都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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2014年5月に、日本創成会議の人口減少問題検討分科会によって2040年の「消滅可能性自治体」が発表されっました。このニュースが国民に衝撃を持って受け止められたことは、記憶に新しいと思います。
かつて存在した、比較的大きな町が消滅する―そんな未来の姿が、今も全国各地で現実のものとして存在しています。
 
1999年より政府主導で実施された、いわゆる「平成の大合併」。
この間に、2000年には3200を超えていた全国の市町村数は、2010年時点で約1700と半分近くに減少しました。
平成の大合併では、「市町村の合併の特例に関する法律」(合併特例法)に基づいて、合併自治体の地方交付税は特例措置によって10年据え置かれてきました。
しかし、今年(2014年)でその猶予措置も終了、合併自治体は窮地に立たされているところも多いと聞きます。
 
特に、大規模な広域合併によって誕生した自治体では、市役所まで行くのに1時間ほどもかかる地域も多い反面、支所(旧役場)の機能は大きく減らされ、また支所(旧役場)に勤務する職員も大きく減らされた自治体が殆どです。
旧自治体の中心部に住んでいた住民は、今までは徒歩圏内の旧役場で済んでいた手続きでも、わざわざ遠くの市役所まで少ない本数のバスに乗っていくことになります。
更に、支所(旧役場)への来庁者の激減や役場職員の減少は、地域において「産業の空洞化」をも招き、役場に来る人や役場職員をあてにしていた金融機関や飲食店などの撤退も相次ぎ、更なる地域住民の人口流出や地域コミュニティの崩壊を招く、といった悪循環に陥っている事例も少なくありません。
 
最近、昭和30年前後に実施された「昭和の大合併」において、当時「町」(村ではない)の中心部だった、2つの旧自治体の中心商店街を訪れてみました。
いずれも、明治・大正期に町制を施行した自治体であり、当時から「村」ではなく「町」であったということは、大きな拠点性があった場所であったということが伺えます。
 
イメージ 1
旧「東国東郡西安岐町」の中心商店街であった「西安岐小川商店街」。
商店は殆ど無くなっているが、警察駐在所は現在も当商店街に立地。
かつては多くの公共施設も商店街にあったという。役場(支所)は安岐町時代に1キロほど先に移転している。
 
イメージ 2
旧「東国東郡富来町」の中心商店街であった「富来商店街」。
19世紀より町制であった自治体で、港町として発展した地域であった。
商店街に商店はほぼなくなっている。徒歩圏内にはコンビニ、スーパーも全く無い。
旧町内からは中学校も姿を消したばかりでなく、役場の支所も無くなってしまった。
 
 
合併前には大きな拠点性があった自治体であっても、少し方向性を間違えば、いずれこのような状態になってしまう可能性も大いにあります。そう、「町の消滅」です。拠点性を失った町が、いずれ近隣の自治体と合併せざるを得ない状況に陥る例もあるでしょう。合併によって更に拠点性を失い、そこに存在した「町」事態も徐々に消えていくかも知れません。

今回の平成の大合併においては、「補助金ありき」で、将来を考えずに性急に合併の枠組みを決めた例もあると聞きますし、早くも合併特例債(7割が国負担)によって新たに建設された施設の管理維持費や、3割の自治体負担分が重荷になっている事例もあるようです。
合併特例法に基づいた、限られた期限の中では難しかったのかも知れませんが、合併によって得られた利益を、どういう風に今後の町づくりに生かしていくかなど、合併後の長期的なビジョンを熟考した上で、市町村合併を行うべきではなかったのでしょうか。
 
 
平成の大合併から約10年。
「合併自治体」と、「合併という道を選ばなかった自治体」の今後が注視されます。

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