2012年3月5日 へら鮒釣り物語 その151 関西篇・その38
|
どこを、どう通ったか、私には初めてな道なので分からないが、10時前には篠山に着いた。失礼な言い方かもしれないが、鄙びた町だ。篠山城址の近くにO田垣商店はあった。間口よりも奥行きが深い、京風の平屋の店だった。無造作に雑穀類が木箱の上に置かれ、各種の種も販売していた。
店先で声をかけると、その人がご主人だった。さして特徴がなかったせいか、今では風貌を思い出すことことは出来ない。D校長の紹介状を渡すと、「お世話になっております」と言って、こちらの趣旨を快諾してくれた。11月末までにはお送り出来ますという。講習会の参加者を二日間で4000人と少なめに見積もり、私は1合いり1000袋を注文した。売れきれになるのは分かっていたが、その方がいいと思ったのだ。
それから、探しまわって喫茶店に入った。コーヒー好きの石川師匠に労をなぎらうためでもある。今までのブログで書いたことはないが、遠出の場合のガソリン代とか通行料や食費は私が持つのが不文律になっていた。isi石川師匠が一番初めに小銭入れから4っに折りたたんだ1万円札を出すのをみてからのことだ。江戸前気質を受け継ぐ私としては、甘受することが出来なかったのである。・・・そして車の中で釣り着に着替えた。
篠山城址には、天守閣などなく、学校があって生徒の声が濠端まで聞こえた。四方に堀が巡らされ、確か橋が二本かかっていたと記憶する。さてどこに釣り座を設定したものか・・・師匠にまかせるしかない。したがって、どの方角の堀に竿を降ろしたかは、今になって特定はできない。
なにしろ、堀の真ん中だったことは確かで、水色のわりに意外と浅かったことは良く覚えている。初秋とはいえ、山間地だから、水温が低いせいかジャミ当たりがなかった。餌を打ち初めて一時間して明確な当たりが来た。
持ち上げての押さえ込みだ。上げてみると尺近いへらだが、体高がちょっと物足りない。合いの子だろうか。
師匠は少し離れて釣っていたが、まだ釣れていないので、持って見せにいくのが躊躇われた。
それから、当たりが途切れ、懸命に寄せ餌を打ち込んだ。・・・
その後、ぽっちら、ぽっちらと上がってくるのは、真鮒ばかり、それも8寸ぐらいの真鮒としては立派なものだ。
知らないうちに、石川師匠は私の後ろに佇んでいた。座りこんで、「まぶ、ばっかりだね」という。
私は一番最初に釣った魚を見せた。師匠は、いることは、いるんだねぇ、といい、今度乗っ込みの時にこよう!と言った。・・・でも、この今度は当てにはならないと思った。乗っ込みの時期には、もっと身近でもっと環境がいいところがあるからである。
やはり、案の定、篠山行きはこの一回で終わった。だが黒豆は3年続けて売った。以後は電話ですんだから、篠山行きは幻と化したのである。・・・
|
トラックバック
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。












篠山城の堀へは良く釣りに行きました。
一人用桟橋が設置されてる堀で釣る事が多かったです、町主催の
釣り大会で23kg釣ったのが今までの野釣り重量記録です、型は
肉厚のあるヘラ鮒でした、当時は現在の様に肩が盛り上がった魚は
少ない時代でした。
2012/3/3(土) 午後 2:28 [ mpm*h*94 ]
そうですか。私のときは桟橋など設置されてませんでした。書きませんですたが、釣り禁止の立て札が立ってないのにも拘わらず、叱られるんじゃないかとビクビクしながら、釣っていました。それと、D校長が言っていたんですが、肩の盛り上がった体高のあるへら鮒は育つたところの水深の影響がある、と。
科学的根拠でなく、経験的根拠だと、私は思いますが・・
どうも、お知らせ、有難うございました。
2012/3/3(土) 午後 6:31 [ toshimi930 ]
少し残っていた昭和42年の会誌を見たところ篠山城の堀は有料
でした。100円〜200円、途中で値上がりがあったようです、桟橋は
東西南北の堀で東堀だけ設置で他はありません、東と北堀が主な
釣り場だったようです。
堀が有料だった事は、私のおつむは正直に「記憶にございません」と
言っております。
ブログを拝見していて改めてtoshimi氏の記憶の書庫の内容と量に
感嘆・喝采いたします。
2012/3/4(日) 午前 9:56 [ mpm*h*94 ]
わざわざ、お調べ戴く有難うございます。私はそんなに記憶力のいい方ではありませんょ。ただ、一つを思い出すと続けて出てくるんです。しかし、スージに関してはからっきしです。
面白い話があります。・・地獄をみて、関東に帰り、もう一旗上げるのですが、何人もの若い部下を育てるのに、顧客の電話番号を暗記せい!と厳命したところ、出来たのは十人中4人ぐらいでした。でも営業成績は暗記できない方が企画力に優れよかったです。私も、厳命しながら、出来ない方ですから、自分にないものを部下に求めたようなものです。年々、記憶力の衰えを感じている昨今、本年中には私の人生記録を拙文でも書き残そうと念じています。
2012/3/4(日) 午前 11:39 [ toshimi930 ]