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年末年始は鷗外漁史の渋江抽斎を読む。高校生のとき読み始めて断念したものだ。
江戸末の考証学者であり漢方医でもある江戸詰めの弘前藩の医官であった。
七男六女をもうける。妻は四人。3人はひとりは去り、他は病没。
子供のうち半分は病没。江戸時代はなかなか成人するのか大変だったようだ。
経籍訪古誌という群書類従のような書を著す。
江戸の武鑑、古地図の収集をしており蔵書印より鷗外の注意を惹くことになる。
武鑑とは江戸の武士の戸籍簿のようなものである。
五十四歳にして没。コレラとのこと。同時に浮世絵の安藤広重もコレラで亡くなっている。
現代のように生ものもさほど食べなかったにもかかわらずである。
読んでも読んでも終わらない史伝である。
伊沢蘭軒という抽斎の師格にあたる類書もある。
どちらも儒者、漢方医の話であるが、味わいのある書である。
このような書が日本に存することをうれしく思わざるを得ない。
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