ルノワール『雨傘』
|
今回、ご紹介する絵は、ルノワールの作品。『雨傘』 ルノワールの名画において、ルノワールらしさに乏しい絵かも知れません。 毎年、いろんな種類の手帳やカレンダーが出たりもします。 生涯で描いた作品数も多く、4000点に上るとまで言われていますが、 その正確な数字は、よく分かっていません。 前回紹介したフェルメールの生涯作品数は、30数点。 もっともフェルメールは、極端に現存絵画の少ない画家さんではありますが。 多くても少なくても、正確な作品数がよく分からない。というのも、 皮肉な気はします・・・。 ルノワールは、画家としての活動期間も長く、 磁器工場の絵付け職人(見習い)時代から死ぬまで、 65年に渡り、絵でメシを食っていたことになります。 ちなみに、今わの際に残した言葉が、 「ようやく、何かを掴みかけている。私はもっと上手くなる」 だったそうです。スゴイ人です。 こういった、長く絵筆を取られている画家さんには、 ただ「上手い」だけではなく、画家の人生を語る上で、 鍵となる作品。というモノが出てきます。 この『雨傘』も、そんな鍵の一つではないかと思うのです。 ルノワールは、印象派と言われる画家さん。 サロン(パリのアカデミーによる、公式展覧会)への落選を機に、 落選者の有志で開いた展覧会。後に『印象派展』(1874年)と呼ばれる展覧会へ出品。 この展覧会の誕生は、アート史に残る一つの事件だとは思いますが、 それはまた、別のお話。 で、1870年代後半に差し掛かると、 「印象派・ルノワール」としての、一つの完成形が見えてきます。 優しい質感と、木漏れ日のような陰影。 ルノワールが日本人に愛される所以。がそこにはあると思うのです。 そして、1879年『シャルパンティエ夫人と子どもたち』がサロンで評価され、 彼は、富と名声を得たようです。なお、シャルパンティエ夫人とは、 当時の出版業者の経営者の奥様で、政財界にも顔の利く人でした。 絵画というのは、「どう描いたか?」よりも、「誰(何)を描いたか?」が、 評価される時代でもありました。 実際、ルノワールの作品の評価が、そういった政治的思惑によるものかどうかは、 推測の域を出ません。しかしながら、「観る人の感性以外の何か」が、 「作品の評価に影響を与える。」というのは、いつの時代でも どんなジャンルの作品にもある事。というのは、事実だと思います。 さて、話戻りまして、世間的な評価の高まるルノワール。 と・こ・ろ・が! 1880年代より、彼は「印象派の表現」に疑問を持ち始めます。 満ち足りた生活を善しとせず、己が芸術への探究心のため、 作風に変化が出てくるのです。 そして、今回の『雨傘』が描かれ始めたのが1881年。 しかしながら、絵が完成したのは1885年と言われています。 生涯に4000点以上の作品を残したとは思えないほど、遅い筆。 彼に何があったのか? 彼はそう、イタリアに行っていました。 とは言え、4年間もイタリア留学していた。というのではなく、 印象派の表現に行き詰った彼は、1881年にイタリア旅行をしています。 そこで、ルネサンスの巨匠・ラファエロや、そのラファエロを敬愛していた、 新古典主義のアングルなどの作品を観て、非常に感銘を受けたようです。 その影響で、色調の変化だけで、ぼやけていた背景と人物の境界線が、 くっきりと描かれるようになりました。 この1881年『ルノワール、イタリアへ行く』という出来事は、 ルノワールファンなら、抑えておくべき出来事です。 ちなみに、1881年と言えば、ルノワールは丁度40歳になる年でもあります。 そしてこの、『雨傘』はそんな過渡期に作られた作品。 自分の絵の変化に、迷い苦しみながら描かれたのか、 試行錯誤しているウチに、物置へしまい込んで忘れていたのか、 それは観る人が感じれば良いでしょう、真実は知る由もないです。 ルノワールの魅力である、温かい陽光は無く、 左の女性が、この絵の主人公となる。庶民の娘です。 当時、帽子は紳士・淑女の必需品で、傘は富の象徴でした。 この女性には、どちらもありません。 そしてこの女性のモデルは、ルノワール当時の恋人(後の奥様) アリーヌ・シャルゴであると言われています。 傘を持つ、身なりの良い紳士が、帽子の無い女性に声を掛けようとしています。 しかし、女性はそこを立ち去ろうとしています。 もしかするとこの絵は、名声は得たが描くべきものを見失った、 ルノワール自身の、心の葛藤を表しているのかも知れませんね。 随分と長い記事になりましたが、 数あるルノワールの名画の中で、 敢えて、ルノワールらしさの乏しい絵を選んだ理由が、 お分かり頂けたかと思います。 最後に、彼の名言をいくつか 「楽しくなければ、絵なんて描かない」 「芸術は愛らしくなければならない、世の中には不快が溢れている」 「もし、婦人の乳房と尻がなければ、私は絵を描かなかったかもしれない」 ルノワールの絵が、優しい色彩に溢れている理由が、 分かる気がするお言葉でした。
|

