明るいがん生活ーピンポイント照射

東日本大震災。私が今できることは、有益な情報をお伝えすること。あとは祈ること。

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映画「ひろしま」を3月11日に観て

久々のブログ更新です。
ここのところテレビでよく故郷の風景が映し出されますが、やたら涙腺が弱くなった私は、そのたびにぽろぽろ…。
でも、ご遺族の方、被災者の方々は癒えない傷を抱えたまま、想像もできないほどの悲しみに包まれていることでしょう。
 
東日本大震災から1年の311日。
地震・そして津波が襲ったその時間、私は浜松市福祉交流センターで、映画「ひろしま」を観ていました。
 
イメージ 1主催は「福島を応援する会in浜松」。
最初に、代表を務める「自然酒と自然食品の店 かとう」店主、加藤国昭さんの呼び掛けにより、大ホールに集まった600席を埋める退場者全員で、昨年の震災・津波で犠牲となった方々の御霊に黙祷いたしました。
ちなみに、夜の部も行われているので、原爆・原発に対しての関心の高さが伺われます。
 
 
続いて、福島県田村市で有機農業を営む見上夫妻が「福島の未来」と題して、講演。見上夫妻は「きとす縄文生活研究所」にて、縄文時代のような簡素な暮らしを目指し、原発・基地・タバコのない世界に向けて活動をしていらっしゃいます。
大地を再生するエゴマプロジェクトや自然派の仲間たちの活動について紹介してくださいました。
 
映画「ひろしま」は、1953年に制作された104分におよぶ映画。1995年にベルリン国際映画祭で長編映画賞を受賞しています。
一般市民88,500人が参加し、戦時中の即層や防毒マスク、鉄カブトなどが市民から約4,000点寄せられたそうです。
どんなに広島の方々の思いが込めらているか、これだけでも十分窺えるのですが、私は今回上映の話を聞くまで、まったく映画「ひろしま」について知りませんでした。
 
それもそのはず、全国配給元として交渉していた松竹は「反米色が強い」として難色を示し、折り合いがつかないまま決裂。全国公開にはならなかったのでした。
 
決して楽しく面白い映画ではありませんし、また涙なくしては観られないという映画でもありません。
私はただただ圧倒され、息が詰まる思いで観ました。
 
この映画は原爆が落とされてから7年、まるでそんなことが起きたことを忘れたかのように平和に生きている日本に危機感を覚え、制作されたそうです。
 
ある日、突然白血病により倒れる女子高生。また、原爆で両親を亡くし、妹と離れ離れになり、精神的に歪められていく男子生徒。そこから記憶を辿るように、7年前の原爆が落とされた瞬間、いつもの風景から一変し地獄絵と化したあの日へと戻っていく…。
 
私は、昨年起きた東北大震災と重ねて観ていました。
テレビでは映らなくとも、そこにいた人々は同じような地獄絵を見、経験したことでしょう。
自ら傷つきながらも、家族を捜し求めて歩き続ける人、亡くなった子どもをいつまでも抱き続ける母親、目の前で次々息を引き取る同級生をただただ眺めているしかない子どもたち。
生徒を守り、励ましながら、どんどん衰えていき、崩れるように水の中へ消えていった女性教師。
 
そして、いくら街は甦っても、放射線被ばくにより蝕まれた体は数年経って病気となって現れ、命を奪っていく―。
 
重たいですが、見るべき映画だと思いました。
 
 
現在、この映画のマザーフィルムは2本しか残っていないとのこと。
フィルムの傷みやノイズを修復し、ニュープリントとして制作、世界へ発信しようと、「奇跡への情熱プロジェクト」が展開されています。
 
 
日本から世界の平和を。
未来の子どもたちへ原発、核のない社会を。
 

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東城先生&吉村先生&真弓先生の豪華サミット!

