論理トレーニング問20
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2012、2、3(金)
文章を読解するためには論理の力が必要である。だから誰もが論理的に言葉を聞き話し読み書きしているはずだが、必ずしもそれを意識的にしているわけではない。何かおかしな論理(理屈)に触れたときに意識される程度である。そうであれば初めから論理というものを意識しながら文章を読んでみたらどうだろうか。そうすればおのずと文章も正しく読み取れるようになるだろう。さらに言えば批判的に読むことさえできるようになる。要するに論理力を身につければ読解力も深まる。
その論理の力を鍛えるためには論理的な問題を解くのが一番だろう。問題はすべて『論理トレーニング101題』(野矢茂樹著 産業図書)から引用するが、その本の中の「はじめに」で著者はこう述べている。
「1問やるだけでも、1問やっただけの力がつく。全問やりとおせば、必ずや全問やりとおした分だけの力がつく。ともかく、力はつく。保証する。解説書なんかいくら読んだって論理の力は鍛えられない。ただ、実技あるのみ」
ではやってみよう。
問20 下線部の接続表現「ただし」に関して、その前後で議論の方向がどのように変化しているのか説明せよ。 設問は『論理トレーニング101題』(野矢茂樹著 産業図書)より引用
問題文の出典 下條信輔 『サブリミナル・マインド』(中公新書)
以下の答えと解説は私の考えたものであり、出題者(野矢茂樹氏)による模範解答と解説ではありません。出題者のオリジナル解答・解説を知りたい方はぜひこの本に当たってみてください。
(解説)
はじめに論の筋道を確認しておこう。
現代人の潜在的欲望を探るかぎとしての「差異化」。
↓
今日の(消費における)差異化とは消費の個性化である。
↓
コマーシャリズムは個性化の欲求さえをも画一的消費として取り込んでいる。
さて、問題の「ただし」である。以下は解説と解答を兼ねる。
第2段落の前半部はこう解釈できる。かつては物を売る側にとって消費者の差異化欲求を満たすのは比較的簡単だった。「社会全体に共通する少数の基準があった」からだ。それに対して後半部では、今日では差異化が多様化し複雑化してきているとある。「ただし」は後半部ではなく前半部の内容を受けている。<差異化の仕組みはかつては単純だった。「ただし」今日、差異化欲求を満たして物を売るために商業主義は巧妙な戦略を取っている…>とつなげて読めば違和感なく読める。「ただし」が第2段落の後半部を受けていると考えると論理はまったくちぐはぐになる。
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現代人のシンボル化された潜在的欲望をあらわす「消費」は差異化による自己表現機能にまで多様化、複雑化して来たかに見えるが実は、より巧妙になったコマーシャリズムは「差異化(個性化への欲求)」さえも、大量消費社会に取り込もうとしている。
2012/2/4(土) 午前 7:02 [ かりひ ]
かりひさん、ありがとうございます。
コメントしていただいた上の文章は問題文の正確な要約だと思います。オリジナルの文章よりもわかりやすいですね。
2012/2/6(月) 午前 3:41 [ チー吉 ]