「支配的な社会意識」の劇的転換?
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>私たちが手にしたネットメディアは、もう実質的にはマスメディアと政府を凌いでいます。網の目状の膨大な人のつながりだからこそ見えてくる真実があるのです。マスコミの報道は周りの流れが変わると後追いで転身しますが、その源流を作る(の)は私たちが手にしたネットメディアなのです。(中山幹夫) http://www.kuis.ac.jp/~nakayama/essay/atm.html 新たな「権力」(new power)の台頭? 放射能汚染をまき散らす原発権力(nuclear power)よりはましだが。。。 ――ATTAC京都の五十嵐守さんが、京都近辺の市民・社会運動情報のMLである「もう一つの世界は可能だ!ML」に投稿された記事を転載いたします。 ☆引用者によるコメント: ソフトバンクの孫社長等による「エコロジカル近代化の動き」それ自体は全面否定しませんが、「グリーニューディール」や「緑の資本主義」(による、新たなムラおこし――原子力ムラに代わる)に「気持ちの悪さを感じる」ところは五十嵐さんと同感です。 >
> [a-world-possible]グループの掲示板に投稿があったことを、Yahoo!グループよりお知らせいたします。 > --- > 五十嵐@伏見区/京都市です。 > > 今朝(もう昨日か)「朝日新聞」をみてビックリ。 > > 「提言・原発ゼロ社会/いまこそ政策の大転換を」という文章が > 一面に掲載されている。論説主幹・大軒由敬の署名。私は「朝日 > 新聞」は、企業ジャーナリズムの頂点に君臨する支配階級のメデ > ィアだと思っている。「支配的な社会的意識」を形成する力とい > う点から見れば「産経」も「読売」もこれに比肩すべくもない。 > > その支配階級のメディアが、ついに「原発ゼロ社会」を提言し > た。この提言の内容を補完する「社説特集」も二面に渡って掲載 > されている。時間がないので見出しだけ見たが「悪くない」。私 > はついに来るべき時がきたのだ、と身震いして会社にでかけた。 > > 朝日新聞:「提言 原発ゼロ社会」 > http://www.asahi.com/paper/editorial.html > > > 仕事を終えて帰ってきて、ゆっくりと新聞を読もうと思った。 > が、NHKのニュースを眺めていると、菅首相が「原発に依存し > ない社会をめざすことが国としてなすこと」と記者会見していた。 > > 「3月11日までは、私は原発を安全性を確保して活用してい > くという立場だった。だが3月11日を体験して、そのリスクの > 大きさを考えた時、原子力は、安全性確保という言葉だけでは律 > することができない技術だと思うようになった」。 > > 遅いといえば遅い。しかし、日本国の総理大臣が、初めて原発 > をやめることを宣言した、画期的な記者会見。これは「国」とし > ての公式見解なのだ。海外メディアが大きく報じるのは当然のこ > とだ。「辞任」を口にしようがしまいが総理大臣の言葉は重い。 > > 菅総理「原発に依存しない社会めざす」(記者会見動画) > http://www.47news.jp/movie/general_politics_economy/post_4518/ > > 秋田市で行われていた全国知事会で「卒原発」共同提言も話題 > になった。滋賀県知事の嘉田さんと山形県知事の吉村さんの2女 > 性知事の提起。 > > 知事会終了後に同じ秋田市で開かれた「自然エネルギー協議会」 > 第1回総会も注目度バツグン。35道府県知事が参加。「これを本 > 格的な革命につなげていく」(黒岩神奈川県知事)と威勢がいい。 > 総会では孫事務局長が提起した「秋田宣言」が採択された。 > > 自然エネルギー協議会第1回総会の模様 > http://www.ustream.tv/recorded/15963204 > 「秋田宣言」 > http://www.softbank.co.jp/energyjp/template/w/pdf/20110713_02.pdf > > > 世論/メディアの世界ではほとんど「勝負あった!」の状況だ。 > 「原発利益共同体」に巣くう残存勢力はあなどれないが、「脱原発」 > が「支配的な社会意識」となった中で、「脱原発派」の真価が問わ > れる。 > > その一つが新たな「権力」として台頭しつつある「自然エネルギー > 派」(朝日新聞もふくむ)との共闘と対決だ。 > > ソフトバンクの「メガソーラー構想」になびく自治体首長たちに > は理屈抜きに気持の悪さを感じる。電源開発への依存による地域興し > という発想それ自身が古くはないか。そのソフトバンクの孫氏が作っ > た「技術開発の推進」と「各種規制緩和」を両輪とした「秋田宣言」 > は、破たんしたグリーン・ニューディールの焼き直しではないか。 > > というよりも、日本では、そもそも「グリーン・ニューディール」 > も「グリーン・キャピタリズム」もまともに選択されたことがないか > ら、それ自身は画期的と言わなければならないが、しかし、その選択 > に「未来」があるとは思えない。 > > 「悪い経済成長や悪い開発に代わって、良い経済成長や良い開発を > あてがうことが問題なのではない。重要なのは、経済から抜け出すこ > とに他ならない」(セルジュ・ラトゥーシュ、『脱成長の道』)。 > > 脱原発宣言をした京都市の門川市長が、ソフトバンクの「メガソー > ラー構想」にのっかり、京都市内に誘致するという。何処かと思った > ら伏見区の旧水垂埋め立て処分跡地の一部(約21ヘクタール)だと > いう。なんと、私の家から桂川をまたいで歩いて10分ほどのところだ。 > > 全国各地で「誘致合戦」が繰り広げられているから(この構造自身 > が列島改造時となんら変わらない!)正式決定となるか未知数である > が、現段階での「明るい未来のエネルギー」が、地元住民にどのよう > な「光」と「蔭」を押し付けるのか、しっかりとウオッチしたいと思 > っている。 > > 京都市、メガソーラー誘致へ 伏見の埋め立て処分跡地検討 > http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20110531000013 |
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多くの新しい動きを見ていると、まだ何を信じていいかわかりませんが、
それでもようやく「脱経済成長」による、新しい流れが生まれていることを嬉しく思います。
これから真の民主主義に向けて、肥満した都会よりも、
過疎で身軽な田舎の方が、新しい社会を築けるのかも知れません。
2011/7/28(木) 午前 11:01