大阪市中央区久太郎町4−1−11 にあります。
南 御 堂 (難 波 別 院)
1595年(文禄4年)、本願寺第12世(真宗大谷派初代)教如の創立で、1602年(慶長7年)に京都・烏丸六条の地に東本願寺が建立されるまでは、当寺は同派の本山であった。京都に東本願寺が建立されて以後も、大坂における同派の第一の拠点寺院として商人をはじめとする同地の門徒の篤い崇敬を集めるとともに、「南御堂」、「難波の御堂」と称されて、広く人々に親しまれ現在に至っている。大阪市内の中心を南北に走る御堂筋の名は、南御堂と北御堂(浄土真宗本願寺派の津村別院)とを繋ぐ道であったことに由来する。
もとは1714年(正徳4年)建立の二重屋根の壮大な本堂(京都の本山真宗本廟〈東本願寺〉の現在の御影堂が明治時代に再建されるに際し、その結構を模したとされる)が威容を誇っていたが、第二次世界大戦末期、1945年(昭和20年)3月の戦災で焼失、現本堂は1961年(昭和36年)再建の鉄筋コンクリート製。規模は縮小したものの、建築様式に往時の姿を留めている。境内地に同派の大阪教区教務所、教化センター会館が併設されている。また、同寺の山門の役割も果たす御堂会館は、ビジネス・文化活動等の会場として広く一般の利用にも供されている。
(Wikipedea より)
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