話してくれないか?私に出来ることがあるなら、協力は惜しまない。」
 
しかし真理子は俯いたまま、唇を噛み締めているだけだった。
 
やがて車は目的地に到着した。真理子の指示で車を駐車場に停めると。神崎は真理子の後について、その建物へと足を向ける。
 
「雫石村診療所・・・?」
 
木製の質素な表札の文字を声に出すと、真理子は小さく頷きながら、玄関の扉を開いた。
 
「どうぞ。入ってください・・・。」
 
人気のない薄暗い廊下を、真理子の後ろについて歩いてゆくと、左右にいくつか並
ぶドアの一つを真理子は静かに開いた。
 
「ここです・・・。」
 
その部屋の中央にはベッドがあり、ベッドには男性が横たわっている。神崎はゆっくりとベッドに近づき、その男の顔を見下ろした。
 
「遠藤翔太さんです・・・・。」
 
背中で聞いた真理子の言葉に、神崎の肩が小さく揺れた。
 
「遠藤・・・刑事か・・・!」
 
「ええ・・・そうです。」
 
「まさか・・・死亡したと報道されていたはずだが・・・?」
 
「はい。事件直後は確かに死んでいたようです。」
 
「な・・なに・・・!!」
 
真理子の言葉の奇妙さに、神崎は絶句した。
 
「事件の直後に病院に収容された時、遠藤さんの心臓は完全に停止してました。そして警察は報道陣に、刑事は死亡したと伝えたのです。でも、その後、勝手に動き出しちゃったんですよ。心臓が。」
 
真理子は冗談のようにそう言った。
 
「動き・・だした・・・?」
 
「心臓は動き出しましたが、脳死状態だと診断されています。」
 
「脳死・・・・!!」
 
「はい。遠藤さんの脳は、もう活動していないのです。」
 
真理子はこみ上げてくる悲しみを堪えながら、説明を続けた。
 
「犯人の銃弾は遠藤さんの頭を直撃せずに、横をかすめただけだったそうです。ほら、ここに傷が残っています。」
 
真理子は寝ている遠藤の髪を分け、その傷口を神崎に見せた。それは遠藤の右側頭部をほぼ真横に走る傷跡だった。
 
「この時の衝撃で脳の一部が損傷してしまったらしいのです。」
 
「脳の一部が・・・損傷・・・。」
 
「ええ。おそらくその衝撃で仮死状態になっていたのだろうと、医師は警察にそう説明したそうです。」
 
「仮死状態・・・。そして、その後、息を吹き返したわけか?」
「はい。それで盛岡県警と大枝警察署は話し合いの結果、蘇生した事実は公表しないことになった。だから死亡報道は修正されませんでした。」
 
「なぜ遠藤刑事が生き返った事実を隠したのだ?」
 
「さあ、詳しいことはわかりませんが、大枝署の署長さんがそれを強く要請したと聞いています。」
 
(おかしい・・何かがおかしい・・・!!)
 
神崎は、混乱する思考の中で、この事態の異常さを判定する。
 
(いや・・・警察著の署長がいくら要請したところで、そんな超法規的な措置は不可能だろう・・・。)
 
険しい表情で考え込む神崎を見つめていた真理子は、やがて静かに口を開いた。
 
「これは、口止めされていることですけど、神崎さん。あなたには話します。」
 
神崎は無言のまま頷いた。
 
「私・・あの現場にいたんです。」
 
「あの・・現場?」
 
「はい。ライフルで狙撃された病室です。私は遠藤さんと一緒に、その部屋にいました。」
 
「・・・・!!」
 
「私、見たんです・・・。」
 
真理子の声が震えていた。
 
「見たって・・・何を・・・?」
 
「犯人です。いいえ。証拠があるわけではありません。でも、間違いなく、あいつが犯人です・・・。」
 
真理子の震える肩を見つめながら、神崎はようやく、この女性を追い詰めている恐怖の正体が姿を現しはじめたことを確信していた。

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OMEGA−少女の森 春から夏【10】

少女の森 春から夏【10】

 
三人の男たちが神崎と真理子の前に立ちはだかった。三名とも無表情のまま、二人を交互に見比べていたが、やがて三人の内の一人、中央に立っている痩せた男が神崎に声をかけてきた。
 
