(^Θ^)/東京下町住人のたわごと★☆★

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アイルランド

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はじめてのダブリンの旅その6

翌朝、朝食に下りていくと昨夜(数時間前)までドンちゃん騒ぎだったパブや中庭を掃除している人たちが見えた。朝食は希望を言うと、ボリュームタップリのタマゴ料理などを出してくれて(私はエッグとベーコンと言ってみた)アイルランド名物のパンが出てきた。センパイ曰く、ロンドンでも買えるが痛みやすく、冷蔵庫で保管しなければならないとか。美味しくてお代わりした。
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その後バス停に向かって歩く。途中の雑貨屋でアイリッシュタイムスを買ったら、金・土・日の3日間用で、2ユーロと高額。センパイは「新しくないニュースに、2ユーロも払えって?!」とまた職業病。

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予約しておいた観光バスはトリニティ大学の前で私達を拾ってくれた。バスはほとんど外国人観光客のようだったが、アジア系は私達だけだった。バスが走り出すど、ガイドが街のランドマークの説明を始めた。その英語はやはり流れるようなやわらかい明瞭な発音。日本人の耳にはとても聞きやすい。

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やがて建物の向こうに海が見えた。海岸線沿いに延々と緑の藻のようなものが浮いている。これがきっと海草だ。
アイルランドでは岩盤の上に薄い土が乗っているだけだ。そこで農民は海草を土に混ぜて耕作してきた。有名なシングの小説「アラン島」では、海草を硬く乾燥させて燃料の代わりにも使っていた。

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海岸沿いを回ると古城についた。緑のなだらかな土地の向こうにお城が見えた。ふと「風とともに去りぬ」の続編「スカーレット」を思い出した。

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レット・バトラーと別れたスカーレットは、従兄弟の神父コラム(実はアイルランド独立運動のリーダー)の影響もあってアイルランドへ渡る。「今までジョージアが一番美しいと思っていた」
レットから支払われた離婚慰謝料でバリハラという広大な土地を買い、そこの領主になる。領主の館を格式高く築きあげ、領民にまじって土地に桑を打つ。
しかし、一度収穫が悪いと、領民はイギリス人領主に対するものと同様の憎悪をスカーレットに向ける。またレットの娘(本人は知らない)がハロウィンの日に生まれてしまい、迷信深いアイルランド人から「(魔女の)取替えっ子」と忌み嫌われる。
物語の最後で、イギリス軍に銃殺になるコラム。「アイルランドの自由の為に!」
領民に火をつけられ、炎上するバリハラ城などが小説で読んだのに、映画でみたかのように鮮やかに浮かんだ。
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ダブリンに戻る時、「このシーズンは、アイルランド・フットボールの試合がありますが、今日は幸いにも地元ダブリンチームの試合があります。もし見たい方はどこかのパブに行くことをお勧めします」
−−もちろん、そうした。
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ダブりンに戻ると、マディガンズに行った。街中はダブリンチームのカラーである紺と水色の旗やユニホームを着た人であふれている。レンスター州内のリーグだ。このサッカーはなんと15人対抗で、手も使うことができる。ちょっとフットボールというかんじ。パブの中は大騒ぎ。そんななか、憧れのアイリッシュシチューとサーモンのオープンサンドを頼んだ。量はたっぷりで美味しかったが店中大興奮になっているのに、料金回収に来ないので、「これじゃあ簡単に食い逃げができるなあ」
ビールのようにカウンターでお金を払おうとしたら、いつも来るコたちを扱うように「席に座ってな。もって行くから」と言われてしまった。ここでは、ガイジンでも町の人のように扱われるようだ。
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ダブリン滞在も終わりに近づき、ロンドンに戻る時間が来た。
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空港に着くと、格安チケットのライアンエアは大幅に遅れ、夜遅くまで飛ばなかった。8時をすぎると売店なども閉まり、寒くて凍えていた。ライアンエアは、来る時もへたくそな運転手が着陸した時、「オンタイム!」とはしゃぎ、乗客は拍手していた。。。

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夜遅くロンドンに着くと、驚くことに入国チェックがなかった。
「アイルランドから来たんでしょ?」
なんと、自分の国の一部のつもりなのだろうか??

