ツッコミなんて嫌いだ。
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昨日だったか、テレビを見ていて(滅多に見ないのだけれど)、大阪の小学生はみんなノリツッコミができる、とかいうのがあって。
お馬鹿な番組だから真に受ける人もないと思うのだけれど、でも、こういう番組がそれこそ洪水のようにテレビからは流れ出してくるから、なんとはなしに・そういうものかな・みたいに感じてしまう人もいるんではなかろうか。
いやはや。
大阪の小学生の特異性については僕はなんにも知らないのであれこれ言う資格はない。
そうではなくて、それを話題にして盛り上がっているテレビの中の人々のことである。
「ほんとですか」「すごいですねえ」「いやほんまにそうなんよ」「小学校で教わっているわけではありません」そして笑い。
よくよく見ればみなお笑い芸人と呼ばれる方々である。
そりゃそうだ。
彼らの価値観からすれば、まことに頼もしい小学生であろうし、なにより番組の方向性からしてここは「精一杯盛り上げなくてはならないシーン」に違いない。彼らの腕はたいしたもので、僕も薄ら笑いを浮かべてしまっていた。
いやはや。
我に返って思えば、僕はそんな小学生活はいやだ。
ノリツッコミだのボケだの、そんなことを知っていなくてはならないとは、なんと悲惨でなんと貧しい生活だろう。
そういうのは、お笑いを主食とする一部の特殊な芸人と呼ばれる人種だけが、ストレスだのなんだのを覚悟してやるべきものである。まあゆってみればちょっと変わった人やね。
でもそれが、なんとなくではあるが、私たち日常の生活と重なりつつあるように思う。たぶん、テレビという媒体が、私たちの日常と異常な世界との垣根を取っ払ってしまったせいだろうけれど。
わたしたちは明石さんまほど、精神的に頑丈には出来ていない。
けれども、彼が(いや、彼のせいでは全然ないのだけれど)私たちの日常に入り込んできている。
女子高生はAKB48のようにかわいくはなれない。(ごめん。石を投げないで)。
けれども彼女たちのファッションやかわいさの基準は(彼女たちのせいでは全然ないけれど)女子高生達の中に浸透している。
なんとストレスフルな生活だろう。
ハードルはどんどん上がるのに、自分は現状に甘んじなくてはならないのである。
ストレスは自分にとってマイナスの感情として認識される。
くやしい。
不満である。
面白くない。
マイナス感情を抱え込んで嬉しい人はいないから、これをなんとかプラスに転じようとする。
自分が向上するような前向きの生活をしている人はそれをバネにして伸びる、てなこともあるけれど、それは多大な労力と時間を必要とする。めんどくさい。簡単な方法はないか。
あります、もちろん。
みなさん、とっくにやっておられる。
誰かから自尊感情を奪うことである。
まわりを引き落とせば、足を引っ張れば、からかえば、いじれば、笑いものにすれば、マイナスにおとしめれば、その分だけ相対的に自分がプラスになれる、ということをみな経験的に知っている。
イジメはこうして起きる。(ということもあると思う)
そしてもちろん、そんな集団はストレスフルである。
ストレスフルであればまた・・・ダメな人間関係はさらに駄目になっていく。
けれども、こういう負の連鎖から逃れる方法も、もちろんある。
それはすでに述べた。
めんどくさい方法ではあるけれど。
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