かめ君のブログ

楽しみは我が心のうちにあり

吉田松陰を継ぐ・丁巳幽室文稿(74−3)

詩経の難しさを嘆いています。

「清太に与ふ」続き

北風篇、詩中「既に亟(すみやか)なり」とは、(衛の国が)乱れ禍が既に近づいてきていると言う事である。朱熹の集伝は詳しく説明されていない。
静女篇の第二章、(朱熹の集伝中の言葉)「是に於いて則ちこれを見る」と言う言葉が理解できない。末章まで見ても「これを見る」の意味がわからない。
詩中にある彤管(とうかん・赤色軸の筆)はどう言う者か詳細が書かれていない。この詩をもって、(始めて筆を作ったと言う秦の将である、)蒙恬(もうてん)以前にすでに筆があったという証拠であるというのは強弁である。但し詩経の毛氏の伝には、明らかに女史彤管の法策が述べられている。すなわちこれもまた考拠の一助となろう。
詩中、「汝の美なるが為めにあらず」とは、前の章の「汝の美をよろこぶ」をうけて言うのであるから、ただ汝の美しいだけでなく、汝からの贈り物もまた美にして優れたものであるというのだ。朱伝においては、汝は荑(つばな)を指して言う。僕は特にこのところがよく分からない。

新台篇、「洒は高峻なり」とあるが、毛伝にはすでにそうなっている、実に奇解ではなかろうか。また「魚網に鴻かかる」とは「雉鳴きて牡(おうし)を求む」と同様の言葉である。実に奇語ではなかろうか。

二子乗舟篇、伋と寿は同じ舟で出発したのではない。しかし二人あわせて舟に乗るというのは疑いなきにあらず。岡白駒はすでにこの事を述べている。史記の太史公の賛に「父の志に傷をつけることをきらう」とは、その志を許したのである。しかし「既に死亡す」とは、その行為を惜しむからである。(司馬遷は)あげたり、さげたりしたが、言うところ世子の義をいっているのであり、一つの結論として韓愈の「伯夷の頌」の原典・原点である。この韓愈の文章を精読すれば、おのずから現れてくる。

昨日の会、論ずるところは大体右の様であり、みな字句の末事を論じた。ただし北門と北風の篇においては、反覆しても解釈できなかった。
(続く)


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