こうしてアイルランドの旅が終わった。また行きたいなあと思っている。(おしまい)
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はじめてのダブリンの旅その5

フリート・ストリートの入り口にあるパレスバーに入った。アイリッシュタイムズの記者などが出入りしたことで有名なパブだ。憧れのアイリッシュシチューを注文しようとしたが、夜は食べ物は扱っていないと言われる。むせ返るほど人がいて、わいわい飲んでいるのに、誰も何も食べていないのはびっくりする光景だ。
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結局ビールを頼んで空いているイスに座ると、ギターをもった男性が入ってきて、階段の脇で演奏をはじめた。みんなの知っている曲を演奏すると、客も歌いだす。
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空腹でその後リフィー側の南側でパブを数件はしごしたが食べ物がでるところは全くなかった。この辺、特にグラフトンストリートでは地元の人というより観光客が多い感じ。結局イタリアンを見つけて入った。入り口に出てきた若い店員は「すみません、もう閉店なんですが・」と言いかけたが、私達の様子をみて、置くから年配の店員が来て「どうぞどうぞ」と入れてくれた。二人で20ユーロちょっとで、パスタとコーヒーを頼んだ。ダブリンは何となく親切な田舎町という感じ。
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深夜ホテルに戻ると、大騒ぎになっていた。0時を過ぎてもお洒落をした若者がタクシーで乗りつける。ホテルの奥にある、レストランとバーが、すごいことになっていた。まるで週末の六本木の安価な若者向けパーティだ。いったいこのダブリンのどこからこんなに人が集まったのかというような人数。押し合いへしあいで踊っている。
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「結局、こういうところで発散するしかないんだよね。地元の若者は」とセンパイ。「ロンドンもこうなっている。支局で働いているイギリス人なんて絶対こういうところに行かないと言っている。一部の若者のはけ口になっている」東京もそうかもしれない。3時に閉店だったが若者がやっといなくなったのは4時だった。
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ダブリンは司馬遼太郎が「街道を行く」で取り上げた頃、1987年、International Financial Services Centre (最後のスペルに見とれてしまった)を立ち上げ、法人税を10%にし、(UKの平均は28%、EUは33%だそうだ)企業を誘致した。センパイいわく、日本のどこかの証券会社もヨーロッパでの証券管理業務を全てダブリンにうつしたそうだ。安い人件費が魅力で。
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「NYCのおまわりさんというと、アイルランド人という印象が強い」とセンパイ。アイルランド人は、自己を尊重し、集団が嫌いで、プロテスタントのようにガツガツ働かないが、社会的正義感にあふれている。。。そうだ。IT産業などうってつけかもしれない。
そこへ、ユーロへの加盟。DVD「ONCE ダブリンの街角で」でも東欧移民が主人公の一人。そして観光客も多い。結局ポンドは高く感じるし、ユーロ同士のほうが観光にも好まれるだろう。ロンドンより平均的に物価も安い。

地元で買ったアイリッシュタイムスでも、帰りの飛行機で貰ったFinancial Timesでもリセッションについて言われていた。しかしFTでは、そのアイルランドの不況は、労働コストをまた引き下げるだろうから歓迎すべきことだと書かれていた。

ダブリンの街角で印象深かったのは、昨今こんなに白人ばかりが働いているのを見るのは珍しいということだった。観光客にはアラブ系も中国人もいるが、働いているのはみんな白人。そういえば同じFTに書いてあったが、東欧諸国も後をおって、外資誘致で成長を遂げている。そしてインフレに悩んでいる。仕方がない。法人税などのメリットを作って企業を誘致すれば、人が流入し物価があがり、インフレが起こる。しかし金利があがり、投資資金も入る。将来にわって為替リスクなし。そうやってだんだん均衡していく。一方で24時間のコンビニSPARなどができてしまう。観光客がパブにいって「これがダブリンだ」と思っている間に、地元の若者は六本木かというようなクラブで踊る。

階下でやっとタクシーにのって解散していく若者をみながら「いつまでも古きよきダブリンでいて欲しいなんていうのは観光客の勝手なんだねえ」とつぶやいた。
(つづく)

