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以前、ご紹介した龍門の滝の近くに太平寺があります。
歴代の烏山城主が篤く信仰した寺院であり、蛇姫様の伝説が残っています。
【創建など】
寺伝によりますと、803年(延暦22年)坂上田村麻呂が蝦夷征討の際、
戦勝を祈願して一寺を創建して千手観音を安置したのが寺のはじめと言われています。
848年(嘉祥元年)に慈覚大師円仁が再興したので、円仁の開基した寺と言われています。
中世には、烏山城主那須氏がこの寺を篤く信仰し、保護したようで、度々堂宇の修復を行っています。
1585年(天正13年)には、大関高増・那須資晴が千本資俊・隆継父子をこの寺におびき出し、
謀殺した事でも有名です。
江戸時代に入っても、歴代烏山城主が崇敬し、
特に1725年(享保10年)大久保常春が烏山に入部すると、大久保氏の菩提寺としています。
【仁王門】
石段を上ると、境内の入り口に建つ朱塗りの仁王門が目を引きます。
門の両脇には、風神・雷神が安置されています。
この門は、1672年(寛文12年)那須烏山市滝田にかつてあった、
妙光山東江寺(廃寺)から移されたものです。
江戸初期の貴重な建造物です。
【蛇姫様】
太平寺の境内には、川口松太郎の小説「蛇姫様」のモデルとなった「お六姫」の墓があります。
この小説は、1959年(昭和34年)渡辺邦男監督、市川雷蔵主演で同名の映画が製作され、
有名になりました。
しかし、50年近くが経過し、忘れられてしまったかも知れません。
映画「蛇姫様」については、下記のサイトに詳しく載っています。
http://www.raizofan.net/link4/movie3/hebi.htm
史実では、1627年(寛文4年)堀親良が真岡から烏山城主として転封して来ますが、
親良には、側室の子「お六姫」と言う美人の娘がいました。
この姫は、家老堀新左衛門の長男左近に嫁ぎますが、
左近は父新左衛門の後妻と通じてお六姫に辛く当たり、
更に新左衛門と密通しているとの無実の罪を着せて虐待します。
そこで、姫は事実無根の誓文を遺書として自害しました。
伝説では、姫の死後、姫の邸の床下に一匹の白蛇が棲んでいたため、
里人が姫の化身と信じて、「蛇姫様」と呼ぶようになったとの事です。
川口松太郎の小説は、このお六姫の話と
その後城主となった大久保氏のお家騒動などを織り交ぜて構成されたものです。
【その他】
1枚目の写真が仁王門です。
2枚目が本堂、3枚目が蛇姫様の墓です。
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お久しぶりです。なんだか落ち着きますね。やはり。ううん来て良かった。
2006/9/18(月) 午後 9:47 [ ane*o*2new ]
あねごさん コメント有難うございました。 相変わらずマイペースでやっています^^またどうぞ、いらっしゃって下さい。
2006/9/19(火) 午後 8:45 [ ten*n*nn*ozi ]
太平寺って龍門の滝のすぐ近くのお寺ですよね。参道とか山門は雰囲気あって良いですよね。ただ境内がちょっと殺風景な印象を受けます。木でも植えるとかして良い雰囲気になれば、訪問した人も大変満足できる良い場所と思います。
2006/9/19(火) 午後 11:41 [ JITTA ]
JITTAさんコメント有難うございました。太平寺は、仁王門までは確かに雰囲気は良いですね^^おっしゃる通り、もう少し手入れしても良いかな〜と思います。
2006/9/20(水) 午後 9:33 [ ten*n*nn*ozi ]