榛名山荘日記

人生は考古学である・・・、という命題を!

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思ひ出の:三次:十日市中学校

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中学校は小学校の東隣にあり、
この写真は、
広島、松江に通じる、
十日市町の旧道から、
中学校へ入る道です。

小学校を卒業すると、
近隣のいくつかの小学校の生徒が、
この中学校に集まります。
入学式から帰る道すがら、
なぜか身体中から、
強烈な闘争心が盛り上がってくるのを、
覚えたものでした・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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東側に移動していた校門の中に、
石碑を見つけました。
この場所は、我々団塊の第一世代の入学で、A,B,Cの三組から、A,B,C,D,E,F,G,Hの八組に増え、
その生徒を収容するために、急遽、プレハブの校舎が建てられて一年生の教室にあてられたところです。
一クラスは男女60人、学年で480人という大人数でした。
各学期に、中間試験と期末試験との2回の試験があり、1番から100番までの成績順位の生徒の名前が、
横にながい紙に書かれ、プレハブの校舎の壁に高々と掲示されました・・・。
石碑には、
   校訓  高い知性
        うるわしい人格
        たゆまぬ努力
と書かれていますが、まったく覚えがありません。
平凡な、面白みのない内容のせいでしょうか。
 
担当の女教師が休んだことがありました。
忘れもしません、校長先生が代理で歴史の授業を行いました。
黒板に、
  修身 斉家 治国 平天下
と縦に書き、
ぽかんと口を開けたままの生徒を前に、孔子この言葉に託したという意味を、一時間、真剣に話してくれました。
戦後生まれの私も勿論、
終戦前の忠孝仁義など儒教的道徳に立つ強権的な修身教育についてはよく知っていました。
しかしそれとはまったく違うという孔子の意向、
  修身→斉家→治国→平天下
とも表現することが出来る、修身に関わる考えを教えてくれたのです。
以来50年、この言葉が私の生き方の決定的な指針でありつづけました。
もっとも、いつまでたっても修身、斉家あたりで足踏みしている私ではありますが・・・。
 
ともかくこの三年間が、三次にいた最後の三年間です。
1963年の4月1日、高校の入学式に間に合うように早朝の芸備線に乗り、
私は霧の中から這い出て行ったはずです。

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