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昨日、夏の新潟の名物レースとして定着した感がある第7回アイビスサマーダッシュが開催されて、
何と!13番人気のサンアディユが勝利!夏はやはり狙いどころが判り辛い・・・まさかまさかの好走
ですよねー!
又、英国では先週ジュライCやフランスでは実質的なダービーこと、パリ大賞典も行われて、どんどん
と大レースが消化されていますよね。そんな中、最も注目に値する出来事だったのがやはりジャパンダ
ートダービーを制覇したフリオーソの存在なのではないでしょうか?フリオーソの馬主さんは世界有数
の馬主さんのダーレーさんの日本法人。先日遂に中央競馬にて馬主登録の承認が認可されたダーレーさ
んなのですが、ご存知の様にダーレーさんはまず地方競馬の南関東競馬サークルさんにて馬主認可を
受けていました(浦和、大井、船橋、川崎の地方競馬4場の協同組合にて運営されています)。
そして、遂に今年の2歳馬よりその根幹となるダーレージャパンさんの生産馬が日本の競馬場にて出走
する運びになっています。ご存知の様にダーレージャパンさんはドバイワールドカップを創設し、又
長きに渡ってヨーロッパに多くの強豪を送り込んだUAEのドバイ王家のシェイク・モハメド殿下の
日本法人。何故にシェイク・モハメド殿下の日本法人が認可されていったか?という過程には、社台さ
んの大レースの寡占化による日高地方の悲鳴にも似た同調も作用しており、一方的にダーレーさんを
黒船、として警戒、排除し切れない現実の辛さもあるのですが、おいら個人としては、ダーレージャパ
ンさんが日高地方にしっかりと根付いて、多くの零細牧場にとって救いの手を差し延べてくれる事を強
く願わずにはおれません。そして、将来的には、社台さんとダーレーさんの2強時代がやって来たとし
ても、より多くの生産者さんがその恩恵に与れる(と言っても多くの改善が必要になって来るのでしょ
うが)事を願って止みません。まずは、ファンタスティックライトやマリエンバード、といった世界
チャンピオンホースの血脈を日高地方に根付かせていって欲しい、と願っています。
さて、今回もランキングに大きな変動が見られませんでしたので、またまた過去の名馬を振り返る企
画に行ってみたいと思うのです。何と、今回は1966年の日本の名馬たち・・・
41年も遡って来ました。何時まで続けるんだろ、この企画・・・(お前が判らないんだから誰も判ら
ないよ)
第1位 コレヒデ 生産地:群馬 千明牧場 馬主:千明康
父 テッソ 母 コリオプシス 母父 Arctic Prince
第2位 ハツライオー 生産地:様似 斎藤牧場 馬主: 大久保常吉
父 チャイナロック 母 マサフジ 母父 プリメロ
第3位 ナスノコトブキ 生産地:栃木 那須野牧場 馬主:那須野牧場
父 モンタヴァル 母 キクジユヒメ 母父 トシシロ
第4位 ヒシマサヒデ 生産地:静内 馬主:阿部雅信
父 ヒシマサル 母 ハルヒメ 母父 ブラツクウヰング
第5位 ショウグン 生産地:浦河 三島忠志 馬主:玉島幸子 ホースマンクラブ
父 トサミドリ 母 ミゴレット 母父 Migoli
第5位 ハクズイコウ 生産地:苫小牧 トマコマイランチョ 馬主:西博
父 Imbros 母 マッサリア 母父 アリシドン
第5位 ヒロヨシ 生産地:静内 キヨタケ牧場 馬主:勝川玉子
父 ガーサント 母 キヨ 母父 タークスリライアンス
第8位 エイトクラウン 生産地:三石 大塚牧場 馬主:山口昇
父 ヒンドスタン 母 アルペンローザ 母父 Chamossaire
第8位 バリモスニセイ 生産地:門別 マルタケ牧場 馬主:小杉咲枝
父 バリモス 母 ブラツクビー 母父 Honeyway
第8位 メジロボサツ 生産地:浦河 富岡峰治 馬主:北野俊雄
父 モンタヴァル 母 メジロクイン 母父 シマタカ
第8位 ワカクモ 生産地:早来 石川智恵子 馬主:吉田一太郎 山本谷五郎
父 カバーラップ二世 母 丘高 母父 セフト
つ、遂に母に漢字の馬名を持つ時代まで遡って来たな・・・ですが、そうは言ってもワカクモはこの
ランキングの競走馬の中では最も著名なのかも知れないよね。ワカクモはそれこそテンポイントの母
