UNEPS国連緊急平和部隊の創設

ジェノサイドに即応する個人参加の「国連緊急平和部隊」創設提案

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以下は、小沢代表が提唱する「国連待機軍」構想(通称「小沢構想」)を紐解く上での一次資料として提示するものです。小沢代表は自民党時代(1993年)から著書『日本改造計画』(講談社)で「国連待機軍」構想を提唱しており、その内容は時代や世界情勢に合わせて変化してきました。その変遷の過渡にあった2003年時点での、小沢代表の「国連待機軍」に対する考え方を示す横路孝弘議員との対談記事から、国連待機軍に関する記載のみを抜粋して、インタビュアーの質問ごとにまとめました。(※強調は当事務所で追加)

出典:
永田町を驚愕させる「原則四項目」
小沢一郎×横路孝弘
民主党の両極、ここに安全保障論で合意する
月刊現代 2月号 2003.12.17
小沢代表の公式サイトより

部隊の性格や運用法

小沢
カナダやスウェーデンも、軍の中に国連向けの部隊を置いています。けれど日本の場合は、もっと分かりやすいほうがいいと、僕も横路さんも思っています。そこで、自衛隊は専守防衛という役割に徹して、自衛隊とは別個に、国連のために用立てる部隊を作ったらどうかということなんです。そうしたほうが日本の場合、より国情にあっているし、分かりやすいだろうとね。

戦術的に見ても、自衛隊と国連待機部隊はそもそも軍の前提が違う。自衛隊は日本の国土防衛だけど、国連部隊は最初から渡洋作戦を前提としているわけでしょう。だから、考え方も装備も違うものにしたほうがいいんです。

国連待機部隊は武装部隊なので、行政的には防衛長官の管轄下に置かれることになるだろうけど、この部隊は「われわれは自分たちの意思であっちこっちに展開したりしませんよ」と明確なメッセージを出さなければなりません。「国連のため、国際貢献のために力添えをします。ただそれだけです」という姿勢を内外に示すためにも、この仕組みがいいと思うんです。

横路
国連憲章を読むと、国連は将来、国連軍を創設することになっている。日本も国連憲章を認め国連に加盟している以上、どういう形かは別にしても、いずれは国連軍に参加していくことになる。そういう将来のことも考えて、組織もそれに対応できるものにしておこうじゃないかというのが、われわれの発想です。

そこで小沢さんとは4つの項目で合意しました(※下記参照)。自衛隊は専守防衛に徹する。国際協力は、自衛隊とは別の組織で対応するという内容で、これは国連憲章の理念にも合致しているし、日本国憲法の前文と第9条をうまく調和させたものだと自負しているんです。だから今日のようなイラクへの派遣は認められないのです。

2000年に国連のPKO活動の見直しを求めるブラヒミ報告が出されましたが、そこでは軍事部門や文民警察部門、医療部門といった専門チームの必要性が訴えられました。東チモールでもそうなんですが、紛争地に新しい政府を作るには専門のチームが必要なんです。

イラク人でもクルド人、スンニ派、シーア派の三つのグループをまとめたイラクの国民政府を作ることになる。だが、これは大変な仕事です。米英占領軍では無理でしょう。国連をあげて協力してもなかなか厳しい。専門の人々が必要だ。中身の議論はこれからしますが、そういう多様な機能を持った部隊にすることも、今後の国際社会で求められると思います。

※補足:小沢代表と横路議員が合意した4項目
(1)自衛隊は憲法9条の理念に基づき、専守防衛に徹する。
(2)日米安保体制は引き続き堅持するとともに、北東・東南アジアの地域安全保障体制の確立を目指す。
(3)国際平和協力は国連を中心に行う。そのため自衛隊とは別組織の国連待機部隊を新たに創設、国連決議等で要請された行動には待機部隊を派遣
(4)国連改革にリーダーシップを発揮。安全保障、核軍縮、軍備管理等を図るための体制強化を行い、国際紛争の防止、治安維持・回復のための国連警察機構創設を目指す。

多国籍軍参加の可能性

小沢
国連に常設部隊があればいいのだけれど、紛争を武力で鎮圧する場合、現状では国連の呼びかけによる多国籍軍しか手段がない。だから、国連決議を経て、多国籍軍参加の要請が日本に来た場合にも対応できるように、あらかじめ自衛隊とは別の組織を作っておいて、参加要請があったときは、その部隊を出せばいいんです。

これは憲法9条が禁じている、国権の発動たる武力行使とは全く異質なものです。国際社会の治安維持、平和維持のためのオペレーションですから、憲法の精神からいっても日本が参加するのは当然だというのが私の考えです。

多国籍軍参加は集団的自衛権の行使に当たらない

小沢
内閣法制局の連中は、「国連のオペレーションであっても、そこに日本は参加できない」と言う。集団的自衛権延長線上で国連の活動を捉えているからです。しかし、国連決議を得たオペレーションと日本の集団的自衛権とを同じレベルで捉えるのは、本当におかしい。

例えば、国の内部の秩序維持のためには警察というものがある。しかし警察官は、個人の正当防衛を行使してピストルを持ち、治安維持活動をしているわけじゃないでしょう?

地域社会の中で、ほとんどの国が国連に参加している。そこにはまだ常設の警察はないけれど、みんなで決めて多国籍軍を組織し、治安を維持する。言ってみれば、それが地球社会の警察です。だからこれは、個別の国の集団的自衛権ではないんです。全員で平和を守る力なのであって、憲法9条にまったく抵触しないんです。

僕に言わせれば、むしろ憲法の理念に適うものです。第一、あまり認識されていませんけど、日本国憲法と国連憲章はほとんど同じなんです。国連憲章にだって、憲法9条と同じように、武力の行使は止めましょうという条文がある。その上で、「だが無法者に対しては、力をあわせ、軍事力を行使してでも鎮圧しよう」と書いてある。日本国憲法には、この条文にあたる規定はないけれど、これは憲法の前文の理念と同じだと思う。だから、9条の法理と国連の平和維持活動はぜんぜん異質じゃない。むしろ憲法の理念に従って、国連の平和維持活動には軍事面であれなんであれ、積極的に関わっていくべきです。

ところが小泉さんは、「(集団的自衛権の行使は憲法上認められない、国連の平和維持活動も集団的自衛権の行使だから日本は参加できない、という)憲法解釈は変えない」と言いながら、自衛隊を海外に派遣し、イラクにも出そうとしている。もしも小泉さんが「集団的自衛権の行使も憲法上許される。生きるも死ぬも、アメリカと一緒だ」と言うのなら、賛否は別として、それも一つの日本としての生き方でしょう。でも彼は嘘ばっかり。兵隊を玩具にして遊んでいるだけ。目先の損得やアメリカの機嫌取りばかり考えながら政治をやっていてはダメなんですよ。
(下)へつづく

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