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最近、ビアンキ・ブランドのフロントフォークが折れて重傷を負った人に、輸入元に1億5千万円ほどの賠償命令がくだったことが巷をさわがしています。

3人ばかりから「どう思います?」と訊かれましたが、「う〜ん。この業界のひずみが全部でたんじゃない」、と答えました。

まず第一に、その事故を起こしたビアンキと「チャンピオンの中のチャンピオン」と言われた名選手ファウスト・コッピの乗ったビアンキとは何の関係もありません。材質も違えば職人も違う。設計した人も違えば、部品を作っているのも、フレームを作った国すらイタリアではないわけです。同じなのはロゴだけ。

作った台湾や中国に、ファウスト・コッピが活躍した1946〜1955年ごろ、ロードレーサーやサイドバッグ4個付けたキャンピング車に乗っている人たちの注目すべき趣味の自転車文化があったのか?ほぼゼロといってよい。つまり何ら自転車に関する伝統文化がない国で作られたものと言ってさしつかえないと思う。

日本ではビアンキの色が好まれて売れたようですが、あの色もイタリアの本家のビアンキ・ブルーとは違います。

私は「ファウスト・コッピ」の時代の実車を、イタリアから写真撮影のために航空輸送されてきたものを、箱から出して実際に、実車を仔細に検証したことがあります。本物のイタリアものはもっとブルーがかっている。台湾ビアンキは緑色が強い。これはイタリアから送られてきたもののほか、同時代のメーカーレプリカを2台ほど歴史的車輌市場で買ったことがあるので、色が違うことははっきりしています。

たぶん、台湾の関係者をはじめてとして、みなさんファウスト・コッピ時代の実車を見たことが無いのだと思う。

あれはヨーロッパでは「晴れわたった澄んだ空の色」ということになっています。「みどりっぽい空はおかしいはず」。じつはイタリアの特有の色ではなく、英国では同じ色が「ケンブリッジ・ブルー」としてルネッサンスの頃から使われています。聖母マリアの色なのです。ビアンキが使う以前に、ケンブリッジ大学ではあの色は運動選手のマフラーや審判の帽子の色に使われています。

一方のミドリ(翠)の強い台湾ビアンキのフレームにフランスのカラーチャートを当ててみると、「セラドン」という色と一致する。セラドンとはヨーロッパで「翡翠の色を目指した東洋陶磁器の色」のことです。

ついでに言えば、コッピの後、ビアンキはそれほどふるいませんでしたが、チネッリがそうとうビアンキから優秀な職人を60年代初期に引き抜いたときいたことがあります。

つまりはマークではなく、設計者と職人がすべてなのです。

一部、インターネットでコメントを見ていると、「でも6〜8万円って高級車ですよね。高いですよね」というコメントが多くありましたが、私は首をひねりました。

6〜8万円って、安物のまっただなかでしょう。

日本でもヨーロッパでも、完全に自国生産していた時代は、自転車一台は、マスプロのスケール・メリットを用いても、大卒の月給ぐらいだったものです。

じつは、以前、都心で28号に乗っていたところ、ある老紳士に写真を撮らせてくれと言われまして、その方はいたく気に入ったようだったのです。実は1970年ごろ、ラレーのロードスターを輸入するのにかかわったことがあった、という話でした。

あの当時、ラレーのロードスター新品は3段変速付きが3万3千円ほどでした。変速器なしが2万4千円ぐらいだったと思いました。国産車は3万7千円ぐらいで1流品が買えた。「1流品」と書いたのは、あの当時、ラレーはすでに三流品以下でした。タイヤはポーランド製、ペダルは半年もたない西ドイツ製、生産ロットによってはベアリングが入っていない、プラスチックの筒がはいっているだけのペダルもあった。フレームもものによってはモザンビークやアジアで作らせたものが入っていたようです。

私は当時、なじみの店で新車を1万円台で買った記憶があります。

その老紳士が、
「渋谷の◎×▼で売ったらどうですか?」
と提案してくれたのですが、そこは販売手数料50%です。8万円の札が付いているなら、4万円で納入しなければいけない。
「いや〜、うちのは手間がかかるし、とてもそんな粗利はないんで。」
と却下しました。

3〜4万円?うちの車輌なら、ハブとクランクの代金を問屋に払うだけでそのぐらいいきます。

私は消費者が「安いもの、安いもの」とさわぎ、販売するほうが「もっと利益をよこせ」というなかで、自転車は窒息しているのだと思う。粗利を大きくするのにどんどん生産拠点を労働賃金の安いところへ出し、やがて本家は「看板をかすだけの商売」になってゆく。

