26日スカイツリー包囲デモ/上映会へ!
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山谷ブログより転載します。
5月26日のデモの呼びかけです。アルミ缶や古紙のリサイクルを仕事としている野宿の仲間たちの組合「アルミ缶古紙組合」の広報部:アルミ缶テレビ作成。 デモ後、夜7時から竪川現地にて、2007年、大阪・長居公園テント村の行政代執行を描いた映画「長居青春酔夢歌」を上映します。監督の佐藤零郎も関西から参加の予定です。 |
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山谷ブログより転載します。
5月26日のデモの呼びかけです。アルミ缶や古紙のリサイクルを仕事としている野宿の仲間たちの組合「アルミ缶古紙組合」の広報部:アルミ缶テレビ作成。 デモ後、夜7時から竪川現地にて、2007年、大阪・長居公園テント村の行政代執行を描いた映画「長居青春酔夢歌」を上映します。監督の佐藤零郎も関西から参加の予定です。 |
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遅ればせながら私が3月から4月にかけて竪川に泊り込んで支援活動をしていた時の雑感を記す。詳しい経過報告は「山谷労働者福祉会館活動委員会・支援者有志が送るブログ」(http://san-ya.at.webry.info/)に全て譲る。 自分が滞在していたのは、もしかしたら二回目の代執行が来るかもしれないという緊迫した時期であったので、常日頃あたふたしながら、戦略的に有用そうな仕事を相談して、みなでこなしていく、そんな毎日であった。本当に情勢が緊迫してて、会議も竪川現地で朝礼、昼礼、終礼の毎日三回、ご飯をたべながらやった。ほんとうにいろいろな話をした。泣きたくなるほど悲しい話や、叫びたくなるほど嬉しい報告、つかれてるときは少しウトウトする仲間も。そりゃそうだ。竪川の仲間の多くはアルミ缶や古紙回収などの仕事に朝早くから出かけている。その合間を縫ってのミーティングだ。 竪川河川敷公園の真上は首都高7号が走っている。「ドッカーン、ドッカーン」。大型車が通るたびに結構な音がする。テントの中で寝るとき、最初は気になっていたが、そのうち疲れた体の子守唄に・・。 ある日から、関西有志の一部が竪川の仲間たちと一緒にアルミ缶集めに出かけるようになった。全くのシロートの我々に、一から丁寧に教えてくれた仲間、コースやコツを教えてくれた仲間、本当に感謝しています。ともに汗をながし、寄せ屋に缶を売りに行き、そのお金でともに飲んだ缶チューハイの味のすさまじさ!う、うますぎる! ある日は隅田川の「つきやま」の共同炊事の準備に山谷へ。山谷労働福祉センター前で10台くらい釜を並べて薪で米を炊く。圧巻。薪で共同炊事(炊き出し)しているところって山谷だけ?大阪ではみたことない。 ある日は荒川の堀切へ。すさまじい排除圧力がかけられている現場を目のあたりにする。テントがある場所以外、穴をほって、テントをひょうたん島みたいにされている。沢山の人が追い出されたし、地域猫も沢山死んだ。負けずに居残る仲間に出会う。とにかく、応援したいと思った。 竪川や荒川、予断が許さない日々が続いている。東京のみんな、お世話になりました。カンパしてくれた皆様その他応援してくれた皆様、本当に感謝です。(s) |
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山谷ブログー野宿者・失業者運動報告
http://s.webry.info/sp/san-ya.at.webry.info/201204/article_1.html (転送・転載歓迎です!) スカイツリー再開発で貧乏人を殺すな!4月14日(土)スカイツリー包囲デモへ!! 4月14日(土)11時 浅草花川戸公園集合→デモへ 最寄り駅:銀座線浅草駅 *メシあります! すべての持たざる者たちへ! 2012年現在、東京では5月の「スカイツリー」オープンにともない、足下の台東区・荒川区・墨田区・江東区などでは、街全体の再開発や再整備が急激にすすんでいます。そのことと並行するように、街のあらゆるところで、貧しい者たちが差別され、排除され、生きる権利を奪われるという動きが、激しくなっています。 昨年の冬には、国交省が「墨田自然再生工事」をタテマエに、荒川河川敷に住む野宿の仲間にたいして、三度にわたり、機動隊を動員し、小屋や看板等をなんの法的手続きすらなく、暴力的に強制撤去しました。