キリスト教
信仰の道
今年2月に亡くなった母は20年来の信者、そして存命の父もそのあとを追うように信者になり、最愛の母の死に打ちひしがれた妹もまた、間もなくバプテスマを受けようとしている。
主日礼拝に通う父から教会の様子を聞くと、やたら聖書の知識を誇る分級リーダー、陰でお互いを批判し合う信者たち、そこは信者の本来あるべき姿、とは全く異なる、そう俗世間そのものが存在している。それを知ると、ますます教会活動が、本来の信仰とはかけ離れた、別次元のものに思えてくる。
信者のあるべき姿とはなんだろう。少なくとも相互批判など諍いはあるべきではないはずだ。信者は神の前には平等な存在で、上下や身分差など存在し得ない。ならばなぜ諍いが発生するのか。それは本来の信仰に伴う動きではないからに違いない。
三位一体の神は、それを信じる者も信
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