英国式自転車生活

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かけがえのない時間

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先週は激務週間でした。本来私の自転車はキャリア(荷台)なしを考えていたのですが、けっこう作って欲しいと言う人が多い。そうかと言って、既製品を付けるのでは気がすまない。

「700C用のこういうのが出てます」とかインターネット上のアドレスを送ってきてくれた人もいたのですが、それはハンドバッグを作る人が、出来合いの金具を使えないのと同様、むずかしいのです。

やはり、自分の「眼」で、全体に入ったトータルのものでないと困る。一個はフランス式のもので、うちのサイズのものを作ったのですが、それだと、フレームサイズが大きくなると、サドルバッグなどとの折り合いがきわめて悪い。なんとかサドルバッグとパニアバッグ両方にきくキャリアにしたいと、自分の28号をストリップダウン。フレームだけにして、それを治具として、12個ばかり試作しました。

そのうち4個は合格。高級感もでました。いくつか、それには新しいポイントが入っています。

当ブログは同業者さんたちがけっこうな人数来ているようなので、4つのうち2つは公開予定ですが、あとの2つは当分秘密です。車に積むとか輪行とかというとき、リアキャリアははずすのがたいへん。またはずしても、輪行袋のどこへ入れておくかというのが、大きな問題になります。それをスマートに解決したものを作りたかった。しかも普通に付いていて、それがそのような機能があるように見えないもの。

バッグもそれに合わせたパニアを開発中。これらは「システム」ですから、うちのフレームなら付く。

朝は早くからやっていても、一方で組み立てをやったり、フレームの下準備をしたりしているわけなので、時間はいくらあっても足りない。

それに加えて、カンパエンドにサンツアーを付けたいとかいう人もいるので、今度はそのアダプターをステンレスで手作りしないといけない。

箱詰めぎりぎりまで、変速器はシルバーがいいか、黒がいいか考える。ちなみにこの変速器、調子を上げるのに改造してあります。外からは決してわからない。

夜になると眼がきかなくなってくるので、仕事を切り替えて、あまり眼に頼らないほうへ切り替える。

週末も何もない生活ですが、エネルギーが切れると珈琲で一服。自分で淹れる気も夜になるとなくなるので、なじみのところへ。

「ヨハン・セバスチャン・バッハの遺品リストには煙草入れがあったではないか。」と自己合理化して、ハープシコードの鳴る喫茶店で煙草を一服。煙草は一日5本までというのを厳格に守るためのケース。

先日「汚い汚れあり、ジャンク品扱い」というシガレット・ケースを500円でゲット。画像で判断したとおり銀でした。戦前の日本製なのでホールマークはない。内部にサビ止めに塗ってあった塗料が硬化してなんとしても落ちないのでジャンク品扱いになったのでしょう。

昼、剥離剤に漬けておいて、夜はきれいに落ちました。寝る前に15分ほどかけて、なかに中性紙とポストカードを入れ完成。本当はラファエッロのデッサンかレンブラントの晩年の絵を入れたかったのですが、適当なものがなく断念。どこかで100円の美術手帳のバックナンバーを探して、なかの絵を切って入れ替えるつもり。これに「キンッ」「シュポ」っと黄金比でできたフランスの手作りライターで火をつける、満足感あります。ライターとケースで、しめて5700円と裁縫箱のなかのゴムひも、絵葉書でできるぜいたく(笑)。

「ものづくり」も「もの生かし」も急ぐとろくなことになりません。

ミケランジェロの壁画がなかなか仕上がらないので、ローマ法王に、
「いったいいつになったら仕上がるのか?」
と訊かれ、
「出来上がった時に、仕上がります。」
と答えたそうな。これは中途半端なものをわたせないという態度でしょう。

ある彫刻家のドキュメンタリーで、展覧会に搬入するのに、ぎりぎりのところまでやっていて、最後にその彫塑の額に作家が×印を入れるところがでました。自転車ではそれはできません。