フェンスやネットで仲間の小屋は囲い込まれ、毎日のように警告書をはられ、立ち退きを迫られてきています。 今年の2月8日には、公園の改修工事の名のもと、江東区亀戸の竪川河川敷公園に住む野宿の仲間たちにたいして、江東区による行政代執行という名の強制排除がおこなわれました。それはまさに、暴力そのものでした。行政代執行の対象地に残っていたひとりの仲間の小屋にたいして、200人ほどの役人、ガードマン、警察官が襲いかかり、小屋は破壊され、荷物はすべて強奪されました。その暴力を止めようとしていた仲間たちは殴られ蹴られ、踏みつけられ、引きずられ、多くのケガ人が出るという事態になりました。江東区は、真冬に強制排除を強行し、命の砦である小屋を奪い、そこに生きている野宿者に対して死ねと迫りました。現在も、竪川河川敷公園の野宿の仲間たちは、話し合いを拒否され、暴力的な追い出しにさらされており、いつ行政代執行が行われるかわからない緊張状態がずっとつづいています。 国交省も、江東区も、これだけの暴力、殺人行為をおこなっておきながら、なんの説明もなく開きなおり、話し合いを拒否し、強制排除の姿勢を崩していません。また、荒川や竪川、隅田川の排除だけではありません。日本中あらゆるところで、路上からの追い出しが激化しています。光り輝くイメージが喧伝されるスカイツリー建設の裏側で、これだけのことが起こっているのです。持たざる者にとって、スカイツリーとはまさに「差別と排除」の象徴でしかありません。 また、スカイツリーは、あの3月11日の東北大震災と、その後の福島原発事故からの「復興」の象徴なのだ、といったイメージもさかんに喧伝されています。しかし、原発事故はいまだに収束していません。東京電力の経営者や、原発事故を招いたこれまでの政治家、電力会社、御用学者、誤用メディアどもの責任は覆い隠され、なかったことにされながら、誰も処罰されることなく、放射能汚染による大量の被曝者と、原発事故の収束にかりだされる大量の被曝労働者を生み出し続け、再び原発の再稼動と、原発の輸出を実現するという形で、「復興」が強調されようとしているのです。地方への歴史的な差別の中で原発を押し付けられ、大都市の「繁栄」のための電力をまかなってきた東北で事故は起き、多くの人は生まれ育った、汚染された土地からそれでも離れられず、あるいは泣く泣く土地を去って生きています。さらに、原発事故の「収束」作業に従事しているのも貧しい者たちです。日雇い労働者として全国からかきあつめられ、放射能に晒される過酷な作業のなかで、命を落とした人が、もうすでに沢山います。これまでもずっと、ウラン採掘から最終処分場に至るまで、世界中の貧しい人々を差別し、殺すことなしにはまわらない原発を、これからも動かしつづけようとしているのがニッポンです。自分の大切な人々や、財産を失った多くの人々の悲しみや苦しみを、かき消し、あたかも同じ事を繰り返すのだという宣言かのように「復興」や「繁栄」が叫ばれているのです。スカイツリーとは、そのための宣伝塔にほかなりません。 スカイツリーの足下で持たざる者が殺され、野垂れ死にを強いられる一方で、ゼネコン、財閥などの大資本はますます肥太っていこうとしています。金持ちと貧者の間の格差は広がりつづけていきます。私たちは、経済成長が人の幸せをつくりだすのだという「幻想」と、きっぱりと訣別すべきです。現にスカイツリー再開発によってどれだけの差別と排除が、悲しみや苦しみが生み出されているかを見てください。 再開発にわく街に掲げられる「がんばれニッポン」というポスター。それは、誰かを犠牲にした「繁栄」を呼びかけるためのスローガンではないでしょうか。ニッポンの、金持ちのためならば、日雇い労働者や野宿労働者は殺されたっていいのか。地方の人間は殺されたっていいのか。ニッポンが「繁栄」するためなら、「ニッポン人」ではない人間は、殺されたっていいのか。「がんばれニッポン」のスローガンの前に、抵抗する人々の声は無視され、「非国民だ」として攻撃されるでしょう。それは、人々の怒りをそらし、私たちを分断し、殺し合わせるための言葉です。人々を国家の奴隷にするための言葉です。 私たちは、戦後日本の高度経済成長が、「復興」が、国家が天皇の名の下に行ってきた数々の侵略をまったく省みることなく、朝鮮やベトナム戦争の加害当事者として、あるいはアジア各国への経済侵略という形で、多くの貧しい者たちを再び殺し、強奪してきた結果、可能になったことを忘れるわけにはいきません。