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 修験道 その3  塩沼亮潤による大峰千日回峰

 比叡山延暦寺における千日回峰行は、NHKが酒井雄哉の行を密着取材したので知らぬ人も少なかろう。

 それは比叡山の獣道で7年間、1000日にわたって行う。年に100〜200日、深夜2時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と260箇所で30〜40 km を拝礼して歩く。

 その後、堂入四無行という9日間、飲まず食わず、横にならず、眠らず不動真言を唱え続けるという、人体の限界を完全に超えた凄まじい苦行が待っている。
 
 生き延びる可能性が五割しかないと言われる恐ろしい行を無事に超えれば、さらに京都市中を100日間、一日84Kmも歩かねばならない。

 待ちかまえた数千の信者全員の頭に降魔の数珠を当てながら歩き回り、睡眠時間は二時間ほどであるという。

 こんな内容を知っただけで恐ろしくなるのに、視聴者がさらに衝撃を受けたのは、途中で行を続けられなくなったときは自害するという厳格な掟である。

 そのための首吊り用の「死出紐」と、切腹用の短剣、死体の後始末埋葬料10万円を常時携行する。蓮華の蕾をかたどった細長い笠をかぶり、白装束、草鞋履きで行う。

 我々がテレビ番組などを通して千日回峰行者について知りうる知識は、いつでも成功者(満行者)のものだけである。

 行に失敗して自ら命を絶った行者が、どれほどいたのか?
 彼らのその後の運命、遺体がどう扱われたのか?
 関係者は厳格に口外を許さず、知ることもできない。

 医学的常識から考えれば、この行は、栄養失調をもたらし疲労骨折をもたらすレベルであり、もし、そうなれば掟によって自決しなければならないのである。

 失敗者の情報は、どこを探しても見つからない。
 実際に、山中で急病になったり疲労骨折して自殺を強いられた行者、堂入中に急死した行者は成功者の数倍もいるに違いない。
 
 それなのに、彼らの死は、その瞬間に、それまでの行の記録とともに、存在そのものが消されてしまっている。

 我々が見ているのは、その輝かしい成功者だけであって、隠された失敗者たちの姿を知る者は叡山の極一部の関係者だけであろう。
 彼らは黙したまま決して語ろうとしない。

 叡山では叡南祖賢から釜堀浩元に至るまで戦後14名の行者が知られているが、失敗して消えた者が、どれほどいるかわからない。名前さえ分からない。
 たぶん、成功者の数倍もいるはずの彼らは千日回峰行にチャレンジした記録そのものさえ消されてしまっているのである。

 「苦行」というのは世界中にある。
 チベット仏教でも五体倒地巡礼という苦行があり、インドネシアやタイ、トルコでも信仰を示すため自分を傷つける苦行が知られているが、苛酷という意味では千日回峰行は世界のトップをゆくものである。

 元は、中国の五台山で各峰の巡礼修行から行われていたものらしい。その行を密教関係者が日本に持ち帰った。
 それは叡山を開いた最澄だったかもしれない。

 叡山千日回峰行は、平安時代に相応という修行僧によって延暦寺で始められたものだが、詳細な記録は、織田信長による延暦寺焼き討ちによって資料が失われ、不明なことが多い。

 これを行うのは叡山だけではない。吉野にある修験本宗でも行っている。


 奈良県吉野にある修験本宗総本山金峯山寺。国宝、蔵王堂で有名な役行者を開祖とする寺だが、ここの「千日回峰行」は、叡山のものより厳しいと言われる。

 もっとも叡山は堂入後の京都大回り一日84Km があるので、トータルでどちらが厳しいかという比較は無理だろう。
 どちらも人間業ではない。

 大峰千日回峰に挑んだ行者の名は、塩沼亮潤という。
 彼は、テレビで見た酒井雄哉の行に衝撃を受け、自分もやり遂げたいと小学校のときに決意したという。

 実家は、酒やギャンブルに狂って母親に暴行するような愚かな父親がいて、たまらず離婚した後も、母と祖母の三人家族で、とても口に出せないほどの貧しい生活を経験した。

 普通なら貧しさのなかでグレそうな環境だが、彼は逆に世間の誰もがなしえないほどの困難な苦行を行うと決意した。
 アルバイトをして金を貯め金峯山寺に向かった。
 それが叡山ではなかった理由は、大峰の方が、はるかに苛酷であると思えたからだという。

 4年間の小僧生活=来る日も来る日も掃除ばかりで、学問さえ教えてもらえない苦しい日々を数年間も経験させられた後、寺は資質があると判断された者に回峰行を許可する。

 大峰山、山上ヶ岳、1719mの頂上に向かって、160mの蔵王堂から48Kmの道のりを往復する。
 前夜11時半に起床、夜を徹して数百カ所で祈祷しながら歩き、山頂に着くのが午前8時半、寺に帰るのが午後3時すぎ。山中を1日48km、年間およそ120日、9年の歳月をかけ、1000日間歩き続ける。
 このとき履く地下足袋は三日しか持たない。