珈琲をのみつつも、キャリアの形状に思うところがあるとノートにメモをとる。

週末の夜にはハープシコードが良く合う。ほっとひとごこちつくかけがえのない時間です。

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持続可能な利用サイクル

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週末は高名な繊維関係の方とお会いしていました。

なかなか示唆に富む一言があちこちに鏤められていて、学ぶところが多かった。その方が今最も力を入れて人々を説得していることは、「すべての資源は地球が生み出している」「その地球資源は有限である」「それを持続可能な消費サイクルでうまく利用して行くこと」だと聞いて、深く納得したしだいです。

よく「オーガニック・コットン」という言葉を耳にしたことがありますが、私の理解はぼんやりとしたもので、農薬を使わないコットンなんだろう、ぐらいに考えていました。ところが、その背景にはもっと大きい問題が含まれているらしい。

人類が最初にコットンを使い始めたのは、南米に於いてであったと言われているそうで、ほかの農作物同様、野生に近いので、綿の部分は小さく、なかには種がいっぱい入っている。それを葡萄の種無しをつくるように、種をなくしてしまい、綿の部分を大きくなるようにしてしていったわけです。ところが、こんどは虫が付きやすくなってしまった。そこで大量の農薬を使うように中国などではなるのですが、2010年ぐらいから農薬がきかない耐性をもった虫がでてくるようになります。

それらの農薬を落とすために化成ソーダに漬け、へにょった綿を膨らませるためにまた薬品を使う。

それがはたして、地球規模にとって好ましいことなのか?ということです。

農薬にも放射性物質と同様「半減期」のようになくなってゆく時間があります。しかしゼロにはならないので、毎年使えば蓄積されるでしょう。それは土壌中の微生物のバランスにも影響を及ぼすに違いない。

その日本の繊維業界も、自転車の世界と似た状況のようです。コストで追われまくり、日本のお家芸の絹産業もそうとう追い詰められているらしい。群馬県の一部と山形県の一部が最後の砦だということです。そこも、補助金カットで危機的な状態らしい。

こういうことは、自転車の世界でも、その他の世界でも考えられねばならないことだと思います。

自転車のある大手の問屋さんの社長が「リアの変速器の段数は5段もあれば充分だ」と言っているのを聞いたことがありますが、私もまったく同感。その同じ社長さんが言ったことがあります。

「1988年ぐらいまでは、うちの会社では『タイムカプセルに入れちゃえ』という社内用語があったんですよ。売れ残りの部品を箱に入れて倉庫のすみに下積みしとくんです。それで10年ぐらい経った頃はかならず売れたもんです。プレミアムが付く時もあった。それがこの頃はまったくその手法が利かなくなりましたね。もう、捨てるしかない、売りようのない型落ち部品が大量に出るんです。」

先日、偶然、youtubeで、S.T.Dupontのライターの宣伝映画を見ましたが、なんでも今、全世界の資源使いきり安物ライターは、毎年80億個も捨てられているそうです。インドでは100円ライターにガスをいれている街頭の人を見ましたが、相手はプラスチックですから、本体を曲げて回転ヤスリをはずし、フリント(火花を出す石)を交換するほうは、せいぜい2〜3回が限度でしょう。

自転車も徐々にそういうところに近付いているように思えます。

このところ、自転車のふとした部品がなくて、困っている20〜30年前から自転車趣味をやっている人を多く見かけます。たびかさなるモデルチェンジで、スペアの部品がなくなってくる。その規格変化、構造変化があまりに激しく、またデイスク・ブレーキやサスペンションは、製造時代により、会社により、調整方法がまったく違う。補修パーツの在庫も増やさないといけないでしょう、専用工具も増やさないといけないでしょう。

先日も整備士資格の免状を4枚店に掲げている店主が、どうしてもわからなくて、インターネットと首っ引きになって、やっていましたが、「いや、どうしても、ちょっとうまくゆかない。2日ばかり置いといてもらえますか。」と客に言っていました。こういう製品は15年経ったら、補修部品も、修理もまず不可能になるでしょう。いままでの機械修理の応用がきかない構造といってよい。

私はもう20年ばかり、100円ライターは、もらうことはあっても買ったことはありません(着火マンは買いますが)。それでも使う見込みのないもらった100円ライターが引き出し一杯あります。