人間をボロ雑巾のように使い捨てる政策の中で、山谷や釜ヶ崎などの日雇い労働者たちから搾り取り、殺し続けることによって可能になった「繁栄」だということを忘れるわけにはいきません。私たちは、天皇制に象徴されるような、私たちを殺し合わせてきたこのニッポン社会の論理と秩序そのものを変えていく必要があるのではないでしょうか。ニッポン社会の差別と無責任が、原発震災をきっかけにして、これほどまでに白日の下に晒された事態を前にしても、私たちは同じ過ちを繰り返し続けるのでしょうか。多くの人々を苦しめながら実現される「復興」も「繁栄」も、ウソであり、、私たちが真に幸せに、共に助け合って生きるためのたたかいとは、はっきりとちがうものです。 私たちが生きるこの社会には問題が山積みです。貧しい者と富める者との間の格差は広がりつづけ、貧困・不安定労働の問題はさらに深刻になっていくでしょう。この社会のあらゆるところで、人が人として生きる権利はないがしろにされていくでしょう。排外主義、ファシズム、在日外国人差別、障害者差別、民族差別、性差別、いじめ、原発、戦争、米軍基地、天皇制…。人権がふみにじられ、憎悪が煽られ、私たちがバラバラに分断されていくなかで、これらの状況を乗り越えていくために、ひとつひとつの問題がすべてつながっている、自分自身の問題なんだとして、みなで話し合い、協力しあっていかなければ、私たちの生活や尊厳は奪われ、失われていくばかりです。一人一人の力は弱いものであるからこそ、団結していく必要があります。今こそ、スカイツリーに象徴される差別や排除、侵略や暴力のつながりを断ち切り、根底から問い直し、作り変えていくための、「世直し」の時です。 ニッポンのために使い捨てられるな!!スカイツリーに殺されるな!! ともに声をあげ、生きる権利を勝ちとろう!! あなたの、デモへの参加をお待ちしています。 |
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竪川ビンボーまつりにあわせ、4度目の竪川。役所前無言ピケに泣き、荒川の寄り合いで笑い、しながら迎えたまつり当日。朝からみんなでテント建てや、看板準備など、いろいろつくるのも、みんながつくっているのも、見るのがたのしい。
関西有志は、チヂミの出店。関西で公園でまつりをやるとき、必ず出される高齢者特別就労組合のチヂミとチューハイとアルミ缶買い取り。それへのリスペクトと、竪川に来る直前に亡くなった長居のなかまへの気持ちもこめて、チヂミ屋”旭”を開店した。
近所の商店街を教えて貰って買い出しへ。教えて貰った道を借りた自転車ではしる。と、うしろから「おーい!」と声が。「そっちずっと行っちゃだめだ〜」。竪川のSさんが自転車で追いかけてきて、結局商店街まで先導してくれた。店と帰り道を教えてそのままSさんは帰る。たしか飯炊き当番じゃなかったっけ。すんませんうちらが頼りなく見えたんかな。ありがとう。
激安スーパーでにんじん、玉ねぎ1個10円。玉出(大阪の激安スーパー)並!そしてすごい人出。結構おじいちゃんおばあちゃんも多い。正月かっていうくらい人出だった。にんじんがばかでかくて、ちょっとびびった。産地は書いてなかった。竪川来ると、関西と本当に野菜の産地が違うのがわかる。選択しようがない。まつりのために関西から日帰りで来てくれた子が、関西の野菜を持ってきてくれた。じーん。
まつり開始時点の正午で、かなりの人。東京やっぱ人多いんだなぁ!Aくん救援会のひとたちも。ちんどんを皮切りに、竪川のなかまからの開会のことば、炊き出し、もちつき、いろんな団体からのアピール、ブース、ライヴ!炊き出しが控えめだったためか(というか予想以上の人に足りなくなったのか)、開始直後からチヂミ屋に行列!屋台を離れられない。。しかもおかわりもぞくぞく。「思ったよりおいしい」(笑)の声も。ありがたや。みんなで交代しながら無事に完売!韓国人にも褒められた^^
あたしは途中から屋台を抜け、昨日の荒川寄り合いからずっと「GマイナーからAマイナーで」とかゆってた荒川のKさんにギターのにいちゃんを引き合わせ、アルミ缶体験乗車へ。乗るのは乗れたんだが、スタンド立てるののむつかしいこと!後ろが重すぎてひっぱられる。腰を入れるのと持ち方のコツを教えてもらったけど、全然できんかった。みんなの仕事を改めて尊敬。
どこのブースも、あんましゆっくりは見れんかったけど、手作り感あふれててよいかんじ。甘酒が売り切れてて飲めなかったのが残念。しかしノラの布ナプと、プリティダンボールバッチをげっと。
最後には竪川のなかまが徹夜でつくってた「テントは命の砦」みこしが登場!みんな大興奮!!
