都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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大分県別府市  市制:1924年4月1日
 【人口】125,385人(増加率:-1.2%)、外国人数3652人
 【面積】125.23k㎡
 【平均年齢】47.1歳
 【事業所数】6332事業所
 【年間小売販売額】1239.4億円(増加率:-2.6%)(ゆめタウン開業前)
 【大型店面積合計】120,706㎡
 【主要駅など】JR別府駅、駅前バスターミナル(以下BT)、駅西口BT、北浜BT、別府交通センターBT・別府国際観光港
 【主な市街地大型店】トキハ、ゆめタウン、マルミヤ、エキまち別府(B-passage、BIS)、マルショク、ヤマダ、エディオンなど
 【主な郊外大型店】トライアル、山の手ライフガーデン(新鮮市場)、HIヒロセ
 【主な撤退大型店】近鉄百貨店(再開発予定)、ダイエー(→マルミヤ)、寿屋(→マルショク)
 【主な商店街】駅前通、駅市場、北高架、ソルパセオ銀座、弥生、楠、流川、八坂通など/郊外:鶴輪、亀川など
 【主な観光地】別府温泉、地獄めぐり、ラクテンチ、スギノイパレス、城島高原パーク、鶴見岳、近鉄ロープウェイ、冷麺など
 【主な事業所】スギノイ、城島高原パーク、トキハ、ゆめタウン、マルショク(旧本社)、大分みらい信金(本部)
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


 『中心市街地に集積する大型店の狭間で夜型へと生まれ変わる国際温泉観光文化都市の商店街』(1)
−別府温泉
 
別府駅東口周辺(別府温泉)
 別府市は源泉数、湧出量ともに日本一を誇る温泉地である。鶴見岳の麓に広がる扇状地が市街地となっている。江戸時代は小さな温泉地に過ぎなかったが、明治期の別府港開港と鉄道の開通以後急速に発展、戦後は1950年に制定された「別府国際観光温泉文化都市建設法」により、国際観光都市としての開発が進んだ。
 別府市の中心商店街はJR別府駅東側に広がるが、国内各地の他の温泉街とは異なり、観光客相手のみではなく一般市民の生活と密接に関連した都市集積、商業集積も大きい。
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別府タワーと中心市街地。北浜公園より。海側(右)は温泉旅館街。
 
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名物の「別府冷麺」。別府市は戦災に遭っていないために大陸からの引揚者が多かった名残。
 
 県都であり人口48万人を擁する大分市まで電車で僅か10数分の距離であるが、駅周辺には百貨店のトキハ別府店(百貨店)、B-Passage(駅ビル・別府ステーションセンター)、BIS南館(駅ビル・別府ステーションセンター)、ゆめタウン別府(SC)、マルミヤストア(スーパー、ダイエー跡)、ヤマダ電機(駅ビル)、エディオンなど大型店が多数立地し、駅周辺の大型店売場面積は延べ7万㎡にも達する。いずれも市街地立地ながら大型駐車場を備え、車で買い物に来る客にも対応している。更に、2013年まで出店していた総合スーパーのマルショク流川店(マルショクの旧本店)跡地には2016年にふたたびマルショクが出店する予定(※2016年更新)。
 別府駅前には油屋熊八の銅像が立つ。熊八は愛媛県宇和島市出身の実業家であり、別府観光の父と言われる。別府には愛媛県からの移民が多く、駅前には伊予銀行があり、近くには伊予屋、愛媛屋などといった名前のビルもある。大分県沿岸部は九州他地域とは異なる独自の文化圏を形成しており、方言も博多弁などとは大きく異なり中国四国地方や関西地方の語彙が多く混じる。
 また、別府市街地は空襲を一度も受けていないために、戦前の温泉建築、旅館建築、遊郭跡、病院、木造アーケードなど多くの古い建物が残り、街歩き観光も行われている。
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JR別府駅東口、油屋熊八像がある。後ろ側は手湯。
B-Passageは別府ステーションセンターの商業施設名。
 
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JR別府駅東口。高架下に商業施設「エキまち一丁目別府(旧別府ステーションセンター)」がある。
駅附設の商業施設は10,000㎡を超える。
 
 中心市街地最大の店舗であるトキハ別府店は別府タワー向かいに立地し、10万都市では国内最大の規模の地方百貨店である。1階には別府北浜バスセンターの一部機能がある(国道を挟んで向かい側にも下り線用のバスセンターがある)。3万㎡の巨漢店ゆえに一時は苦境に立たされていたが、多くの専門店を導入し、また少子化の影響により売上が低下していた6階の子供服フロアを廃止して全床にオフィスを導入するなど(子供服は不定期催事と下層階の専門店で販売)、様々な施策を行うことで黒字経営に転換した。なお、地方都市の百貨店としては珍しく屋上を解放している。
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トキハ別府店。
 
