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伊達政宗初陣の地(宮城県伊具郡丸森町金山字鬼形)

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伊達政宗初陣の地(宮城県伊具郡丸森町金山字鬼形)

伊達政宗は、天正5年(1577)に元服、天正7年(1579)に三春城主田村清顕の娘愛姫を正室とします。天正9年(1581)、父輝宗とともに相馬氏への侵攻に丸森・小斎攻めに、15歳で初陣します。この頃、天正年間の相馬の軍勢は大方馬上300騎、少ないときは250〜260騎、上下1200〜1300位が限界で、伊達は、昔は伊達、信夫、柴田、刈田4郡の人数でしたが、天正年間に入ると伊具、亘理、名取、宮城、黒川、二本松、須賀川、白川などまでが助成し、一日がかりでやってくることなどは少なく、みな地元の戦であることから士卒の疲れもなく、一備え200〜150もあれば500〜600の時もあり総騎馬数では800〜1000騎もあり、上下の数も4000〜5000はあったようです。

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伊達政宗、相馬との激闘に初陣を飾る

    弱冠15歳の政宗、父に伴い金山城の宿敵相馬を攻める  宮城県最南端の冒険シリーズは最終回(第5回)は本シリーズの焦点とも言える伊達、相馬の戦いの口火を切った攻防の場となった金山城(宮城県伊具郡丸森町金山)跡について紹介する。※地図で金山城跡の位置を確認して頂きたい。黄色線が県境、凸:金山城跡 城は小高くなった丘の上(標高117メートル)にあるが、これは城の入口である。古い屋敷にも見えるが城との関わりは不明である。 入口部にはこのような立派な鳥瞰図が掲げられて

2013/3/23(土) 午後 7:31 [ KR500レプリカの部屋 ]

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