まつり前夜、関西の何人かでチヂミの段取りを打ち合わせてたら、おもむろにテントから出てきて何かつくり出すGさん。「早く寝ろよー」と言われつつ、何つくってるんだろ?巨大サイコロか?ふったら「思いやり」とか「道徳」とか出るんかな?とか話してたけど、すいません。立派なみこしだった。みんなが担いで広場をぐるぐるまわる姿は感動的やった。たのしかった!!
関西の人はなんでそんなまつり好きなの?と言われたけど、全然!竪川のみんなのほうが、まつりを存分につくり、めいっぱいたのしんでたよ!一緒にできてよかった、ありがとう。今度はさくらまつりか!?
(n)
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昨日の早朝、深夜バスを使って東京入りし、竪川に着いた。亀戸駅から徒歩10分ほどで、東京駅からほとんど迷わずに行けた。
朝食は大きな鍋で作られた味噌煮込みうどんで、生ニンニクを入れて食す。まだまだ寒いので、体が温まりホッとする。
11時過ぎに区役所への抗議行動に出発。こちらが抗議に行くと、「打ち合わせ会が行われるので、職員は所定の位置につくように」といった館内放送が流れ、職員が入り口を封鎖するという。なので、抗議の第一声は「打ち合わせ会が行われるので、職員は所定の位置につくように」で始まった。
話された内容は、おおよそ以下のような感じであった。
「公園が封鎖されため、『僕たちの公園を返せ』といって中学生が石を投げてきた。公園の封鎖を行い、野宿者は危険だといったデマを行う区は、こうした襲撃を助長しており許されるものではない。」
「建物が立派で街がきれいでも、中身が伴っていなければ意味がない。差別や排除を許すような区であれば、それは恥ずかしいことだ。」
「野宿者の問題は様々な問題とつながっている。ぜひ一度、竪川河川敷公園に来てほしい。」
人通りもあり、多くの人々がビラを受け取り、話を聞いてくれていた。
アピールを終えた後に区役所にトイレを借りに行くが、大量に投入された職員によって阻まれる。ほとんどの入り口はカラーコーンで封鎖され、出入り可能なところには50名ほどの職員が団子のようにかたまり壁を作っていた。
そうした異様な姿を見て市民の方が「入れるんですか?」と不安そうに聞いてくるので「入れると思いますよ」と言って入り口に誘導する。すると「一般市民」だけは「どうぞこちらからお願いします」と言って通し、私たちが近づくとワーッと寄ってきて通さない。入れない理由や責任者を聞いても一切答えず、ただ黙々と壁でありつづける職員。一言も発せず、機械のように私たちの動きに合わせて動く公務労働者の姿は異様を通り越して滑稽であった。お笑い番組のコントだったら笑えたかもしれない。しかし目の前で、人の命令に絶対服従し人間性を失った人間(一体それは何だ?)を見ると「人間はあのようになれるのだ」とショックを受けた。彼らも何かを感じていたと信じたい。
予定の時間を大幅にオーバーした抗議行動を終え、竪川に戻る。
晩ごはんはご飯と納豆と白身魚のフライであった。寄り合いで色々話し合い、その後みんなと交流して寝た。
様々な意味で竪川は遠くない。まだ行っていない人は行った方がいい。(ロンメルPD)
ひたすら無言でトイレ妨害ピケはる職員たち。
竪川は毎日話し合いを求めて区役所に行ってます!
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開設日: 2012/1/28(土)