雲上への逃避行

自分で訪問者数80000を踏んでしまいました。あと1週間!

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お家に帰ろう

日時:2009/11/23
走行距離:44.36km(走:37km,歩:7km)
所要時間:370min
エネルギー消費量:2875kcal
高低差:+26m,-13m
この三連休のうち、不幸にも48時間は職場に監禁され、2時間だけ皇居を走ったのみ。
宿直明けの寝ぼけ状態で窓から外を見ると、澄み渡る青空。
残念ながら撮影装備は傍らになく、あるのはロードラン装備のみ。
同行者は某かの駅伝に出場するらしい。

とにかく今出来ることは走ることのみ。
トイレで仕事着からランニング姿に変身し、すばやく職場から消え去る。

平日は10kmのロードトレーニングを、日曜日は最低20kmのトレーニングをすることと決めている。
20km以上のロードコースはそうそうなく、多摩川、荒川、江戸川に沿ったコースが頭に浮かぶ・・・が、しっくりこない。

走るのを止めて久方ぶりの実家へでも帰ろうか、と思っていたところ・・・
ピンときた!

そうだ・・・実家まで走って帰ろう!(爆

早速Webで実家のある茨城県取手市までの距離を測ると、国道6号を日本橋から取手市まで約40km。
先週、25kmで限界を感じたが、新たなランニングシューズなら40kmイケルかも?と安易に考え、行けるところまで行ってみよう、と律義に日本橋まで移動した。
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国道6号は、東京都中央区から宮城県仙台市へ至る一般国道である。
関東平野を縦断し、水戸から太平洋沿いに北進する。江戸時代には東京から水戸までは水戸街道、水戸より先は磐城街道、浜街道、岩城相馬街道などと呼ばれていた。明治に入り、両街道を併せて陸前浜街道と呼称した。千葉県から福島県浜通りにかけて、常磐自動車道と並走する。(wikipediaより)
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「日本国道路元標」と、各街道の起点となっており、
国道1号(終点:大阪市)
国道4号(終点:青森市)
国道6号(終点:仙台市)
国道14号(終点:千葉市)
国道15号(終点:横浜市)
国道17号(終点:新潟市)
国道20号(終点:塩尻市)
がここから始まっている。
国道6号、別名水戸街道をヒタスラ北上するのみ。
行楽日和の青空の下、行き交う人々を躱しながら、三越前からゆっくりとスタートする。

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とにかく信号が多く、度々数分間の小休止を強いられ、なかなかペースが掴めない。1km当たり6分から6分半程度のペースを維持しながら賑わう浅草を通り抜ける。

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隅田川を渡る。
言問橋からは特徴的なビルと、造りかけのタワーが見渡せる。

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荒川を渡る。
ちょうど同行者が走っている辺りである。
野球やマラソン、サイクリングで賑わう河川敷を横目に、独り、広い河を渡る。

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ゆっくりなペースのため、全く疲れを感じないまま、いよいよ江戸川を渡り、千葉県へ入る。

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10kmおきに小休止し、道端の自動販売機で水分を摂りながら変わらぬペースで走り続ける。

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柏市に入ると、道標に目指す取手市までの距離が掲示され始める。
27kmを過ぎるまでは殆ど疲れを感じなかったが、気づかぬうちにペースが落ちてきて、強烈な空腹感が襲ってきた。

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柏駅前でついに耐えきれず、銀杏の綺麗な高校の傍らに座り込み、コンビニで買ったゼリーを胃袋に詰め込んだ。

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再び元気が出てきたが、脱力感というか、電池切れのロボットのようにしっくりこない身体のまま走り続ける。

あと10km・・・と考え始めると、さらに疲れが襲ってきて、走るのが嫌になってきた。

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赤が走った部分、青が歩いた部分
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我孫子市に入った頃から、1km走っては休み、歩き、また、走ることを繰り返しているうちに、またもや左の腸脛靭帯炎が再発してきた。

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頭上をみると、取手まであと5km。35km走ったこととなる。
潔く走るのを止め、あと5km余りをactive walkingとした。

完全なエネルギー切れのまま歩くのも楽なものではない。
先ほどのゼリーなど胡散霧消してしまったかの如く、物凄い空腹感が襲ってくる。かといって、気持ち悪くて胃に何物も入れられない。

3kmほど歩くと、視界が開け・・・

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彼方に懐かしき故郷が見えてきた。
ウッカリ走ろうとしたら、左膝に激痛が走る。
走れないことを恨めしく思いながら、坂東太郎を跨ぐ、千葉と茨城の掛け橋を渡る。

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大利根橋からは絶景が見渡せた。
先を急いでいることなど忘れてシャッターを切る。

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利根川を渡りきると、そこは茨城県取手市。6歳から20歳まで住んだ街である。

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年に片手で数えられる程も帰っていない故郷だが、帰る度に街が寂れ、キヤノンの工場だけが立派になり、何故か葬儀場が乱立してきていた。
wikipediaでは、取手市はこんなふうに説明されている。
水戸街道が通り、また利根川の水運とあいまって、古くは宿場町だった。昭和40年代には、東京都心のベッドタウンとして開発され、人口が増加した。それ以降、いわゆる「茨城都民」と呼ばれる住民が多くなった。 現在も、鉄道ではJR常磐線、関東鉄道常総線が、道路では国道6号と、県南の交通の要衝として機能している。
平成20年都道府県地価調査によれば、商業地の下落率は東京圏のワースト10位のうち4ヶ所を同市が占め、対前年変動率は商業・住宅地共に同市がワースト3位と地価下落が進み、近年、取手駅周辺の商業施設の撤退が相次いでいる。 
 1995年頃に旧取手市域のみで人口8万を超えたのをピークとして以降、都心回帰現象の影響や、子供が成長して家を離れるケースも多く見受けられ、その後の人口は横ばいから減少傾向に推移している。その一方で、世帯数は増加しており、少数世帯化・高齢化が進んでいる。
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歩いて帰ることなど滅多にないので、遊び場であった団地の中を、記憶を辿りながら帰路を急いだ。
 1学年200人、全校生徒1000人を超えたマンモス小学校も、今では見る影もなく、ひっそりとしている。

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私が卒業した20年前に造った花壇だけは相変わらず賑やかであった。

身も心もボロボロになりながらゴール。

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実家では、私の無謀な行動に呆れる母親と、家の主となっている犬がご馳走をもって持て成してくれた。

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ちなみに、SUUNTOでは、あまりに長すぎて最後の1時間は記録できてなかった。(スタート時、memory残量30%しかなかったため)


明日からまた仕事。そろそろ寝なくてはならない。

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素晴らしいことです。目的達成には頭が下がります。

2009/11/24(火) 午前 6:26 poppy

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poppさん、こんばんは。
1日経ちましたが、ダメージが大きいようで、大変です。
消費カロリー以上に食欲が湧いてしまいます。

2009/11/24(火) 午後 11:36 たと

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何とまあ無茶を・・・
私は練習で走っても12kmまでです。
それ以上の長距離はダメージが残るので、本番までにとっておきます。
腸脛靭帯炎は未経験です。

2009/12/1(火) 午後 10:46 Bokka

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ぼっかさん、無理が祟って大変なことになっております。

2009/12/9(水) 午前 2:21 たと

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