これは自転車のほうでも痛感します。放っておくと、果てしなく補修部品の手持ちが増える。そして使わないうちに型が変わったりする。

旧宅を引き払った時、そちらでは周囲5km以内に自転車ショップがなく、たまにお隣さんたちの買い物自転車のパンクとか、小系の人などを頼まれたので、24インチのチューブだとか、小系のチューブだとか、けっこう持っていました。先週はそれはすべて、知っている自転車店で使うあてがあるところへ無料進呈。今はとてもそんなボランティア修理をやっている時間的余裕はない。

「千切れるトップチューブのイタリア製フレーム」は鉄ノコで斬って屑鉄廃棄処分するように送り返し、「ホイールを入れると、フレームにタイヤがぶつかってまったくタイヤが回らないフレーム」はサンダーで斬って、屑鉄屋に売りました。これはエンドもチューブも私が材料支給しましたので、送り返すいわれはない。むこうが私の材料を無駄にして、乗れないものを作ったということです。引き取りに行ったとき、「私はいないので、ゴミ箱のなかに入っていますから」と言われました。その後、タイヤが回らない、諸寸法が違うということは、その人に伝わっています。以後、数年間、請求書がこないので、これは「恥じ入った」か、「展示会に間に合わなかったので申し訳がたたないのか」「作り損じたので、ゴミ箱に入れた」のだろうなと理解。0.7mm厚のものを再度800度ほどに再加熱して使うのは良い感じはしない。使えません。

そういうものを捨てるのは、本当にすっきりする。アルミや鉄なら溶かして再利用できます。それが分解できない構造のアルミと鉄だとかになると、あるいはゴムや樹脂が混じると屑鉄としての再利用もめんどうになる。最近のブレーキの一体成型部品などもダメになったとき、交換時期に、製造に使ったゴムの3分の2を捨てることになります。そのなかにアルミも取り出せないまま残る。

有限な地球資源を無駄にしないものづくりというのは、21世紀の大きな問題になると思います。自転車もその例外ではありません。

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自転車と珈琲と詩と

このところ、異様な光景だな、といつも気味悪く感じるのは、電車の中などでスマートフォンを乗客のかなりの割合の人間がいじっていることです。

スマートフォンというのはかなり先進の技術の産物なのですが、それにあらわれる情報を追いかけねばならない強迫観念のようなものにとらわれて、電車のなかなどで、人目を気にせず、きわめて無防備な感じで一心不乱に見入っている姿は、なぜか不思議に人間の動物的な側面を見たような気がするのです。

常に情報をフィードしてやらないといられない姿が、「中毒」のような感じに私には見えてしまう。

旅先でもどこでもいつもと同じテレビ番組を見ないと気がすまない心理と似ている気がするのです。

これは、私などでも、相撲を一度見始めるとずっと見てしまうのと似ている気がします。

相撲を自転車のレースに置き換えても、やはりそうだと思うのです。

これは新製品ニュースに関しても同じでしょう。

すべての情報は古びます。

今私が、二人のチャンピオン「スティーヴン・ペイトとドーピング」とか「デルガドとドーピング」などと言っても、現代の自転車愛好家には通じない、たとえその人がレーサーに乗っていても、ほとんど関心がわかず、過去に埋没した話にしか聞こえないに違いない。同じようにコンタドールの優勝剥奪の話なども、あと20年も経てば、誰も興味を示さないに違いないのです。

そう考えるので、私などは、そうした情報などあってもなくてもさして困らない。

60〜70年代の日本で趣味の自転車に乗る、というのは、私はずいぶんそういう「情報を追いかけるところからは遠かった」気がするのです。乗っている時は機材のことを忘れる、また、そういう世の中の唸りが聞こえる「日常」を切り離した、人生の豊かな余白へ自分を没入することだったのではないか、と言う気がします。城東輪業さんは小さいサイクリスト向けの詩のアンソロジー集を出版していたくらいです。挿絵はすべてフランク・パターソンの絵を転用していました。

たとえ、遠出をしなくても、いつもは読めない本をバッグに放り込んで、休みの日、自転車で気に入った喫茶店へ行って見る。本は読んでもいいし、読まなくても良い。喫茶店で、自分の持っていないレコードが鳴っているのを聴いていてもよい。

