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「我が主力を決勝点に集中せよ!」 戦略論、ナポレオン、その他の分野の本を読んだ感想が中心のブログです。

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A・スミス「国富論」読了(上下巻1026頁)。

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1.自分なりの内容サマリー
・分業と資本蓄積によって生産性が向上する。
・価格は賃金・地代・利潤によって決まる。
・労働の結果生み出される労働生産物こそが富である。
・金銀といった貨幣は交換手段にすぎず富ではない。
・なので輸出奨励、輸入規制で金銀を溜め込もうとする重商主義はけしからん。
・国王から得た特権で新規参入を阻害する大商人はけしからん。
・自由な経済活動、自由貿易こそが富を増大させる。
・国の役割は国防,司法,公共施設整備,教育に限るべき。
・国債を発行しすぎると国力が減退する。
・コストのかかる植民地など手放してしまえ。

2.感想
国王から得た特権で新規参入を阻害する大商人という既得権益層vs自由な経済活動を唱えるA・スミスみたいな人。200年経った今も同じようなこと繰り返している。これは進歩がないとかいうことではなくて人間というのはそういうものなのかもしれない。

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外国語で考えるほうが合理的か。

母国語ではなく外国語で考えるほうが合理的判断ができるかもという話。

60万人を死に至らしめる病気の対策に、1)20万人の命を確実に救える薬を開発するべきか、2)33.3%の確率で60万人全員の命を救えるが66.6%の確率で一人も助からない薬を開発するべきかという質問をアメリカ人の学生にしたところ、80%以上の学生が1)の選択をした。ところが1)の選択肢を40万人は死ぬと表現を変えたところ、1)の選択肢を選んだ学生は47%まで減少したという。どちらの場合も1)の事象は客観的には変わってない(期待値は変わってない)にもかかわらずである。

このような「人間は得をする場面ではリスクを回避しようとし、損をする場面では リスクを大きく取ってしまう傾向がある」という意思決定の傾向は「プロスペクト理論」と呼ばれている。

ところが面白いことに、日本語を外国語として学んでいるアメリカ人の学生に同じ質問を日本語でしたところ、1)の表現を変えたところで、1)の選択肢を選んだ学生のパーセンテージは変化しなかった、つまり期待値の評価は変化しなかったという。

この実験結果から、外国語で考えている場合には母国語の場合の直感的・本能的な思考を排して合理的・論理的な思考をしているということが考えられるという。

何か言われてみればそんな気がする。

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印紙税の起源。

印紙を貼ってない債務証書は無効であると定めることで、金銭貸借のような日常的に大量に発生する取引に対して効率よく間接的に課税しようとしたことが起源らしい。税金を徴収する優れた仕組みということで17世紀のヨーロッパであっという間に広がったらしい。アダム・スミス国富論(下巻450頁)に書いてた。

何で契約書や領収書に印紙を貼るのか不思議だったが、起源はこういうことだったわけか。納得。

「○○がないと無効とすることで間接的に課金する」という一般命題に抽象化したら応用が効きそうなアイデアだな。起源が税金というのが微妙だが。

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戦略の定義集。

「戦略論の古典を読むぞ計画」で半年かけて読んだ本から「戦略」の定義を抜粋してみた。なお、孫子、マハン、ドゥーエは、戦争についてHowの観点から論じており、Whatの観点からは立論しないので、定義は特にしていなかった。こういった考え方の違いも面白い。孫子は時代も場所も他の軍事思想家と異なるから当然ではあるが。

クラウゼヴィッツ戦争論
「戦争目的を達成するために戦闘を組み合わせる活動」

ジョミニ戦争概論
「図上で戦争を計画する術」

モルトケ
「所定の目的達成のために軍人に委任された諸手段の実際的適用」

リデルハート戦略論
「政策上の諸目的を達成するために軍事的手段を分配し適用する術」

これらの定義によると要するに戦略というのは戦力をどう使うかという話だから、ナポレオンによる『戦術の要訣は、「どの場所に、いかなる兵力を、いつ、投入するか」を判断するにある。』という言葉のほうが理解りやすい。

では、その判断をどうするかであるが、『わずかな例外は別として、数の優勢な方の部隊にこそ勝利は保証されている。それゆえ戦術は、闘おうと思う地点に赴いた時、どうすれば敵軍より数においてまさっていることができるか、ということを考えるに在る。君の軍隊が敵の軍隊よりも数において少ないならば、敵にその兵力を集める暇を与えず、移動中の敵を襲撃するがよい。そしていろいろな軍団を巧みに孤立させて、それらの孤立させられた軍団の方へと迅速に赴き、いかなる遭遇戦においても君の全軍を敵の数箇師団に差し向けることのできるような具合に機動するがよい。こうすれば敵軍の半数の軍隊をもってしても君は常に戦場では敵よりも強いであろう。』と言っている。

つまり、”戦場での相対的優位を作りだすこと”と言っている。

もともとナポレオンは原理や大戦術という言葉は使っても戦略という言葉は使わなかったのであるが、20世紀になって戦略という言葉は、国家戦略という国家レベルの概念となったり、さらには企業戦略という戦争とは全く関係ない商売の話にも使われるようになり、いろいろと難しい定義がされたり、カタカナ用語と組み合わせた言葉が粗製乱造されているが、もともとは単に「戦場での相対的優位を作り出すために戦闘力をどう使うか」といった意味でナポレオン以降の軍事思想家に使われていたことになる。

「戦略」というのは、議論の混乱を招きがちな言葉なので、そもそも何だったのかということを考えてみた。

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アダム・スミス「国富論」(下巻)で印象に残った一文

アダム・スミス「国富論」(下巻)で印象に残った一文。

『(アジアとアメリカの)発見の時期にたまたま、ヨーロッパ人は圧倒的に強い力をもっていたため、遠方の国で、何の処罰を受けることなく、正義にもとる行動をあらゆる種類にわたってとることができた。おそらくは今後、これらの国の住民はもっと強くなり、あるいはヨーロッパ人の力が弱まって、世界各地の住民が対等の勇気と力をもつようになると思われる。(下巻214頁)』

自由貿易の効用を説く中で出てきた一文なのだが、236年前のヨーロッパ人がアジアやアメリカの先住民に酷いことをしたとちゃんと認識していたことにちょっと驚いた。アダム・スミスが進んでいただけかもしれないが、当時のヨーロッパ人のこういう発言にはとても新鮮な印象を受けた。

とはいえ、その後ヨーロッパはアジアの植民地化をさらに容赦なく進めるし、アダム・スミスが論じたようにアジアが「もっと強くなり、」ヨーロッパを初めて打倒するには、129年後のわが国日本の日露戦争の勝利までかかっているからとても壮大な話だ。

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