 人間の能力をはるかに超えた荒行中の荒行である。たとえ病や怪我、雷や嵐の日であろうと、行半ばで辞めることは許されない。
 死出の旅を意味する白装束に身を包み、迫りくるあらゆる困難に耐え、ひたむきに歩き続ける。

 道中には国立公園に指定されてるほどの未開の大森林であるがゆえに、マムシや熊やイノシシなど人に危害を加える生物も多数生息していて、深夜の回峰行に障害物として登場してくる。

 私は、東海アマブログ「修験道路の山旅」に記したように、1991年に近鉄吉野駅から大峰本峰を熊野に向かい、前鬼に降りてバスで帰宅する山旅を行ったことがある。

 このとき大峰千日回峰の全行程を経験しているはずだが、公開された動画で見た光景はまったく違っていた。
 私の知らない岩壁や獣道が行者とともに写っていた。
 どうも行者道は、私が歩いた地図上の道ではない別の獣道を利用しているように思えた。
 塩沼が行を開始したのは、ちょうど私が行った年だが、もう山が冬期閉山していたので出会うこともなかっただろう。

 大峰千日回峰は開山1300年の歴史のなかで、二人の満行者を排出した。

 最初の満行者は柳沢真悟氏で、2017年現在69歳、金峰山寺成就院住職。約40年前に行を成就している。
 塩沼が行に入ったのが1992年だから、柳沢は40歳代で円熟した指導僧だったはずで、
 塩沼の回峰行に父親のような先達として多くの指導を行ったはずだが、なぜか塩沼は柳沢について触れたがらない。

 行の回想録がたくさん公開されているが、柳沢との関わりについて黙したままだ。
 穿った見方だが、二人の関係に何か特別な軋轢があったように思える。
 
 塩沼は行489日目に100%死を覚悟しなければならないほどの体調不良に見舞われた。
 食べても、すべて下してしまい数日間で体重が10Kgも減った。意識が朦朧とし、装束も忘れて飛び出し、ついに山中で意識を失いかけた。
 人生最大の危機をどうやって生き延びて行を捨てずにすんだのか? 塩沼自身もあまりよく分からない状態だったようだ。
 
 そもそも、朝昼は副食もない小さなおにぎり二つだけで、数十日後には栄養失調から爪がボロボロに割れた。小便は血の色に染まった。
 叡山回峰行でも同じだが、栄養不足のまま、これほど苛酷な長時間の激しい歩行運動を続ければ、ほとんどの人が膝下の疲労骨折を起こす。
 歩行中、脛や橈骨がポキンと折れてしまう。

 マラソン選手、それも世界的レベルの選手が次々と疲労骨折を起こしている。高橋尚子、野口みずき、卓球の福原愛もだ。
 運動の意志に対して体がついていかない。激しい訓練に気づかぬうちに骨がやせ衰え、ある日、運動中に折れる。

 選手たちは病院に入って入院してれば治るが、回峰行者は、その瞬間、行からの脱落を悟り、自らの手で命を絶たねばならない運命を強要されているのである。

 塩沼は運動生理学の基礎知識があったようで、そうした自分の体調のために、唯一、まともな栄養の摂れる精進夕食で必死になって栄養を確保したにちがいない。
 僧に許される精進食では大豆くらいしかタンパク質やカルシウムがないので、豆腐や湯葉をたくさん食べたのだろう。

 叡山では二食しか許されないので、酒井雄哉の食事は、うどん、豆腐、ジャガイモなどであった。
 それでも連日連夜の苛酷な行に対応できるような食事内容ではない。

 行者は食事からだけ栄養を摂取しているわけではない。
 栄養学関係者が叡山の行者食から割り出したエネルギーや栄養素を計算すると、行の数分の一以下しか食事で補填できないという結論に達した。

 それでは、どこからエネルギーを補給していたのか?

 「霞を食べて生きる」
 これが昔から言われた行者の食である。

 2010年、チリのコピアポ鉱山で起きた落盤事故では、33名が69日間、坑道に閉じこめられ無事救出された。
 このとき、彼らが口にすることができたのは三日に一度の一匙のツナとクラッカー半分だけであったが全員元気だった。

 森美智代さんという鍼灸師の女性は1日青汁1杯(50キロカロリー)で16年間仕事している。栄養学では1日2000キロカロリーが必要量とされていて、彼女はその40分の1にすぎない栄養で痩せもしないで驚くほど元気である。

 インドのヨガ行者、プララドジャニ、83歳は70年間飲食物一切取らないで生きている。排泄もしていない。
 学者たちがチームを組んで調査したが、正常であることがわかった。

 こうした例を見れば、人類はどうやら食事以外の方法でも栄養を摂取できる可能性があり、千日回峰行者たちは、そうした境地に達して歩きながら「霞を食べて生きる」方法を身につけない限り、行を成功させることができないようだ。

