栃木県内見て歩る記

主に栃木県内各地の紹介です。

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旧山古志村 

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 旧山古志村は、2004年(平成16年)10月23日に発生した新潟県中越地震により
 甚大な被害を受けました。
 8月4日に行って来ました。

【旧山古志村の概要】
 丘陵地の斜面に広がる森林と棚田、ニシキゴイの養殖、
 そして「牛の角突き」と呼ばれる闘牛などを観光資源に
 「日本の原風景が残る村」としてPRされて来ました。
 中越地震により、村域に通じる全ての道路が寸断されたため孤立し、
 村は全村民に対し避難指示を出しました。
 2007年(平成19年)4月1日に山古志地域のほぼ全域で避難指示が解除されました。
 それ以前の2005年(平成17年)4月1日に長岡市に編入合併されています。

 現在の旧山古志村は、完全に復旧ができ、多くの錦鯉の養鯉場も営業しているようです。
 村営住宅も高齢者向けに、木造で整備しています。
 地域の活性化のために、色々な工夫をしながら頑張っている感じがしました。

 まだ、土砂に埋まった住宅が残されています。
 撤去する事は可能なのだそうですが、
 地震の被害の象徴として残されているのかも知れません。

【その他】
 写真の1枚目は旧山古志村の風景、2枚目は木造の公営住宅、3枚目は土砂に埋もれた家です。
 その他の写真は下記をご覧下さい。
 http://orangestudio.homeip.net/gallery/album/userid17933

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萬代橋

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 新潟市は信濃川河口の街ですが、同市を代表する観光地として、萬代橋があります。
 新潟に出張した際、たまたまホテルが近かった事もあったので、行って見て来ました。

【萬代橋の概要】
 1886年(明治19年)に最初の橋が架けられます。
 新潟市の信濃川に架橋された初めての橋で、木造の橋でした。
 1908年(明治41年)3月の新潟市内の大火で、半分以上が焼失してしまいます。
 新潟市の交通上重要な橋となっていたことから、
 1909年12月に、初代橋梁の焼け残った基礎杭を使用して再架橋しました。
 2代目が老朽化したため、隣に鉄筋コンクリート橋を建設し、
 1929年(昭和4年)8月竣工したのが、現在の橋です。

 6つのアーチを連ねる鉄筋コンクリート橋で、
 側面には御影石の化粧板が施されています。
 全長306.9m、幅21.9m。道路4車線で、両端に歩道を備えています。
 1964年(昭和39年)の新潟地震の激震にも耐えて落橋しなかった事から、
 堅牢な名橋として知られ、
 昭和初期の大規模なコンクリートアーチ橋の貴重な現存例であり、
 建設技術・デザインの両面から現在でも高く評価されています。
 このため、2004年(平成16年)7月6日、国の重要文化財の指定を受けます。
 これは、橋梁としては2番目の事で、1番目は東京の日本橋でした。
 重文の指定を受けた際、橋の名称を万代橋から昔の萬代橋に変更しています。

【その他】
 1枚目の写真は、朱鷺メッセからで、下から2番目が萬代橋です。
 2枚目はレインボータワーと橋、3枚目は橋の上の様子です。
 その他の写真は下記をご覧下さい。
 http://orangestudio.homeip.net/gallery/album/userid17933

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