、という印象が強いのですが、もしテンポイントを輩出していなくても競馬史上に残る競走馬として
名を残しています。ワカクモの生まれた背景には、とても劇的なドラマがあるのです。
戦後競馬の1大事件に昭和27年に京都競馬場で発生した馬伝染性貧血騒動があります。競走馬が伝染
病に罹る、と言うと今日の人はあまりピン、とこられないのかも知れませんが、少なくとも1970年
代までは割りと頻繁に起こっていました。伝染性貧血、と診断された競走馬は(もちろん種牡馬、繁殖
牝馬もその対象となります)すぐに薬殺処分、という厳しい処分が下されていたのです。獣医学が発達
していなかった1950、60年代には本当に伝染病に罹っているかどうか不明な競走馬も疑いがある
、というだけで葬られていた時代があったのです。ワカクモの母、丘高にもその処分の通達がやって
来ます。牧場関係者は、丘高が伝染病には罹っていない、と確信して丘高を処分する事に反発。以降、
牧場関係者は丘高を薬殺処分にした事として彼女を秘匿しました。もし、本当に伝染病に罹っていたな
らばこの秘匿は重大な違反行為でした。伝染性貧血、と診断されて処分された競走馬には後に殿堂入り
したクモハタの様な名馬も居ました。どの様な名馬であろうと、伝染病を病んだ競走馬を秘匿する事は
重大な罪であり、もし丘高がクロならば牧場は廃業に追い込まれた事は想像に難くありません。
牧場関係者の方は司法に願い出て、丘高の秘匿を明かし、彼女が伝染病に罹っていない事を証明する
戦いを始めました。戦いは10年近くに及び、丘高は伝染病に罹っていない事が証明され、晴れて繁殖
牝馬としての許可を得るに至るのです。そして、丘高が初めて受胎した競走馬がワカクモでした。
母の無念を晴らす様にワカクモはこの年の桜花賞を制覇。母に最高の親孝行をもたらすのです。
又、関西の女王であったワカクモに対して、関東の女王はメジロボサツ、と言いました。メジロボサツ
はメジロドーベルを輩出するなど、特にメジロさん縁の血統として、今日でもメジロの多くの競走馬の
基礎を形成している名牝です。何故に「ボサツ」などという馬名にしたのかと言いますと、母メジロク
インがボサツを生んで死産してしまった為にその供養を込めて「菩薩」と名付けたのが謂れになってい
るようです。
又、この年の活躍馬で最も名を残している競争馬にナスノコトブキが居ます。名を残す、と言っても
残念ながら名馬としてだけでなく、彼は壮絶な最期を遂げた、という意味で歴史に名を刻んでしまって
います。この年、NHK杯、菊花賞を制したナスノコトブキは3歳チャンピオンとなります。後にシン
ザンの最強馬の系譜を継ぐスピードシンボリがこの年のクラシックでもそこそこの活躍を見せるのです
が、何と言ってもこの年のクラシックの主役はナスノコトブキ。彼は4歳となり、名馬としてのステー
タスを高めようと天皇賞に駒を進めます。しかし、その天皇賞において彼はその豪脚ゆえの悲劇に見舞
われるのです。皮膚から骨が飛び出すほどの大怪我・・・
誰も彼もが彼がもう助からない事を覚悟しました。
しかし・・・種牡馬として残したい、と願う馬主さんの意見を尊重してナスノコトブキに懸命の救命
治療が施されます。しかし・・・その甲斐空しく、その12日後、ナスノコトブキは痛みと併発した
敗血症にて発狂した挙句、地獄の苦しみにのた打ち回りながら息を引き取るのです・・・
おいらは馬主さんでは無いですし、競走馬が経済動物である事を否定して得意になる動物愛護家では
ありません。競走馬は賞金を稼ぐ存在だからこそ世に生まれるのであって、彼らの生命そのものが人間
の欲から産み出される過酷な運命を背負っています。しかし、だからこそ守られねばならない境界線が
あるのだと思います。過酷な運命を背負って生きているからこそ、その生死において尊重されねばなら
ない。そして、そういった積み重ねこそが人間が競走馬に対して唯一出来る生命の尊重なのだと・・・
後年、いみじくもこの年ランキングされているワカクモの仔、テンポイントによって脚光を浴びる競走
馬の生命の尊厳の軽視。テンポイントがその代名詞となるまではナスノコトブキがその光と影を背負っ
ていたのです。
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