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はじめてのダブリンの旅その4

ところで、このアイルランドのじゃがいも・・・・

一年の大半が雨のアイルランドは、緑の牧草が育ち、なだらかな土地で競走馬を育てるのは向いているそうだが、岩盤の上に乗った薄い土で育つ作物はあまりないそうだ。しかも長いイギリス人の地主の支配によって、地元アイルランド人は小作民として、2/3を小麦を植えて地代として収め、残りにジャガイモを植えてそれを食べていたそうだ。
司馬遼太郎の本の中で「なぜこんな貧しい土地で苦労して生きていくのか」それが実際アメリカへの大量の移民になったわけだが、それでもみなアイルランドが恋しい。それは「風にのったたんぽぽのわたげたたまたま落ちた土地で育っていくように、人はみな生まれた土地を極楽だと信じてそこで行きていくのだ」というようなことが書かれていた。
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昼食後、下の古本屋さんにいったら、古い家具を並べたシックな店内にはサミュエル・ベケットの本などが並べてあった。通りにでて、腹ごなしにオコンネルどおりを歩き、翌日の古城と海岸めぐりのバスツアーを予約すると憧れのマディガンズに入った。
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ビールはハーフパイントで2ユーロ程度で飲める。昼からみんなビールを飲んでいる。パブでコーヒーを飲んでもかまわないが、こちらも2ユーロちょっと。なんとなく納得がいかないというか、いかに日本のビールが高いというか。パブはどこも軒下から吊り下げたバスケットにあふれんばかりの花が飾ってあって、古い建物にそれが絵のように栄え、いちいち写真にとりたくなるような景色ばかりだった。
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青い空をバックに石とレンガの本物の古い建物、木の扉、花・・・・いつも風にはためく旗、それに時々英語の下に、ゲール語の表記がある。有名なパブをはしごしていたらついにセンパイが
「あの・・・一箇所だけ観光した証拠に行きたいところがあるんですが・・・」
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聖パトリック大聖堂。行って見たら、有料だったので外から写真をとった。パトリックの名を冠して売るのになんとプロテスタントの寺院だった。それから国教会の寺院もある。これらは地元からみたらたんなる「イギリス野郎」が立てていった建物でしかないそうだ。
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夕方、一度ホテルに戻るとチェックインをした。荷物は朝置いてきた時のままだった。
「。。。きっと、全く見てなかっただろうなあ。盗まれてないけど・・・」
部屋に入ると、お茶セットがあってインスタントコーヒー、クリープ、砂糖が山盛りに用意されていた。宿泊分だけとかではなく、容器に入るだけ詰め込んだというかんじ。。。
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少し仮眠をとって夜のダブリンの街に繰り出した。
全ての普通の店は閉まってしまったが、コンビニは24時間になっていた。店頭でピザなどをかじっている人がいる。この後の時間、昼はサンドイッチやシチューが出るのに夜のパブでは食べ物が一切出ないからだとあとで気がつく。
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私達は「JFKもお里帰りの時必ず立ち寄った・・」といわれるマリガンズというパブを探していた。地図の場所には何もない。「10年前の本でしょう。潰れたのでは?」
「え〜でも、1782年創業の伝統あるお店だよ!」というとセンパイは
「たとえ老舗でも、山一證券だって・・・」この単語が即座に出るのは職業病である。
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ダブリンではパブは免許制で、親子数代で経営していて100年以上の歴史あるものが多い。東京のHUB、ロンドンのオニールのようなチェーン店ではない。
そこでフリートストリートのほうに向かった。私がアイルランド証券取引所を見つけて反射的にシャッターを切っているのをみて、「職業病だねえ」
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(つづく)

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はじめてのダブリンの旅その3

6ユーロのバスに乗ると、市内に向かった。あっという間に、街中が見えてきた。
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風が強い。空が青く、刷毛で描いたみたいな雲が流れている。。。
それから古くてがっしりしたレンガや石の建物に、鮮やかな原色の色が塗られている。
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バスはあっという間にダブリンの小さな中心街のオコンネル通りについた。
たぶん20分〜30分ぐらいだったと思う。

司馬遼太郎が「街道をゆく」で書いたアイルランド。そのとき滞在したというグラハムホテルもこのオコンネル通りに面している。最初に目についたのは、「マディガンズ」という予習で読んだ「アイルランド・パブ紀行」にのっていた老舗のパブだった。
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観光客でごったがえす通りをまずはホテルに向かって歩いた。なんというか開放された気持ち。パリのセーヌ川よりポーランドなど北欧の町の川を思い出すようなリフィー川を渡ると、アイルランド出身の文豪がちが学んだトリニティ大学の脇を通って、芸術家があつまるグラフトン通りを歩いた。
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最近DVD屋さんに並んでいるダブリンの映画で「ONCE ダブリンの街角で」で、最初に主人公がギターを弾いている通りだ。あっちでもこっちでも、ギターを弾いて歌っていたり、体中を金色にぬって、銅像のマネをしてずっと立っていたり。

セント・スティーブンス・グリーンという公園を越えると、通りの名前がかわり、Harcourt.St.になり、そこに予約していたホテルがあった。古い建物・・・昔風の隣とつながった建物の一角で、小さなホテルだが、古い調度品が磨かれている、居心地が良さそうなかんじ。
チェックインより早かったが「荷物を置いておいてよい?」というと、「その辺においておいて」
本当に見ておいてくれるんだろうな・・・と思いながらも貴重品は取り出した。
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気がついたのは、英語がまろやかでとても聞きやすいことだ。これもイギリスと違う。たぶんこれが
今私達が一番耳にするアメリカ英語と近いのかもしれない

