(4)金子みすゞの詩の著作権の問題について
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昨日、図書館に行って、金子みすゞを「発掘」した矢崎節夫氏の初期の著作である『童謡詩人 金子みすゞの生涯』と、「全集」に付属している『みすゞノート』を読んできました。
『〜生涯』の本は、多くの人が借りだして読んだ様子がありありと想像されましたし、内容も、大学1年生の時に「大漁」の詩に出会って以来、もっと金子みすゞのことを知りたいとの情熱で、みすゞに詳しい詩人の佐藤義美氏に話を聞いたり、伝手を辿って実弟の上山雅輔氏にめぐり合うまでの経緯、その後わかってきた金子みすゞの生涯などについて、分かりやすく書かれています。これは素直に、矢崎氏の情熱に敬意を表したくなる内容だと感じます。
また、この『〜生涯』とともに、『みすゞノート』の「編集注記」を読めば、どの詩がどこで発表されたのか、金子みすゞはどういう状況、気持ちだったのか、などもある程度わかり、貴重な資料だと思います。労作と言っていいでしょう。
●そして、それらの資料を読んでわかったことは多数ありますが、そのポイントをまとめる以下のような点です。
①金子みすゞの詩は、みすゞ自身の意思で投稿公表されたものが少なくないこと(90編)。
②その当時、「巨星」とまで西條八十に評された如く、多くにファンに迎えられていたこと。そして、そうそうたるメンバーで構成される童謡詩人会に、異例の速さで推挙されて会員となっていて、しかも女性としては他に与謝野晶子がいるのみであったこと。
③矢崎氏以前に、金子みすゞの詩を高く評価していた人はいて、大正時代には雑誌の『?(ろう)人形』で詩人の島田忠夫氏が「薄幸の童謡詩人―金子みすゞ詩の作品」との紹介をしていること。矢崎氏がみすゞの探訪を始めた当時に既に、その遺稿集が西條八十の元に預けられていたことを含めてよく知っていた詩人の佐藤義美氏らがいたこと。
④詩集自体も、みすゞと同時代の投稿詩人の壇上春清氏が、自ら起こした「季節の窓・友だち叢書」の中の一冊に『繭と墓』とが収められ、30編の詩が収録されていること(昭和45年発行。現在復刻版が出版されており容易に入手可能)。
⑤JULA出版局の「全集」は、金子みすゞが手帳に清書して残した遺稿集の3冊を、ほぼそのままの形で(タイトルも含めて)活字化して出版したものであること。
●こういう状況がわかってこれば、金子みすゞの詩に著作権云々は別として、無名の詩人だった人の作品を見つけ出して世に紹介したというような意味合いに聞こえる「発掘」という言葉を使うことには違和感を感じざるを得ません。既にみすゞ自身が90編もの詩を投稿・公表し、当時の読者と文芸界から高く評価されていた文字通り「巨星」的存在であったこと、JULA出版局が発行する以前に詩集が出版されていたこと等を考え合わせれば、ますます「発掘」という語感との乖離を正直感じます。
JULA出版局の「全集」に二次著作権があるというのは、遺稿集のそのままの活字化である以上、全く根拠のない主張ですし、個別の詩には何も権利主張の論拠はありません。
●上記の矢崎氏の著作を読む限りでは、純粋に金子みすゞとその詩の世界に心服していることが感じられて、権利やお金のことに拘泥する様子は微塵も感じられません。それが、現在のような、他人が自由に転載、使用、鑑賞することが憚られるようなことになってしまったのは、どのような事情があったのでしょうか?
あえて、矢崎氏やJULA出版局の立場で考えてみると、おそらく次のような気持ちだったのではないかと想像されます。
①遺稿集を長年大事に保存し、それも含めてすべての関連資料を快く提供してくれたみすゞの実弟の上山雅輔氏(劇団若草の創始者)への恩義を感じていること。その恩義に何とか報いたいと思ったこと。
②金子みすゞの実の娘さんである上村ふさえさんが存命であり、母親に自殺されて以降のご苦労を思えば、やはり何とか報いたいと思ったこと。
③矢崎氏が、金子みすゞの遺稿集の出版を、出版社にかけ合ってもとりあってもらえなかったこと。創立間もないJULA出版局が、大きなリスクではあったがあえて全集として世に出したこと(http://www.jula.co.jp/2007/11/d_/207.php)。そのため、みすゞが有名になった後で、フリーライド(=タダ乗り)する形で、他社が便乗することに対して抵抗感が大きかったこと。
●これらの気持ちは、心情的はよく理解できるところです。自分がその立場
に立ってみれば、そう思って当然だろうと思います。
しかし、そのことと、著作権の主張や他人による利用の排除とはまた全然
別の話です。
彼らの立場に立ってみたとしても、
①矢崎氏やJULA出版局の功績は誰もが認めていること。先行者としての名声、利益は十分に確保されていること。
②その全集、詩集が爆発的に売れて、実弟、実娘の両氏には、その恩義と苦労に報いるだけのものは、十分に還元されたであろうこと。
③昭和45年に先行して詩集が出ているものも含めて、JULA出版局(保存会)が使用の「了承」を与える筋合いではないこと(法的にもビジネスマナー的にも)。
④出版社であれば、ヒットした企画に「便乗」して類似企画を出すことは日常茶飯事であり、それを封じようとする社はいないし、出版業界の一員として甘受されるべきであること。しかし、それでも、他社(例えば、JULA出版局の「了解」を取らずに出版しているとされる勉誠出版)も、JULAの全集に依るところが大きい旨記述しており、単純な「便乗」とは異なること。
等の事情からみれば、それ以上に、何らかの権利主張を無理に行ったり、他人の使用、鑑賞等を自らの管理下に置き、場合によっては排除することなどは、する必要もなく、すべきでもないことだと思います。そういう行為は、「私物化」という批判を招いてしまいかねず、自分の詩を世間に出し多くの読者に読んで楽しんでもらいたいと切に願っていた金子みすゞの気持ちとも相容れないものだと感じます。
・・・以上が、昨日の午後、図書館でしばし、金子みすゞの詩集や評論を読んで感じたことでした。どの本も、多くの人々が借り出して読んでいる様子が本から見てとれました。絶大な人気なのでしょう。
ただ・・・初期の素直に金子みすゞの世界に親しむというものから、時期が下るに連れてやや神格化?的な雰囲気が感じられるようなものもないわけではなく、その点はやや(かなりの?)抵抗感がないといえば嘘になります。
誰でもが、自分の思うように金子みすゞの詩を自由に楽しむ、それを皆と共有する、という環境が当たり前のようにできてほしいものです。
次回、商標登録の話について書きます。 |

