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宇都宮から県道2号線(通称栃木街道)を南下し、淀橋南の交差点の近くに、
磐裂根裂(いわさくねさく)神社があります。
所在地は壬生町安塚になりますが、ほぼ宇都宮市との境界線上にうなります。
最近、節分の夜に食べるのが流行している恵方巻きの発祥の地と言っている神社です。
今日、行って来ました。
【磐裂根裂神社の概要】
主祭神は、磐裂神・根裂神です。
磐裂神・根裂神は『古事記』の神産みの段で、
イザナギが十拳剣で、妻のイザナミの死因となった火神カグツチの首を斬った時、
剣の先についた血が岩について化生した神とされています。
「岩根さえも裂く剣の威力」を表すものと解釈する説もあり、
星神社や星宮神社など星がつく神社の祭神となってる事があるとの事です。
741年(天正13年)、日光開山の勝道上人は、
日光男体山山頂をきわめたのは、
「ひとえに、天地の神明をまつりたるは、磐裂神等の神勅によるものなり、
汝等および我が子孫たるものは、常に磐裂、根裂神を尊崇して、
必ず神恩を忘失すべからず」とさとされたとの事です。
この神社は、亀塚古墳の上に鎮座しています。
この亀塚古墳は、古墳時代後期の前方後円墳で、栃木県の史跡に指定されています。
現在はその周囲に「亀の頭」「亀の右足」などと名づけられた、
七福神を祀った7つの祠が点在します。
又、この地の名の由来は、第10代崇神天皇の皇子が、
天皇の命を受けて東国平定にやってきて、
無事に平定を終えてこの地に住んだ跡が八つの塚として残り、
これを八つ塚といい、何時の頃か安塚というようになったと言われています。
現在の地に社殿が創建されたのは1570年(元亀元年)です。
1874年(明治7年)に安塚神社として村社に昇格し、その後、現在名に改称しました。
恵方巻きは、節分の行事の一つとして、最近、急速に普及しました。
その起源については、大阪の商家の風習とか、花街の習慣等色々な説がありますが、
この神社では、発祥の地を名乗っています。
同社では、節分祭の参列者に振る舞われる「福巻き寿司」という太巻きがあり、
宮司が神事を執り行った後、拝殿内で太さ約5cm、長さ約20cmの太巻きを配り、
太鼓の合図とともに全員が今年の恵方を向いてその太巻き寿司を丸かぶりいます。
太巻きを鬼の金棒に見立てて「邪気を祓う」という意味があり、
さらに、切らずに長いまま太巻きを食べることで「縁を切らない」、
「福を巻く」という意味も含まれ、祓鬼来福の祈念を行うものとされています。
恵方巻きが関西から流行した事を考えると、少し疑問もありますが、
巻き寿司に入れる、干瓢の栃木県内での生産が始まったのは壬生ですので、
多少は根拠があるのかも知れません。
【その他】
1枚目の写真は拝殿、2枚目が福巻き寿司の碑、
3枚目が東日本大震災で倒壊して再建された鳥居と周囲の風景です。
その他の写真は下記をご覧下さい。
http://orangestudio.homeip.net/gallery/album/userid17933
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