「ここは立ち入り禁止です。ご存知ですよね?」
 
「はあ、立ち入り禁止でしたか。それは知りませんでした。」
 
神崎は惚けた口調で男に応じた。
 
「おかしいですな。ここに来る途中に通行止めのゲートがあったはずだが?」
 
「ありましたっけ?覚えてないな。君は覚えてるかい?」
 
(君は)と言いながら、神崎はいきなり真理子に話題を振った。
 
「え・・!!ええ、ゲート・・ですか?さあ・・覚えてませんわ。」
 
男の鋭い視線が神崎と真理子を交互に睨みつける。
 
「まあいいでしょう。で、お二人はどういった用件でここへ来られたのですか?」
 
「用件なんてありませんよ。私たちは新婚旅行中でしてね。ダム見学の帰りに道に迷ってしまいました。」
 
(新婚旅行中でしてね)と言いながら、神崎は真理子の肩に手を回すと、その体を引き寄せる。真理子はそれに乗じて自分の頬を神崎の胸に寄せて甘えた仕草を見せる。
 
「なるほど。そうですか。ではさっさと退散してもらいましょう。」
 
「ええ。あなたに言われなくても帰りますよ。なあ、加代。」
 
「そ、そうね。あなた。こんな殺風景な場所は退屈だわ。」
 
いきなり「加代」と呼ばれ戸惑いながらも、真理子は必死に遠藤の芝居に調子を合わせる。
 
「さっさと帰りましょう。あなた・・・。」
 
二人は寄り添ったまま、駐車場の方へと歩きだしたが、2、3歩ほど歩いたところでふと、神崎は立ち止まって後ろ振り返った。
 
「ここから清水川ダムへ向かう近道を知りませんかね?」
 
神崎の質問に、その男は首を傾げる。
 
「近道などない。来た道を引き返したまえ。」
 
「そうですか。俺はてっきり、近道があると思ったのですがね。女の子が歩いてゆける程度の距離の道がね。」
 
男の表情が見る見る間に曇ってゆく。
 
「なんだと・・・・。」
 
「近道の話ですよ、5歳くらいの女の子でもダムまで行ける便利な道に、あなたは心当たりがありませんかね?」
 
そう言いながら、神崎は不敵な笑みを男に見せ付ける。
 
「さあ、知らないな。下らないことを言ってないでさっさと消えろ。」
 
中央の男が声を荒げると、両側に立っていた二人の男たちが威嚇するように神崎に近づく。
 
「おっとっと。怖い怖い。わかりました。帰りますよ。桜井さん。」
 
(桜井)・・・その言葉を聴いた瞬間、体を硬直させた。神崎はそんな男の表情を見逃さなかった。

(お前のことは知っているぞ)・・・神崎の視線がそう言い放つ。
 
(貴様は何者だ)・・・男の視線がそう訴える。

張り詰めるような緊張が二人を隔てている空間を支配しだが、それはほんの数秒間のことだった。その静寂を打ち破ったのは神崎の方だった。
 
「そうだ。桜井さん。あんたに頼みたいことがある。」
 
神崎はそう言いながら、ポケットから手帳を取り出すと、白紙のページを一枚千切って、素早くメモ書きをする。
 
「これを彼女に渡してくれないか?」
 
「・・・彼女?」
 
「そう。絵里香ちゃんだよ。新藤絵里香ちゃん。彼女、あんたの知り合いだったよな?」
 
男の表情に苦悶の色が浮かび上がっている。神崎が差し出したメモを受け取れば、自分が「桜井」であることを認めることになるが、それを認めた場合と、認めずにやり過ごした場合の「事態の推移」について、男の脳は全力で計算しているはずだった。
 
「そこに書いてある番号に電話してくれと伝えてほしい。実は彼女の忘れ物を預かっているんでね。」
 
「忘れ物・・・?」
 
「ああ。そうだ。絵里香ちゃんが東原教授の部屋に忘れていった物だ。そう言えばわかる。」
 
「貴様は・・何者だ!」
 
男はとうとう、呻くような声を上げた。その額にはうっすらと脂汗が滲んでいる。
 
「何者でもいーじゃねーか。桜井ちゃん。頼み事は聞いてくれるのか?それともいやか?どっちだ?」
 
「警察か?そうだな。県警の人間か?」
 
「そんなことより、さっさと質問に応えろよ。桜井事務局長さん。」
 
神崎は、まるで汚いものを見るような視線を男に投げつけている。
 
「ちょ・・調子に乗るなよ。」
 
思考が混乱し、男の精神は追い詰められていた。
 
「調子に乗っているのはあんたらの方だろ?」
 
「だ、黙れ!県警のごときに何が出来る!み・・見ろ。この有り様を!お前らのせいで研究所は消滅してしまったんだぞ!」
 
神崎は不敵な笑みを浮かべながら、男の動揺を観察し続ける。
 
「いいか。我々がその気になれば、いつだって損害賠償請求できるんだ。お前、県警の人間なら意味はわかるよな。今回は示談にしてやったがな、県警のごときはいつだって潰せるぞ!」
 