荷物を置くとまたリフィー川まで戻り、予約していたレストランに向かった。

有名なレストランなはずなのに、(しかもリフィー川を見下ろすロケーション)一Fの古本屋さんの隣の階段を上がって裏口のようなドアから入る。知らなきゃ来られない。予約より1時間早かったのに、「OK」と気軽にテーブルを用意してくれた。
ジンジャービールという缶ビールと、牛になりそうな量のソーセージやポークが出てきた。
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さすがに食べ切れなかったのは、マッシュポテトが、5人分ぐらい盛られていたから。
ここで、やっとガイドブックを開き、観光予定をたてた。ダブリンからいける範囲で、お勧めのコースに「タラの丘」があった。

「風とともに去りぬ」のタラの丘。「タラ」とは、アイルランド古代の上王の名で、その支配した土地の名前になったそうだ。アイルランド人の心のふるさとで、「タラに帰る」という意味は望郷の思いを表現している言葉だそうだ。
あの、超大作「風とともに去りぬ」は、友人が死に、おそらく単なる夫以上の心のよりどころだったレット・バトラー(スカーレット・オハラは物語の中で3回も結婚しているので)が去ったあと、スカーレットは頭を上げて「明日、タラに帰ろう」というシーンで終わる。

その本当の意味がわかっていなかった・・・。

あの映画は、アメリカの南北戦争の問題がバックグラウンドにあり、それはドレイ制度の問題というより、アイルランド人のことがテーマだったのかもしれない。。と遅まきながら思った。
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(つづく)

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はじめてのダブリンの旅その2

地下鉄のどの駅で降りたか思い出せないが、その日の夜は、センパイのアパートに向かった。
1DKのお洒落なアパート。でもやっぱり家賃は高くて(聞かなかったが)会社の支給にプラスして持ち出しをしているそうだ。ポンドの値段をみると、1ポンド100円なら納得できるのに。。。と思うことが多い。キッチンは広くとってあるが、ダイニングはソファーベッドが横にはいったら、その前にテーブルを置いて、その向こうにダイニングチェアーをおいたら、壁の間にとおるところはない。東京人には見慣れた広さだ。寝室は大きなベッドで一杯になるぐらい。これも見慣れたかんじ。でも調度品とかがステキで、港区のマンションってかんじ。ところがお湯はちょろちょろとしか出ず、洗面台のお湯が、私が閉めたら、止まらなくなった。
「水トラブルの110みたいなのはないの?24時間対応してくれるメンテナンス屋さんは?」というと「ない。しかも週末だから月曜日まで誰も連絡がとれない」
・・・まだイギリスってそんな感じなんだ・・・。
と思って、とりあえず、ドライバーを持ってきてもらい、流しの下をあけると、明らかに元栓と思われるものがあったので、そこで閉めてみた。するとお湯は止まった。

イギリスの生活はきっと楽ではないと思う。

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翌朝、暗いうちに家を出ると近所のバス停に向かう。とにかく寒いっ!!
1時間ぐらいバスに揺られると、スタンステッド空港についた。

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このバスも、ネットで予約すると割引だそうだ。でもそうでないと物価高のロンドンでは大変だ。
空港に着くと、クリスビードーナッツをみつけさっそくドーナッツとコーヒーをかった。2ポンドぐらいだが、日本で言えばLLサイズぐらい。高いとはいえ、値段的には満足。

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いよいよダブリン行きのライアン・エアにのる。自由席のライアンエアでは、特別な予約をした人が先に乗れるが、その予約はEUのパスポートがないとできない。

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それでもなかなかグッドな席を確保する。
離陸してしばらくすると、社内 販売 がやってきた。そう、飲み物は無料ではない。
でもものめずらしさから買って見る。コーヒーは、2ポンドか3ユーロだ。

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1時間ぐらい。やたらゆれる飛行機でバクスイしていると、眼下にアイルランドが見えてきた!

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風とともに去りぬのスカーレットも感嘆していた、グリーンの大地。
なんかやっぱり雰囲気がイギリスと違う!

小さなライアンエアは、叩きつけられるように着陸した。「へたくそめ」
しかし陽気なパイロットは
「ON TIME!!」とはしゃいでいた。それはヨーロッパでは珍しいことらしい。

入国チェックは思いのほか厳しかった。止まっているホテルのバウチャーと、帰国の飛行機まで見せさせられた。やっと入国して、まずはユーロを下ろそうと、ATMを探した。

寒いっ!!
旅には絶対マフラーがいる。夏でも・・・。

最初に見つけたATMでお金を下ろしている間、振り向くと、
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SPARがあった。

(つづく)

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