OMEGA−少女の森 春から夏【11】
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少女の森 春から夏【11】
真理子の道案内で、車は一路、雫石村へと向かっていた。時間はすでに午後7時を回り、辺りはすっかり闇に包まれている。ヘッドライトの明かりだけを頼りにハンドルを握る神崎は、時々助手席に座っている女性に視線を向ける。助手席の窓から見えるのは、漆黒の闇の中に僅かに瞬く民家の明かりだけだったが、彼女は黙ったまま、その闇の中に寂しそうな視線を投げていた。
「二人は・・・・。」
その沈黙に耐えられず、神崎は静かに口を開いた。
「二人は立派な警察官だった。鮫島刑事は事故に巻き込まれて殉職し、そして遠藤刑事は元暴力団組員に襲撃され、銃撃戦の末に殉職した。どちらも、その原因は職務上の理由によるものだ。まあ、自分の仕事が時に命がけになるようなことは、何も警察官に限った話ではないが、彼らの死を無駄にしてはいけないと、つくづくそう思う。」
その言葉に真理子はふいに、神崎に向き直る。
「神崎さん。神崎さんは、あの研究所の事故と遠藤さんの事件が無関係だと思われているのですか?」
「え・・・?」
神崎は真理子の言葉の真意がわからず、眉をひそめた。
「研究所が爆発した時、怪我をした遠藤さんは大枝市内の病院に入院しました。それはご存知ですよね?」
「ああ、知っている。その入院先が第一の襲撃現場となった。そうだろ?」
「ええ・・。」
「その第一の襲撃に失敗した犯人が、遠藤刑事が退院した後、遠藤刑事を付け狙い、再び襲撃を試みた。違うかい?」
真理子は(そうではない)と言うように、首を強く左右に振る。
「しかし・・確か、第一の現場から見つかったライフルの弾丸は、第二の現場で犯人が使用したライフルのものと一致したと報じられているが・・・。」
「はい。確かに警察の発表でも、事件はそう説明されました。」
「犯人は元暴力団の組長だった。過去に遠藤刑事に逮捕されている。そのことを根に持っていた・・・。」
真理子は再び首を横に振って、神崎の言葉を否定した。
「君は遠藤刑事襲撃事件と、あの研究所の爆発事故とは無関係ではないと言いたいのかい?」
そう言った直後、神崎の脳裏に今朝、その目で見た情景が蘇ってきた。それは生命科学研究所の所長、東原英之教授が住んでいたマンションの部屋から見えた、盛岡市街の風景だった。
(ローンズ・丸島ビル)・・・直線で結べば500mくらいの距離である。
(研究所の爆発事故現場にいた刑事が、その研究所の所長が住んでいたマンションから僅か500mの場所で襲撃された。)
(これが偶然であるはずはない・・・。)
この瞬間まで、神崎はこの二つの事件を別々の案件として捉え、それらを相互に掛け合わせて考えることはなかった。しかし。二つの出来事を結びつけて考えれば、そこに何らかの相関関係が存在しているという直感が湧き上がってくる。神崎は、再び隣に座る女性に視線を向ける。
(この娘は何かを知っている。我々が知らない何かを。そして、その秘密が彼女を追い詰めている。)
神崎は、転落事故の現場で取り乱した真理子の様子を思い出していた。
(いったい、何を恐れているんだ・・・?)
「真理子さん。話してくれないか?私に出来ることがあるなら、協力は惜しまない。」
しかし真理子は俯いたまま、唇を噛み締めているだけだった。
やがて車は目的地に到着した。真理子の指示で車を駐車場に停めると。神崎は真理子の後について、その建物へと足を向ける。
「雫石村診療所・・・?」
木製の質素な表札の文字を声に出すと、真理子は小さく頷きながら、玄関の扉を開いた。
「どうぞ。入ってください・・・。」
人気のない薄暗い廊下を、真理子の後ろについて歩いてゆくと、左右にいくつか並
ぶドアの一つを真理子は静かに開いた。
「ここです・・・。」
その部屋の中央にはベッドがあり、ベッドには男性が横たわっている。神崎はゆっくりとベッドに近づき、その男の顔を見下ろした。
「遠藤翔太さんです・・・・。」
背中で聞いた真理子の言葉に、神崎の肩が小さく揺れた。
「遠藤・・・刑事か・・・!」
「ええ・・・そうです。」
「まさか・・・死亡したと報道されていたはずだが・・・?」
「はい。事件直後は確かに死んでいたようです。」
「な・・なに・・・!!」
真理子の言葉の奇妙さに、神崎は絶句した。
「事件の直後に病院に収容された時、遠藤さんの心臓は完全に停止してました。そして警察は報道陣に、刑事は死亡したと伝えたのです。でも、その後、勝手に動き出しちゃったんですよ。心臓が。」
真理子は冗談のようにそう言った。
「動き・・だした・・・?」
「心臓は動き出しましたが、脳死状態だと診断されています。」
「脳死・・・・!!」
「はい。遠藤さんの脳は、もう活動していないのです。」
真理子はこみ上げてくる悲しみを堪えながら、説明を続けた。
「犯人の銃弾は遠藤さんの頭を直撃せずに、横をかすめただけだったそうです。ほら、ここに傷が残っています。」
真理子は寝ている遠藤の髪を分け、その傷口を神崎に見せた。それは遠藤の右側頭部をほぼ真横に走る傷跡だった。
「この時の衝撃で脳の一部が損傷してしまったらしいのです。」
「脳の一部が・・・損傷・・・。」
「ええ。おそらくその衝撃で仮死状態になっていたのだろうと、医師は警察にそう説明したそうです。」
「仮死状態・・・。そして、その後、息を吹き返したわけか?」
「はい。それで盛岡県警と大枝警察署は話し合いの結果、蘇生した事実は公表しないことになった。だから死亡報道は修正されませんでした。」
「なぜ遠藤刑事が生き返った事実を隠したのだ?」
「さあ、詳しいことはわかりませんが、大枝署の署長さんがそれを強く要請したと聞いています。」
(おかしい・・何かがおかしい・・・!!)
神崎は、混乱する思考の中で、この事態の異常さを判定する。
(いや・・・警察著の署長がいくら要請したところで、そんな超法規的な措置は不可能だろう・・・。)
険しい表情で考え込む神崎を見つめていた真理子は、やがて静かに口を開いた。
「これは、口止めされていることですけど、神崎さん。あなたには話します。」
神崎は無言のまま頷いた。
「私・・あの現場にいたんです。」
「あの・・現場?」
「はい。ライフルで狙撃された病室です。私は遠藤さんと一緒に、その部屋にいました。」
「・・・・!!」
「私、見たんです・・・。」
真理子の声が震えていた。
「見たって・・・何を・・・?」
「犯人です。いいえ。証拠があるわけではありません。でも、間違いなく、あいつが犯人です・・・。」
真理子の震える肩を見つめながら、神崎はようやく、この女性を追い詰めている恐怖の正体が姿を現しはじめたことを確信していた。 |