最近は「情報を追いかけた結果」なのでしょうか、店主の好みで選ばれた音楽ではなく、世評での通好みということで選ばれて鳴っていたりする気がします。VSOPとかグレン・グールドがスタンプで押したようにあちこちの店でかかっています(この前はチェーンの天麩羅屋でVSOPがかかっていました)。
「夜想曲はハラシェビッチでしょう。このポロネーズはサンソン・フランソアが好き」とか店主が明確な一家言を持っているところの店で、普段は自分が聴かない演奏を耳にするのは良い刺戟になる。

この連休は私はどこへも行けませんでした。

容態がやや安定した老母の世話を済ませ、一段落すると、ちょっと本を開き、再開した煙草に一本火をつける。パソコンなどは開けない。

ペルシャ(イラン)のシャー・アッバースは煙草が嫌いで、煙草を禁止した。煙草をコッソリ売った商人は煙草の葉で焚き殺された。家臣で隠れて煙草を吸うものを見つけると、駱駝のフンをパイプにつめて吸わせたといいます。日本でも「煙管狩り」が行われたし、ロシアでも1634年には煙草禁止令がでて、これにそむく者は鼻をそがれた。そんなことが書いてある本を先週読んでいたが、これは情報ではない。こうした事実を知って、今、アメリカを発信源にして広まった禁煙運動を考えてみると面白い。

石川欣一は彼の本のなかで面白いことを言っています。人間は火とともに文明を持ったわけで、太古の火も暖炉の火も、囲炉裏の火もすべて煙をともなっている、だから、人間の心の奥底には、「ものを燃やす時のよい香りの煙」には郷愁があるのではないか、と言うのです。ここまでくれば、賛同するかしないかは別として、情報ではまったくなく「思想」であると言ってよい。

石川説には共鳴できます。私は添加物漬けに燃焼促進剤タップリのシガレットの匂いはムカムカして気分が悪くなりますが、無添加の良質な煙草の香りは邪魔にならない。不思議なことに私の老母も、親戚が来て普通の自販機で売っているような煙草を吸うと半狂乱になってヤメロと言いますが、無添加の手巻き煙草には文句を言いません。そう考えると「煙草を吸っている人には、根本的に違ったタイプのグループがいる」と私には思える。「心理的依存」で街頭の臭いヤニ水のわきで立ったまま、ムワムワした匂いの添加物煙草を吸うのと、スマートフォンでのべつ情報チエックを入れているのは、どこか似ている気がする。情報中毒と煙草への心理的・習慣的依存。

ちょっと、日常に疲れたとき、自転車に乗って珈琲を飲みにゆき、本を開き、一本自分で煙草を巻いて火をつける。ほんの三十分、一時間の、日常時間のベルトコンベアーからの脱出なのです。

シェークスピア物語で知られるチャールズ・ラムは詩人のコールリッジにジョン・ミルトンの詩集を貸したとき、手紙を添えて書きました、
「もし、ページの折の間に煙草の灰が落ちていたら、そこを注意深く読んでみたまえ、なにかすばらしいことが書いてあるページにまちがいないから。」

私は自転車でフラッと本を持って喫茶店へ行くときは、その時にもよりますが、北原白秋の詩集などをもってでます。なぜか、自転車で自然を眺めて走ったあとにしっくりくるのです。残念なことに、最近出版されている白秋の本には、私のお気に入りは入っていません。ネット上の電子図書にもないようです。

たとえば、こういう一節、

「つくづくと昼のつかれをうらがへしけふもランプを燈すなりけり」

「やはらかに誰が喫みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる」

「よき椅子に黒き猫さへ来てなげく初夏晩春の濃きココアかな」

私は白秋の散文やエッセイも好きです。たとえば、こういう文章、

「鳥類の中の雀を、大概の人は、地上の石ころ同様に思っています。それはあまりに多くいるからです。あまりに珍しくもないからです。人間がそう観て平気なのは、人間そのものの愛が足りないか、あるいは、その人間としての実在が、容易に雀の心と合致できないか、そのどちらかだと思います。」

