空の気持ち

空から見たすべてはどんな風に映っているのでしょう

身体・調いの学び

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当たり前かもしれないが・・有難いことなのだよ・・。

癒しが起これば


癒しが起こった時何かが変わる。

さまざまなぶつかりはこの世界が癒しのない世界だとかんじているから・・?

癒しは起こっているのにそれを感じることを忘れているから・・?



癒しとは一つの感動。


身体が治ることは当たり前と思うかもしれない。


だから治った事にとくべつ感動する事もない。


しかしそれではほんとに治った事にはならない。


治ることに心が動いた時ほんとうの癒しが始まる。

感動の心が動いた時にほんとうに治ったと言える。


身体の痛みが消える事が治った事ではない。

それに感動する事が出来たことが重要なこと。



人は身体の芯に触れることはそうそうない。だがそれに触れる事が出来ると何かが変わる。感動とはその芯に触れる事。

感動できる心が、癒しを呼び、治癒の意味を探る・・。



その治癒は当たり前かもしれないけど、有難いことなのだよ・・。それに気づいて・・。



ほんとうの癒しにみなが気づく時が来る・・。


癒しが人々を変えるのかもしれない・・・。



そんな気がする・・・・。

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もっとも大切なのは呼吸

呼吸は安定していますか


さて毎日のブログ更新は短い瞑想から始まります。

1〜2分目を閉じて頭の上に浮かんだ文章を探します。

今日はこの言葉でした。(呼吸は安定していますか)。


さまざまな思いで人は生きていますが、自由に思い生きられると感じている人はどのくらいいるでしょうか。

好きなことさえ見つからず、人を押しのける事が普通になり、それでも幸せを追い・・。

そんな日々の中自分はという感覚は消え、人しか見えなくなり、自分を感じる事が出来ずにいる。

自由で在るはずのことが何かに振り回され、心の中は幸せが基本なのに、誰もそれを伝えず。

闘うことばかりを教える。

これらの不安定な感情はどこからくるのでしょうか。


思い方を変えれば物事は動くといいます。

心は力を持ち、それは見えない力となり働きを呼びます。

たしかにそうです。

しかし、思い方こそ自由でなければなりません。

思い方を、良い方向に導くには至難の業です。


もっとも大切なものがあります。

それは呼吸を見る事。

呼吸の安定を大事に見る事より大切なことは在りまあせん。


子供が悪さをした。仕事で失敗をした。友だちとケンカした。人が嫌いになった。・・・

そんな出来事を時が解決してくれるのに身を委ねてきました。

しかし時はその事象を癒しますが、その原因を癒してはくれません。

唯一それを癒すのが呼吸の安定。

自分の呼吸の安定に目を向けて下さい。

呼吸はゆったりと安定していますか。していなければゆっくりと呼吸を感じて安定するように務めて下さい。

この呼吸が、思い方、考え方を自由に解き放ち、癒しに導いてくれます。

呼吸を神聖に捉える事が出来たなら、さまざまな自由は蘇り、ぶつかりは消え、心は幸せを取り戻すと感じます。

そんな直感でした・・。

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元気と繋がる

元気ですか。

この言葉は日常の挨拶としても交わされます。

これは相手の身体を気遣う心配りの言葉でもあります。

その気遣いに対して、はい。と素直に応えたいものです。

しかし実際は・・実はね・・とか言ってしまったりします。
そういった方が心配をしてくれるし、優しくしてくれると思ってしまうのです。

本当に大変な時も在りますけどね・・。

それでも普段から元気という意識を大切に感じていますと、そういう反対言葉は使わなくなるものです。

元気という言葉は、根本の気、天地の気、と通じているかという問いです。

つまり元気は、その人の身体の中の事だけではなく、気の繋がりを案じているのです。


どのようにしたらそういう気と繋がり、元気でいる事が出来るでしょうか・・。

それを私も探し求めています。

そして少しずつ分り始めてきています・・。


○自然を感じる事

○相手と自分を感じる事(相手だけではなく自分も)

○身体の内と外は繋がっていると気づく事

○身体をリラックスさせる事

○怒った時に後で反省する事
出来たら怒りたくない

○笑顔を相手に与える事


これらは少しずつ体感的に、メッセージ的に感じた事です。

もっといろいろありますが、今頭に浮かんだ事がこれらです。


それともう一つ、関わりの中で、否定から入らないことです。

先ず通して見る・・壁ではなく。
それから発進しても遅くはないと感じます。


それにリラックスも大切です。
もうそれは常識になっていますね。
しかし実践はあまり出来ていなかもしれません。

リラックスはいがと難しいから。

でも心掛ければ簡単です。
呼吸を吐く方に少し意識を心がけます。
何か緊張が在った時に、ふ〜っと吐くのです。
そういう風にしていると自然に肩の力が抜けます。

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身体の力が解放されると、心が働きます。
心が働くと。相手を優しく見る事が出来ます。
相手を優しく見る事が出来ると、自然を愛おしく見る気持ちが生まれます。
すると知らずうちに元気と繋がります。