ぎりぎりのお知らせになってしまい、スミマセン!
20111123()に、横浜の赤レンガ倉庫にて「賢者からのメッセージ」と題したイベントがあります。
私が実践している自然療法(といいながらただいま風邪で寝込んでいます)、自然料理のお手本を示してくださっている東城百合子先生、「薬を出さない、注射を出さない」自然流育児で有名な小児科医の真弓定夫先生、自然分娩「お産の家」で話題の吉村正先生という、自然療法や健康法の世界における第一人者が勢揃いという、後にも先にもない(皆さまご高齢ですので…)超豪華な講演&シンポジウムです。
主催者である整体武術の河野智聖先生はこれまた素晴らしい方で、掛川で行われる講習会には私もできるだけ参加するようにしています。
おまけに、私の書道の先生であり呑み仲間の鈴木宥仁さんが、当日の題字を書くことになったそうで、つながりっぱなしのイベントになりそう!
私も体調を整え、ヒプノ仲間のYっこちゃんと行ってきまーす!
 
申込み方法など、詳しくは「ミュートネットワーク」をご覧くださいね。
 
イメージ 1
 
 
イメージ 2
 
「身体サミット2011「賢者からのメッセージ」
日 時:20111123日(祝・水)
開 場:12:30
開 演:
13:00
場 所:横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール

   横浜 市中区新子1-1-1
045-211-1515
 
料 金:前売3800円 当日4800
【当日プログラム】
12:30
 開場
13:00
13:20 河野智聖 挨拶
13:20
14:10 真弓定夫先生 講演
14:10
15:00 吉村正先生 講演
休憩
15:30
16:20 東城百合子先生 講演
16:20
16:40 琵琶演奏 岩佐鶴丈
16:40
18:00 シンポジウム「未来へ向かっての価値観」
       (東城、真弓、吉村、島袋、河野)特別ゲスト:三枝龍生氏
18:00
 閉会
 

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震災から半年、私が始めた東北支援のカタチ

昨日、911日は、東日本大震災から半年、奇しくも米同時テロから10年を迎えた日でした。
 
何度かブログにも書いているように、私の故郷は岩手県宮古市であり、同時テロの起きた10年前は米LAに住んでいました。
 
311日の地震発生後、私ができることは小さいことだけれど、何ができるのだろうとずっと考えてきました。
 
赤十字などへ義援金を送っても、すぐに被災者を救うことにはならない。
寄付したお金が、いつどこにどんな風に使われるのか私にはわからない。
 
なので、なるべく直接被災地の皆さんに役立つ協力を選びました。
 
・岩手県へ義援金 
・友人を通じて宮古市大槌町に住む方へ義援金
・岩手大学「学び応援プロジェクト〜20年後の未来のために〜」文具支援に参加
・浜松市社協を通じて毛布寄付
・帰省時、友人の協力のもと、子ども服や新品の下着などを宮古市磯鶏の在宅避難者と大槌町の避難所へ
・友人の「ふみえ展」に、ほんのちょこっと協力
 
そして、半年を迎えた昨日、新たな支援を始めました。
 
復興市民ファンドです。
私が選んだプロジェクトは、下記の3つ。
 
●三陸牡蠣復興プロジェクト「復興かき」オーナー募集
 
・支援を希望する牡蠣漁師さんに資金を分配。宮城県と岩手県の漁協が参加
11万円。復興後に牡蠣20個が送られる。
・運用・利益分配はなし。
 
「菱屋酒造ファンド」
110,500円のうち、5,000円がファンド。5,000円が支援金。500円がミュージックセキュリティーズの手数料
・出資口数3口以上の投資家特典として、日本酒送付、蔵見学会への参加
 
菱屋酒造は、故郷・宮古市唯一の酒蔵。ここの「千両男山」は昔からあるブランドだが、数年前から純米酒を始め、「旨い!」と感激。以来、帰るたびにこのお酒を飲んでいた。後で青森の銘酒「田酒」も手掛けた南部杜氏が仕込んでいたことを知る。
 