「そうかい。だから何だ?そんなことには興味がないんだ。勝手にするがいいさ。」
 
神崎はそう言い放つ。
 
「そ・・・そうだったな。貴様はただの兵隊だ。命令がなければ何も出来ない捨て駒だろ?研究所を爆発させた無能な刑事と一緒だよ。お前らは全員、無能集団だ。」
 
男の言葉が終わらない内に、神崎の左手が男の襟首を掴み上げ、その痩せた体を宙に浮かせた。それと同時に両側に立っていた二人の男が足を踏み出した。
 
「動くな!雑魚!」
 
左手で桜井を締め上げている神崎の、その右手には黒く光る凶器が握られていた。
 
「まだ生きていたいだろう。雑魚?」
 
二人の男は金縛りにあったように、その場に立ち尽くした。
 
「苦しい・・・離せ!何のマネだ・・・!!」
 
神崎は宙に浮いている男を見上げる。
 
「いいかい。桜井ちゃん。よーく聞くんだ。」
 
その顔に先程までの笑みはなく、獣のような両目が怯えて震える獲物を睨みつけている。
 
「二人の刑事は極めて優秀だった。少ない物証を頼りにこの地まで辿り着いたんだ。彼らの嗅覚は本物だった。わかるか?嗅覚だ。悪の臭いを嗅ぎ付ける嗅覚だよ。」
 
神崎が手を離すと、男はその場にしゃがみ込んでしまった。
 
「悪の臭いってのはな・・・お前のような人間の臭いだよ。彼らが死んでしまったからと言って、安心するなよ。桜井ちゃん。あんたにはこの先、ゆっくりと眠れる夜はないと思え。鮫島と遠藤の捜査はまだ終わっていないんだ。わかったな。」
 
神崎はそう言い放つと、例のメモを男の胸ポケットに押し込んで、しゃがんでいる男に背を向けた。
 
「さあ。加世。帰ろうか。」
 
神崎の手が真理子の肩にかかる。
 
「旅館に戻って一緒に風呂に入ろうぜ!」
 
---------------------------------------------------------------------
 
(鮫島と遠藤の捜査はまだ終わっていないんだ)
(鮫島と遠藤の捜査はまだ終わっていないんだ)
(鮫島と遠藤の捜査はまだ終わっていないんだ)

走り出した車の助手席で、真理子はその脳裏に響く言葉を何度も復唱した。
 
「神崎さん・・・。」
 
「何だ・・?」
 
「ありがとう・・・本当に・・・ありがとう・・・。」
 
「何だ?また泣いてるのか?」
 
真理子は、その目に滲むものを拭おうとして、ふと、自分がまだサングラスをかけていることに気がついた。
 
「ああ、これ。返します・・・。」
 
「それ、君にあげるよ。よく似合ってるぞ。」
 
「え・・本当ですか!」
 
泣いたり笑ったり、忙しい真理子だった。
 
「あのね・・・神崎さん。」
 
「何だよ?」
 
「行き先を変更してもいいですか?」
 
「ああ、別にかまわないよ。どこへ行けばいいんだ?」
 
「雫野村へ行ってください。」
 
「雫野村・・・?」
 
「はい。神崎さんに合わせたい人がいるんです・・・。」
 
バックミラーの中で燃え始めた夕日が、真理子の頬を真っ赤に染めていた。
 
 

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OMEGA−少女の森 春から夏【9】

少女の森 春から夏【9】
 
 
女石山から清水川へと続くワインディングロードを下ってゆくと、視界の下方に木々の隙間から、山間を流れる清水川の清流が見え隠れする。清流に掛かる近代的なデザインの橋は、清水川ダムの建設と同時に造られたものだった。その橋を渡ると、道は次第に上り坂になってゆく。そこはすでに女石山と対を成す「神乃石山」の裾野だった。
 
神乃石山の山頂へと続く山道の途中に、道が二手に分かれる分岐点があり、そこに立てられている道路標識が「雪見ヶ原」の方向を示している。神崎がその標識に従ってハンドルを切り数分ほど走ると、前方に二人の侵入を阻むような鉄製のゲートが現れた。
 
左右のゲートが中央で合わさる観音開き式のゲートが、今は完全に閉じられていた。閉じられたゲートの正面には(この先私道につき、関係者以外立ち入り禁止)と書かれた看板が設置されている。
 