これは白秋の「雀の生活」という本の中の数行ですが、本一冊、こういう具合で一語の無駄もなく、珠玉の文章で雀の話が書かれています(文庫版があるようです)。

「情報と言う川の水をせき止めてみる」。そして自転車でフラッと気の利いた喫茶店へ行ってみるのです。数十秒で読めるひとつの句、一つの詩、一節を読んでみる。香り高い珈琲を飲み、よい香りの煙草をくゆらす。これで粗くなった自分のこころの周波数を、珈琲と煙草が鎮め、うまく詩の中に有る世界にチューニングを合わせてくれるから不思議です。読むのをやめたときに、そこによき沈黙か音楽がある。

その喫茶店の窓から、見飽きない自分の自転車が見えたら言うことはありません。

そんなことをつらつらと書いていたら、いま、遠くで打ち上げ花火の音が何発か聞こえました。府中のくらやみ祭り、無事にお神輿が帰還したようです。

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安物の国

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私が小学生、中学生の頃、スキーには何とも言えない風情と趣味性を感じたものです。いまもそういう単語を使うのかどうか知りませんが、ゲレンデの下には木造のロッジのようなものがたいがいあり、鋳物の石炭ストーブが、燃えていた。

道具はほとんどはスイス、オーストリア、フランス、ドイツ、たまにアメリカ、日本製もホープとかオガサカとかカザマとかが頑張っていた。

私のスキー靴は、とっておけば骨董品になったと思うのですが、K2の革の編み上げでした。スケート靴のようにうちと外で二重構造になっていました。ビンデイングはイタリーのコーバー。

やがて、時代の流れで、靴をコフラックにして、ビンデイングもキリーと同じデュコ・ネバダに。

その後はウエアも用具もどんどん派手になり、モデルチェンジも早まり、「何年型モデル」などと言われるようになりました。「進歩した」と言われつつビニール製のスキー靴はゴム長靴のように安物チックになった。ショップは雨後の竹の子のように増え、用品の型遅れのデイスカウントがはげしくなり、ふと気が付いてみると、スキーのショップは扱う商品をかえてゆき、やがてショップ数も激減。

今はスキー人口はどうなんでしょう?

そして、今、自転車界に眼を投じると、スキーの栄枯盛衰ときわめて似たものを感じるのです。

めまぐるしく変わるモデル。派手な転写シール。日本のブランドすらもマレーシアや台湾、中国で作られる。製作年度が経ってくると、ただでさえ労働賃金が日本の何分の一かの海外生産で安くなったものがさらに安売りされる。

Yahooのオークションで見ていると、カンパニョーロのCレコードやシェリフスターのラージ・フランジ・ハブはたいへんなプレミアムがついて取引されています。さて、最新型の電動変速器などが、20年後にあれほどプレミアムがついているでしょうか?

これは「ウインドウズ97」にプレミアムがつくか?というのと似ている感じがします。一方でウエスタン・エレクトリックのスピーカーとか部品は、オーディオマニアのあいだでたいへんな値打ちがつく。

ものにはこうした『ねうちの二重性』があるように思います。

スーパーへ買い物に行った時、ふと思ったのですが、スーパーの建物のなかは、『本来ものすごく高かったもの』であふれているのに気がつきました。

どういうことかと言いますと、まず「時計」。昔は時計などは王侯貴族しか持てませんでした。そして「鏡」。ルネッサンス時代には、鏡は同じ大きさのティツイアーノの絵と同じ価格で取引されていたといいます。ヴェルサイユに張られた鏡は、王の底知れぬ富のあらわれであったわけです。透明な巨大なガラス窓。

そしてまばゆいばかりの光、高い天井、広い空間。

にもかかわらず、スーパー・マーケットに豪華な印象はまったくないのです。本来ならヴェルサイユ並に高く広い空間、たくさんの鏡。驚くほど平らに磨かれた床、世界各国の珍酒、新鮮な魚と果物。どれをとっても贅沢の限りと見えてよいはずです。しかし、そうは見えません。

これは面白い逆転現象であると私には思えるのです。自転車やスキーも同じではないのか?