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調いの学び・・

そもそも身体は調うようにできているのか・・


身体が健康になる事は何より変えがた事で在る。

しかしその健康という状態がみな同じとは限らない・・

むしろ違う。


人によってはそこそこ風を引くぐらいがちょうどよいという人もいる・・

何か表現をする事が在ったとして、身体の状態がやや不安な時のほうが力を発揮する場合も在る。
逆に完璧な身体の仕上がりの時のほうが、つまずいたりしてしまうことだってある

もちろん身体の状態が大きく傾いたりする事はよくない。

そこそこバランスがとれた状態、たまに風邪をひいたり、熱が出たりがよいのかもしれない・・。



私は身体を治す事が専門ではない、見る事と感じる事動く事から物事を捉えたいと感じている。

その人にはその人の健康、身体が在る。
その身体の力を見抜く事が出来たら、動きが冴えるのかと思っている。

例えば相手が、顔色悪そうな時にそれを伝えると、そんなことないさ、元気だよ。
そう・・その人には元気なのだ。
顔色が悪いって・・大きなお世話かもしれないのだ。

健康にしようしようと思えば思うほど、それは恐れを生むかもしれない。
その恐れこそ身体の力を奪っている。

怪我をして元気が出る人もいる。

普段体調が悪いのに、怪我をしたらその拍子に体調の悪いのが抜けたとか。

私の体感では、頭痛の時にどっか足とかぶつけたり、転んだりして、気づいたら頭痛は治まっていた。

いっぱい身体を悪くするとなんか、運が悪いんじゃないかとか、自分の運命をのろったりするかもしれない。しかし実は身体はよく出来ていて、大きな中心な不調を軽減している可能性もあるのではないか・・
そんな風に感ずる。

それは他の要因とも繋がっている。

ただ捉え方を恐れに持っていくと、不調は改善から遠くなる・・。

捉え方感じ方を鍛えたほうが自分の身体が良く分ると思う。
そして自分の健康が分る。みんな人に健康を決めてほしいみたいだが健康は自分で体感したい。
病院に行って、私って健康ですか・・。
お医者様が健康だよ!って言うとホッとする。その逆は・・。
冷静に考えたら・・あたりまえのようだがなんか変な感じがする。

もちろんお医者様に行って健康を診断していただいて安心する事は大事な事。

ただ自分の身体の感覚が分らなさすぎると、全て頼ってしまうのは、自分であって自分でないような気がする・・。

最近の私の身体の事で言えば、昨年9月に腰を痛め、それはもう、気を失うような痛みで、気合いで失う一歩手前で耐えました・・・。

ひと月ぐらいはまともに動けませんでした。

それでもその時の動きは芯が在り、力強かった気がします。

それからの身体のほうが動きが変わり、切れが良かった。

身体が調うというのは、全てがきれいに正常になるというより、身体がその時の自分の状態を察知して、ちゃんと怪我させたり、病気させたりして、それを乗り越える状態が調いなのかもしれない・・。
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写真は木と一体になる動きをしているとこ・・。

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イメージ稽古

私は稽古が出来ない時も頭の中で稽古をしている。

イメージトレーニングというのが在る。

一般のそれがどういうものかは詳しくないが・・。

技を考えるときはかなり深いイメージをしながら組み立てている。

ありありと実際に身体に触れているようにイメージをする。

例えば触れの稽古は、一人で所作をしながらイメージして稽古をする。

それを実際に稽古でやってみると、ほぼイメージ通りになる。
今までこのイメージと実際が、あまりずれたことがない。

思いと動きが一致しているとイメージは疑似体験ではなく、リアルになる。

この思いと動きを一致させる事がポイントだ。

思いは勝手に先走りする。
それを先走りさせないために身体を使う・・。

今このイメージ稽古で研究しているのは、手首の触れ、と腰の容れ、である。

今身体で重要なんじゃないかなと思っている個所が、手首と腰・・。

手首を上手に操作することで体全部に力が出るのではないか・・
そんな研究稽古である・・。

それと腰・・。

腰をある方向に触れて筋力を繋げると、芯に力が生まれる・・。

これを毎日イメージ稽古している・・。

実際に人と組んで行うとイメージ通りの感触だ。

ただイメージ稽古はそれが本質に迫るものではなく、あくまで入り口にすぎない。
イメージの先には体感が在る。
実際に体感する事により、イメージしたものを、より先に進ませてくれる。
体感はさらに先へと導いてくれるのだ。





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開設日: 2008/12/9(火)


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