「ちょっと待っててくれ。」
 
そう言い残して車から降りた神崎は、ゲートの中央部にかけられている施錠をほんの数秒で開錠し、ゲートを押し開くと車に戻ってきた。
 
「あの・・いいんですか?」
 
不安そうな真理子の言葉に、神崎は悪童のような笑みを見せた。
 
私道はきれいに整備されていた。左右の路肩に来訪者を照らすための照明灯が並木のように立ち並んでいる様は、まるでどこかの森林公園のような風景に見え、真理子はしばらくそれに見とれていたが、見とれている内に、車は広々とした駐車場へと滑り込んでゆく。
 
駐車場は、その周囲を深い森林に取り囲まれている。その一画に研究所へ続くと遊歩道を示す案内板が立てられていた。二人は周囲に気を配りながら、レンガ張りの遊歩道に足を進める。
 
「しかし驚いたよ。君が、ダムで溺れている子を助けた本人だとは。」
 
神崎の言葉に、真理子は照れくさそうに笑った。
 
「私だって、神崎さんが警察官だなんて、本当に驚きました。」
 
「そうか?私は何に見えた?会社勤めのサラリーマンかい?」
 
「いいえ。麻薬の密売人に見えましたよ。」
 
「おいおい。勘弁してくれよ。」
 
「冗談ですよ。でも警察の方なら、最初からそう言ってくれればよかったのに。」
 
「そうだな。そうしておけば、君があんなに大騒ぎすることはなかったな。」
 
「もう、意地悪だなあ!」
 
「ところで、君が怯えていた理由をまだ聞いていないが?」
 
「理由・・ですか?」
 
真理子は宙に視線を向けながら、考えている様子だった。
 
「まあ、いいや。気が向いたら話してくれよな。」
 
その言葉に、真理子は小さく頷いた。
 
「ああ、見えてきたな。あそこか・・・・。」
 
神崎の指が前方を指す。その先で森林は途切れ、広い空間が開けていた。そこが山の中腹であることを忘れそうになるほど、雪見ヶ原の大地はどこまでも水平に広がっている。その敷地の中央付近に、まだしぶとく残る雪に埋もれた瓦礫の山があった。
 
「あれが研究所の残骸だな・・・。」
 
二人は残雪が解けて出来た水溜りを避けながら、建物の残骸へ向かってゆっくりと足を進める。残骸と言っても、その全体像は真理子の想像を軽く超える巨大なものだった。
 
「コンクリートの建物がこんなにバラバラに崩れるなんて、凄い爆発だったのでしょうね・・・。」
 
「そうだな・・・。」
 
神崎はそう応えながら、足元に転がるコンクリート片を拾い上げる。
 
「二人の刑事は・・・ええと、名前は何だっけ?」
 
「鮫島さんと遠藤さんです。」
 
「ああ、そうそう。その二人は爆発があった時、どこにいたのだろう?」
 
「ええと、遠藤さんの話では、二人は爆発の直前まで研究所の中にいたそうです。」
 
「直前まで・・・?すると、爆発の危険を察して、慌てて外に飛び出したということだろうか?」
 
「はい。遠藤さんはそう言ってました・・・。」
 
「そうか・・ガスの臭いがあったのかな・・・?」
 
「え・・?」
 
「いや、臭いでもなければ事前に爆発を察知することは出来ないだろう?」
 
「ああ、それもそうですね。たぶん、ガスの臭いがしたのでしょう。」
 
そう言いながら神崎に視線を向けた真理子は、その険しい表情に息を呑んだ。
 
「ど・・どうかしましたか・・?」
 
神崎が両目が睨みつけている方向へ、真理子も視線を向ける。駐車場の方角から3人の男が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 
「か・・神崎さん・・。」
 
真理子は怯えた声で、隣にいる神崎の後ろに隠れた。
 
「怖がるな。怖がると相手は付け上がるぞ。」
 
「で・・でも・・・。」
 
神崎は上着の胸ポケットから、サングラスを取り出した。
 
「レイバンだ。きっと君に似合うぞ。かけてみてくれ。」
 
「え・・・??」
 
(こんな時に何を?)と、真理子は戸惑いながらも、手渡されたサングラスをかけてみた。
 
「よし。ナイスだ。田舎の不良少女に見える!」
 
その評価は比喩にも中傷にもなっていないので、真理子に反論はなかった。
 
(どうせ私は、田舎の不良少女ですよ!)
 
そんなことをしている内に男たちの影は、すぐそこまで迫っていた。

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