現代日本では、洋服も驚くほど安価なものがある。河川も工事を進めるのですが、決してセーヌ川の河畔のような風情はでてこない。洋服から自然の景観まで、驚くほどチープになってきているのは不思議でしかたがありません。

そういうなかで、自転車族がどうやって「美の下降線」に抵抗できるのか。まずは自転車の安物化、安直にできるチープな趣味というところに抵抗しないといけないと考えている今日この頃です。

ところでこの緑化工事、おじいさんの車椅子は、この押しているおばあさんが担いで階段を持ち上げるのでしょうか?摩訶不思議な予想完成図です。

このあたりには鴨がこどもを良く育てているのを見かけたものですが、こういうセメントの直線ドブの河川ではカルガモや鴨のひなはふわふわしているので、ちょっとした雨で川が濁流となるとすべて流されてしまうのです。本来なら河岸のラインは複雑な自然のかたちにして、川の水の流速を遅くするのが理屈にかなっているはずです。役所の考える緑化とは、出入りの業者に芝生を植えさせる緑化なのかな?と考えてしまいます。

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一年に一度の花見

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土曜日まで、夜の9時まで仕事。このところまったく休めていなかったので、おしゃかさまの誕生日ぐらいは休もう、と本日は完全休養。

と言っても、私の場合、ごろごろ寝ているのが休養にはなりません。自転車に乗ることこそが休養になる。ちょうど、このところ何年も会っていなかった輪友から「今度の日曜日はそっちのほうへ行くよ」というので、合流することにしました。

まだまだ多摩丘陵には秘境があります。もうこれ以上山を切り崩すのと河岸をセメントで固めるのはやめてもらいたい。このあたりにはじつは天然ウナギがいます。しかし、天然のウナギはセメントで一直線に固められた川には住めないのです。減少して、稚魚が帰ってこない、やがては絶滅危惧種になるかもしれないウナギの生息環境は、ここ多摩でも悪化する一方です。

今日走った川沿いも、私がこちらへ来た当時は、ほとんどの場所が泥と石の河岸で草が生い茂っていましたが、いまや98%ぐらいは『セメントのドブ』。万葉集のむかし、多摩の横山のあたりは朝廷の馬の放牧地で、当時の馬の水呑み場、馬に行水させてやっていた場所も地名に残っています。

丘陵地帯も、だんだん削られて、もはや風前のともしび。原発の問題もそうですが、一般市民の意思とまたく関係ないところでそういうことが決められて、なんとしてもくつがえらないというのが、最終的に国を滅ぼすと思う。

原発の問題もそうですが、「日本の政治は利益誘導」の強烈さがウリ、ということだと思います。雑誌がつまらなくて売れなくなってきたのも、すべてが「利益誘導」になってきたからでしょう。1950年代のハイキング雑誌、自転車雑誌、登山雑誌、それらは「一冊の本未満」のいわば短編をつぎあわせたものでした。そこには利益誘導はみあたらない。それはその当時は雑誌編集者が「本のひと」「文学の人」だったからでしょうが、いまは雑誌編集者は「広告屋」、「宣伝屋」、「マスコミ屋」がなるようになり、大きくさまがわりしている。

後世、「なぜ世界第二位の経済大国日本がダメになったのか?」ということのひとつに、「利益誘導のためにすべてが動くようになって、そのような社会の中で政治はまともに機能せず、それをただすジャーナリズムもマスコミも機能せず、東北大震災を契機として、日本は弱体化した」と言われるように思えます。

すべての河川をセメントで固めてどぶ川にしないと、役人は満足しないのか?自然を破壊しまくって、セメントの蜜蜂小屋みたいなものを、『今は亡き自然への墓石』のように建て、そういう墓石建築のなかで電気を使いまくった仮想生活をして、何が何でもこの地震国・大津波国、日本で原発を再稼働しなければ気がすまないのか?

日本の自転車ツーリングの先達、菅沼達太郎氏は、第二次世界大戦前に、さかんにこのあたりを走っておられました。そういう風景もいまや消滅の危機にある。

私はどうもこの時期、品種改良された派手なサクラの下で、酒を飲んで大騒ぎというのが性にあいません。多摩の雑木林のなかには、野生のサクラがつつましく咲いています。そういう自然を、やかましい声もなく、音楽も人工光線もないなかで、仲間としみじみと楽しむのが至上の気晴らしになるのです。なんとかこの関東の原風景を残したいものです。

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