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さて、タイトルにもあります自主稽古。今日は、その話題です。
日本連合艦隊司令長官 山本五十六の言葉で有名ですね。
「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」
褒めてやれば、人は動くと言うけれど、褒める前に大切なことがあると思うんです。それは「その人の努力」たしかに、読んだ字の通りならば、させて見せたときに「うまい」とか「できるじゃないか」とおだてにも似た褒め言葉を発した方がいいのかも知れない。でも、それが本当にその人のためになるのでしょうか。
わたしは、できることを褒めるのではなく、できるようになった過程を褒めたいんです。口癖の「やればできる」の裏側には、「やらなきゃできない」という意味があり、「やりもしないのに、できると思うな」という戒めの意味もあるんです。
私たちの稽古は、演出が進行役であるため、役者が納得していなくても、次のシーンの稽古にはいることは常識。少ない持ち時間の中で、自分を表現し、演出の目にとまるようにするには、演出の知らないところで稽古するしかない。
事実、これをやった後の役者は、いきいきと芝居をやるようになる。演出という手枷足枷のない分、自由な発想と自由な演技でシーンを詰めることができる。役者にとっても大切な時間だと思うんです。
事実、私が役者時代、演出家抜きの稽古時間というのは、その過程において、作家は何を考えているのか?とか、演出意図はどこにあるんだとかを話し合いながら進めていきました。変な話、演出と一緒に錬っている時間より、密度は濃かったような気がしています。
自分が演出になった今、この方法は、受け継いでいってもらいたいものであり、大切な時間としてとらえてもらいたいというのが本音なのです。
実は、今日がそれらしいのですが、わたしには「稽古をしますから」という報告はありましたが、「出席して下さい」との言葉はなかったのです。うれしいじゃありませんか。彼らは、私の気持ちを受け継いでくれたのです。
だから、今日の稽古は大いに期待しています。たとえ、私が望むレベルに達していなくても、今日の日を作ったと言うことの方が、私にはたまらなくうれしいことなのです。
よくやった。がんばったじゃないかとわたしは、素直に褒めたい。
さあ、来月は、本番だ。
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