 塩沼は死を覚悟するような食中毒(あるいは毒物中毒?)以外にも、行の大半で苛酷な障害に見舞われている。

 まずは膝に水がたまり両足が腫れ上がった。これは私も経験がある。私の場合は膝痛風から来たが、もの凄い激痛で、とてもじゃないが歩く意欲など起きない。
 一歩も歩けないはずの激痛を押して塩沼は48Kを歩いた。

 次に虫歯になり、水を飲んだだけで激痛を感じるようになった。
 塩沼自身の言葉を借りれば
「百日の行のうち、五体満足は1〜2日だけ、後は悪いか最悪かだった」

 これも医学的常識を逸脱していて、普通の人なら完全に絶対安静の入院を宣告されるレベルで苛酷な行を遂行した。
 歩きながら体を治した。

 これも私は経験がある。長丁場の山中で同じような事態に見舞われたことがあった。
 私は気功をやっていたので、痛い部分に掌から気を当てているうちに痛みが遠のき、歩き続けることができた。
 
 酒井雄哉は、イノシシに襲われ化膿した足の親指を自らの刀で切り裂き、気を失った。
 その後、意識を取り戻し、死出紐で傷口を縛り歩き続けた。

 こうなると、もう医学の世界で推し量ることなど不可能で、絶対意志の世界である。
 人の意志は科学的事実よりも上位にあると考えなければ絶対に説明がつかないのである。

 こうして凄まじい苦行を数百日も堪え忍んだ後に、誰も想像もできない恐ろしい行が待っている。

 一切の食物、水を断ち、眠らず、横にならず、9日間、堂にこもり真言を唱え続ける「四無行」である。

 「生き延びる確率は50%」
 塩沼が明言しているのは、事実、そうだったからだろう。
 途中で死亡した行者は、歴史から葬りさられることになり、どこを探しても記録が出てこない。
 
 行が始まれば、それは死神との格闘になる。

 あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、線香の灰が折れて落ちる音さえも聞こえたという。
 三日もすれば体中から死臭が漂うという。そして瞳孔が開きっぱなしになり、意識は遠く飛んでゆく。

 介添えの僧たちは「亮潤さん、亮潤さん」と何度も激しく呼びかける。反応がないからだ。
 このとき塩沼自身は「なんで騒いでるんだろう」と不思議に思っていたという。
 そして自分の姿を体の外側から見た。

 このとき霊肉離脱が起きていた。魂が肉体の数十センチ上から自分を見下ろしていることに気づき、塩沼は「戻れ!戻れ!」と必死に肉体に戻ろうとした。

 この幽体離脱と呼ばれる現象は、交通事故や大手術などで死線を彷徨った人がよく経験する現象で、高木善之氏やビートたけしが事故のときに、そうなったと証言している。
 人は死に限りなく近寄るとき、離脱を起こすのである。

 酒井雄哉は堂入で霊肉離脱を起こし、自分の霊がアメリカの空を飛んでいることを確認したという。
 これを起こさないですむ行者はいないだろう。

9年にわたる、千日間の苛酷という表現すら甘すぎるような行を成就すると「大阿闍梨」という称号を与えられる。

 満行の大阿闍梨たちは、口をそろえるように自らの行った行について謙虚な発言しかしない。

 酒井雄哉は「千日回峰によって得られたものは何もない。ただ行を行って今の私がある」
 と静かに述べている。

 塩沼亮潤も酒井の言葉に似た感想を述べている。

 「特別なものなどない、人間は皆、平等である。この地球に生まれ、空気も水も光も与えられていることを感謝しなければならない。夜空の星の数は人間が一生かかっても数え切れないほどある。それを考えたならば、もっと心豊かに生きていかなければならない。
 目の前にいる人を大切にすること、これが人生なのだ」

 回峰行が行者たちに与えた真理は「どんなに修行しても特別な存在にはなれない。ただ、人への感謝によって自分が生かされているのが、はっきり見えるようになっただけだ」
 ということであった。

 江原裕之は、千日回峰に対して文句をつけている。

 「体の不自由な人が阿闍梨になれないというのはおかしい。彼らこそ、千日回峰と同等の苦行を毎日行っているではないか?」

 たぶん、酒井も塩沼も、同意するのではないだろうか?

 塩沼は僧とは思えぬほど明るい性格で、いつも人を笑わせている。
 塩沼は満行後、山内での約束された高い地位に見向きもせずに故郷仙台に帰り、支援者の協力を得て秋保温泉の近くに滋眼寺を創設した。

 そこには独身の塩沼目当てか、若い女性たちがたくさん集まってくる。彼女たちが塩沼を見る目は、まるで全盛期のタイガーズ、沢田健二を見るように恍惚としている。

 人に慕われるという意味で、これほど人気のある人も滅多にいないだろう。
 千日回峰は、塩沼から、すべての虚飾を剥いで生身、真実の人間性だけにしてしまったように思えるが、私には、回峰行が失敗者を消し去ってしまっている現実が、何か大きな虚構を生み出してしまっているように思えるのは杞憂だろうか?

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