播磨西国三十三ヶ所〜13番札所・満願寺 2011.4.10
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播磨西国第十三番
雪彦山 満願寺
アクセス:
中国道・福崎ICを降り、県道23号を中国道に沿って西に走る。前之庄西信号を右折し、県道67号を夢前川に沿って北上する。上新庄のバス停から橋を渡ると、鹿谷盆地が広がり、この奥に満願寺がある。
縁起・歴史:
満願寺は推古帝の御代(592〜628)に法道仙人の開基と伝えられている雪彦山の麗にあった満願舎にはじまる。法道仙人が十一面観世音菩薩を彫まれ、洞ヶ獄に権現の本地佛として安置し祈念する堂塔も新たに建立して雪彦山金剛鎮護寺とされた。天安2年(858)に玄常仙人が満願舎の流れを汲んだ寺として、ここ新庄の地に龍珠山満願寺を建立し、釈迦如来を本尊とした。その後、たびたびの災禍により寺堂・宝物類が次第に失われていき、明治(1868)の神佛分離令に基づき、雪彦山金剛鎮護寺も廃寺となり、鎮護寺に安置されていた播磨西国観音霊場第13番の 十一面観世音菩薩が脇士の毘沙門天・不動明王を伴い観音堂と共に満願寺に移され、山号も龍珠山から雪彦山と改められた。
訪問記:
夢前川上新庄橋の上から南(下流)を見た景色。川床が平たい岩盤(なめら底)となって露出しています。この付近は鮎釣りもできるそうです。
夢前川上新庄橋の上から北方である上流を見た景色。
満願寺、臨済寺の東側に流れる夢前川堤。
鹿谷盆地は三方を連山に囲まれており、東側の岩山の麓沿いに続く民家と荒々しい岩肌。
北奥の突当たりに、桜に囲まれた満願寺はあります。
参道から見える総門。 総門。京都御所の門を模して造ったという。
江戸時代に建立された鐘楼門と本堂。
明治30年代半ば(1902?) の大火災により、ご本尊の仏像類を持ち出すのがやっとで、庫裡の一部と観音堂・弁天堂・鐘楼がかろうじて残り、過去帳等の諸記録類はすべて消失してしまったそうです。
現在の本堂は昭和2年(1927)に、庫裡は平成14年(2002)に完成した。 本堂内は自由に入れます。本尊は釈迦如来。
本堂横の観音堂。
観音堂内。
雪彦山から観音堂とともに山を下った本尊・十一面観音像の写真が中央に祀られ、両側に毘沙門天、不動明王の脇士が安置されていました。
百丈山・臨済寺縁起・歴史:
百丈山臨済寺(臨済宗)は,1379(康暦元)年、赤松義則が別峯国師を開山として創建した寺で、禅宗臨済宗が当地方に入った最初とみられます。
国師は1402年(応永9)この寺で遷化し、本堂裏の歴代墓地に墓塔があり、すぐそばに、赤松義則の墓と呼ぶ、同時期の宝篋印塔もあります。
臨済寺本堂は1675年(延宝3)、姫路藩主松平直矩が再建したものです。 夢前七福神の一つで大黒天を祀る。
びっくりするような立派な杉木立と新緑濃いカエデの参道。
少し行くと突当たりの小高い山がお寺です。
苔むした情緒ある石段を上ると境内です。右手に見えるのが本堂。
狭い境内ですが、こじんまりとまとまっています。
本堂裏の庭園。手入れが行届いています。
本堂前にある地蔵尊。
文化12年(1815)の銘があります。地蔵尊の髪型がおもしろい。
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