イメージ 1津波により酒蔵は破壊されたが、奇跡的に1つのタンクだけが被害を免れ、「復興の酒」として発売。
 
たまたま7月の帰省時に叔父が連れて行ってくれた鮨屋で呑むことができました! 
感激もひとしお。美味しかったなあ…。
なので、千両男山の復興支援ができるのは本当に嬉しい。
 
 
●「星のり店ファンド」
110,500円のうち、5,000円がファンド。5,000円が支援金。500円がミュージックセキュリティーズの手数料
・出資口数に応じて、無農薬米(震災前に収穫のもの)と復興一番のりのセット。イベント参加
 
実は岩手県の海苔屋を探していたのですがなかったので、宮城県の海苔屋さんを選びました。16年かけて「完熟のり」を作ったという熱い店主の話に感動、共感を覚えたので。
 
と、ここまで読んで、「なあんだ、結局、日本酒と肴がほしいだけじゃん!」と思ったあなたはスルドイ!!
 
自分の好きなものを復興する応援をしながら、その復興の品も手に入れられる。
どんな風に復興していくのか、そのレポートもちゃんと確認できる。
 
利益分配はまずないだろうけど、夢を一緒に見ることができるのは、大きな楽しみになると思いませんか。
被災地域の産業が復興すれば、雇用を生み出し、地域経済の活性化にも繋がります。
 
他にも共鳴できる復興プロジェクトが出たら、支援していくつもりです。
そうですねえ、他にも地酒とかウニとかワカメ、鮮魚とかあるといいなあ(にんまり)。
 

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小出先生、教授、岡ちゃんの引用メッセージ

イメージ 1最近、耳にする良い言葉、
すぐ忘れてしまうので
自分のメモ用に調べたものを
アップしておきますね。
 
 
●「7つの社会的罪」マハトマ・ガンジー

523日、参議院の行政監視委員会に参考人として出席した、小出裕章氏(京都大学原子炉実験助教)が最後に紹介したガンジーの言葉。

1 理念なき政治  Politics without Principles
2 労働なき富   Wealth without Work
3 良心なき快楽  Pleasure without Conscience
4 人格なき学識  Knowledge without Character
5 道徳なき商業  Commerce without Morality
6 人間性なき科学 Science without Humanity
7 献身なき崇拝  Worship without Sacrifice

小出先生のこれまでの発言は下記でどうぞ。
 
「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」
 
 
●田中正造の言葉
 
612日に開かれた「自然エネルギーに関する総理・有識者オープン懇談会」において、ビデオメッセージで参加した“教授”こと坂本龍一氏が紹介した田中正造の言葉。
 
『真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし』
 
田中正造(1841-1913)政治家。明治時代に起きた、日本最初の公害といわれる「足尾鉱毒事件」の際、全財産を投げ打って抗議活動を続けた。
 
 
●インディアンの言葉
 
同じく、612日に開かれた自然エネルギーに関する総理・有識者オープン懇談会」で、“岡ちゃん”サッカー日本代表元監督、岡田武史氏が紹介したインディアンの言葉。
 
『自然は、子孫からの借り物』
 
自然は、未来の社会を担う子どもたちから借りているものだから、私たち大人は自然を守り子どもたちに返す責任があるということ。
 
自然エネルギーに関する総理・有識者オープン懇談会」は、インターネットで生中継されましたが、今も下記で映像を見ることができます。管さんが辞めちゃったら見られなくなると思うので、お時間ある時にどうぞ。
 
「総理官邸HP」自然エネルギーに関する総理・有識者オープン懇談会」について
 
 
 

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後半・村上春樹氏受賞スピーチ

※ここを先にご覧になった方は、ひとつ前にスピーチの前半が出ていますので、そちらを先にご覧ください。
映像にもリンクしています。
 
 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。
 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?
 理由は簡単です。「効率」です。
 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。
 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。
 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。
 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。
 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。
 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。
 「大統領、私の両手は血にまみれています」
 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」
 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。
 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。
 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。
 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。
 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。
 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。
 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。
 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。
 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。
 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。
 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

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開設日: 2005/10/9(日)


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