論理トレーニング問24
|
2012、2、8(水)
文章を読解するためには論理の力が必要である。だから誰もが論理的に文章を読んでいるはずだが、必ずしもそれを意識的にしているわけではない。何かおかしな論理(理屈)に触れたときに意識される程度である。そうであれば初めから論理というものを意識しながら文章を読んでみたらどうだろうか。そうすればおのずと文章も正しく読み取れるようになるだろう。さらに言えば批判的に読むことさえできるようになる。要するに論理力を身につければ読解力も深まる。
その論理の力を鍛えるためには論理的な問題を解くのが一番だろう。問題はすべて『論理トレーニング101題』(野矢茂樹著 産業図書)から引用するが、その本の中の「はじめに」で著者はこう述べている。
「1問やるだけでも、1問やっただけの力がつく。全問やりとおせば、必ずや全問やりとおした分だけの力がつく。ともかく、力はつく。保証する。解説書なんかいくら読んだって論理の力は鍛えられない。ただ、実技あるのみ」
ではやってみよう。
問24 次の(a)―(c)に適切な接続表現を選べ。 設問は『論理トレーニング101題』(野矢茂樹著 産業図書)より引用
問題文の出典 三好春樹 『老人介護 常識の誤り』(新潮社)
以下の答えと解説は私の考えたものであり、出題者(野矢茂樹氏)による模範解答と解説ではありません。出題者のオリジナル解答・解説を知りたい方はぜひこの本に当たってみてください。 (解説・解答)
(a)の選択
空欄の前にはオムツの材質・形状のこと、後にはサイズのこと書かれている。材質・形状は「テントの生地でできた大きなチョウチンブルマーのようなもの」とあるから、使い勝手のよくないものとわかる。サイズはどうだろうか。フリーサイズ自体はよいことでも悪いことでもないが、もう少し先まで読むと「大きなお爺さんも、小柄なお婆さんもいっしょ」とあるから、不都合であることが暗示されている。その具合の悪さは(c)以降で具体的に語られる。ここでは材質・形状の悪さに加えてサイズも合わないと暗示されている。したがって答えは「しかも」。(a)欄を検討するのだが、以上の理由で(c)の先まで読んだ方が確実である。
(b)の選択
フリーサイズとはどういうことであるかが(b)の後で説明されている。したがって(b)は「つまり」。ここで私から皆さんに質問です。
筆者は、なぜ、ここで、「フリーサイズ」というだれもが知っている日常語をあえて説明したのでしょうか? ヒント:一般に「フリーサイズ」というものは何かよいことであるかのように思われていますよね。ところがここではそれがあだとなっているんですね。筆者はそれを言いたいのです。
(c)の選択
(c)以降はその使い勝手の悪いオムツをつけた人が立って歩くとどうなるか。それを具体的に述べている。ただでさえ使いにくいのに<おまけに>、という論理である。解答「しかも」
※ このように容易に想像のつくことが述べられる文章中で使われる論理はわかりやすい。同程度の論理であっても、よく知らない分野で使われると途端にわかりにくくなる。それはなぜなのだろうか? |