消費者も自転車が安いので、パンクをしたら自転車そのものを買い換える。こまめにタイヤやブレーキゴムなど交換しない。自転車屋へ定期的に整備点検に出すようなこともしない。オーバーホールなんてもっとやらない。

腕のある店が困窮し、売りっぱなしの数を売るところが栄える。

そういう傾向が強まれば、自転車部品そのものも、「整備せず、調子が悪くなったら買い替え時」という設計になる。だから消費者も手入れに金をかけようという意識が無い。悪循環です。

そういうのが日本のお寒い状況です。安売り自転車こそが放置自転車の温床ではないのか?

私は自転車と言うのは、つねに壊れることを意識して乗らないといけない道具だと思っています。

ロードレーサーのカーボンのフロント・フォークなど、雑誌が書かないだけで、立ちこぎをかけた瞬間にボコボコ折れてます。ツール・ド・フランスの放送のコメンティターのディヴイッド・ダッフィールドはあるメーカーに「カーボンフォークの突然の破損を防ぐのに、外側をケブラーの糸で巻く」ことを提案しています。

話題の無い雑誌は古い自転車をヴィンテッジなどといってあおりますが、フランスのPIVOだのAVAだのフィリップスだののステムは私はさんざんヒビを入れたり折ったりした。ストロングライトのクランクも折った。世田谷の岡本3丁目の坂で、ブレーキだってバーチカルボルトが折れて吹っ飛んだことがあります。前輪に巻き込まれていたら命が危なかった。

古いフレームの再メッキなどは一番危ない。酸洗いでサビを落とし、材料が痩せる、そこへ古いメッキを落としさらに肉厚が痩せる、そこへメッキをかければ、メッキはイオン交換なので、電圧をかけられて、スチールの中の炭素が溶剤の中の水素と化合して、炭素がどんどん抜ける。だいたい10〜15%強度が落ちます。クランクとフレームを再メッキするのはまったくよろしくない。剥製になってしまう。

高けりゃいいというものでもない。最高級の小径自転車のステムが一時期ボキボキ折れて設計変更をしていました。怪我をしたひともけっこういる。フロントサスペンションが崩落して前輪バーストしたケースもある。ヨーロッパの良く知られたスポーツカー・メーカーはロードレーサーを売っていましたが、最近聞かないでしょう?アメリカでの事故をきっかけにして自転車から撤退しました。

雑誌でもちあげられているカリスマのフレームだって、なんにもない平地を走行中左右同時にフロントのフォークブレードが突然ボッキリ折れている。

私は神経質かつ臆病なんで、自分のつくった自転車しか信用できない。ましてや海の向こうの、誰が作ったかわからない自転車など、とても信用できない気がします。さらに納期短縮のために、経験の浅いアルバイトやよく知らない同業他社からの引き抜きを何人か雇うなどちょっと考えられない。1970年代までは、工房で溶接のトーチを持つのは原則主人だけ。下働きを6年〜10年やって、溶接が壊れても事故につながらない問題ないような細部を少しづつやらせて、腕があがったらやらせてみる。名匠ルネだって、デュボアにだけは火をまかせたが、パスカルにはフレームをやらせていないはず。それが最近、日本では雇って数ヶ月でいきなりフレームを作らせたりしている。

自転車とは本来、量産とは無縁で、高級服や眼鏡のように作られるべきものだと思う。

そういうのは、ある意味英国では、みんな19世紀からの伝統で染み付いているので、英国では「ローカル・ビルダー」のつくった、自分の住んでいる地域の信用できる職人に作ってもらうのが、1960年ごろまでの趣味人の基本でした。それでもなお、1950年代の名選手ケン・ジョイなどは、またがる前にブレーキを握ってみて、自転車を軽く落としてみて異音がないかチェックして、ハブのウイングナットの締まり具合を確認してからまたがって乗り出してゆくフィルムが残されています。

「何年も点検も整備もなしに乗る」ということが、自転車でなく自動車やモーターサイクルで許されるのか?自転車は「鼻緒の切れない鉄の下駄」ではないはず。

スチールフレームのコンヴェンショナルな自転車は壊れる前兆がつかみやすい、壊れる部分も決まっているので点検個所も決まっています。現代のアルミやカーボンのフレームの車輌より安全だと思う。しかし、それでもケン・ジョイは毎回ステムとフォークは目視でチェックしている様子でした。自転車とはそういうつきあいをすべき道具だと私は思います。

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