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駅前通り商店街、トキハ前には大屋根があり、各種イベントが開催される。
 
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トキハ屋上より市街地南部とゆめタウン別府、高崎山を望む。左の道は国道10号線。
 
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トキハ12階展望デッキから別府駅前通り・銀座街方面を見る。
山の中腹に見える遊園地は1929年開業のラクテンチ。
 
  一方、トキハの斜め向かいに立地するゆめタウン別府も2万㎡以上の売場面積があり、市外からの客も多い。ゆめタウンは広島に本社を置くイズミが運営するショッピングセンターであるが、近年においてもイズミは郊外店だけではなく、別府、長崎、玉名、呉、廿日市などのように土地さえあれば中心市街地に出店することも多い。また、トキハ向かいにある別府タワーは東京タワーを設計した内藤多仲博士の設計により、東京タワーに先駆けて1957年に開業したもので、国の登録有形文化財に指定されている。
 市内には大学も複数あり、市内には3000人以上の留学生がいるほか、路線バスの本数も非常に多い。別府駅には西口、東口ともにバスターミナルがあり、駅前には常に多数の路線バスが並ぶ光景が見られ、これも中心市街地への集客の要となっている。
 また中心商店街地から徒歩圏の、北に1〜2kmほどの的ヶ浜〜餅ヶ浜地区にもマルショク(旧寿屋)、HIヒロセ、マックスバリュなどの大型店やマンションが多数立地し、大学生の居住も多い。
イメージ 44ゆめタウン別府。
 
 かつて駅前通り商店街に面する別府駅前に出店しており、1994年に閉店した別府近鉄百貨店跡は2005年にマンションディベロッパーにより買収され、周辺地域とも合わせて高層マンションや商業施設などとして民間再開発されることになっていた。その後、周辺のビルの取り壊しも進んだものの、リーマンショックなどによりディベロッパーの経営は悪化、着工は幾度となく延期され、2014年に転売、暫定的に平面駐車場となった。駅前一等地の広大な土地の活用法は、今後の都市の在り方に大きな影響を与えるであろう。
 駅前通り商店街は車道より歩道が広い造りになっており、イベント時には歩行者専用道路となる。側溝にはパイプホーンが設置され、地面からBGMが流れるという独特な仕組みとなっている。
 周辺には古い商店、金融機関、土産品店も多いが、大手チェーンの居酒屋も目立つ。大手チェーン系列の居酒屋は、駅前通り商店街とステーションセンターを含めると実に7軒もある。
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別府駅東口より別府駅前通り商店街方面を望む。
 
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別府駅前通り商店街。西法寺通り商店街との交差点。
 
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別府駅前通り商店街、トキハ方面。
右側のビルは映画館。撮影時のバナー旗はタツノコプロ製作のもの。
 
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別府駅前通り商店街に立地する駅前高等温泉。大正時代に建てられたもの。
 
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別府駅前通り商店街、別府駅方面。左にソルパセオ銀座入口が見える。
 
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駅前通り商店街、やよい銀天街(天狗通り)入口。
 
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駅前通り商店街、ソルパセオ銀座入口。
 
 現在、最も商業集積が大きい商店街は、駅前通り商店街を除くと別府駅の高架をアーケード屋根として利用した「別府駅市場」である。福岡の柳橋連合市場、小倉の旦過市場、佐世保の戸尾市場などと同様に、生鮮品や総菜が中心の昔ながらの「市場商店街」である。1960年代の竣工時より殆ど改装はされていないが、商店街全体をJR九州系企業が管理していることもあり、空き店舗は少ない。また、商店街と言えども無料駐車場を備え、更にアーケードの全ての出入口にエアカーテンを設置しており、季節を問わず快適に買い物が出来ることも強みである。
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別府駅市場商店街の入口。
 
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別府駅市場商店街。夕刻は特に買い物客が多く賑わう。
 
 駅周辺に大型店が多いため、駅前通り商店街は大型店の袋を持った人々が行き交う姿が見られるものの、アーケード商店街に関してはその波及効果は大きいとは言えない。中心商店街は狭い街路が交差する町並みが続くが、これは先述の通り別府市が空襲を受けていないためで、明治時代の都市区画整備事業の名残である。旧別府港前から市営竹瓦温泉へと続く竹瓦小路は日本初のアーケード商店街である。この木造アーケードは大正時代に、旧別府港を使うことが多い愛媛県民のために豫洲銀行(現・伊予銀行)の頭取の寄付により設置されたものである。現在、竹瓦小路は飲食店が中心となり、旧別府港にはゆめタウン別府が立地している。
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竹瓦小路。日本初のアーケードである木造アーケードが残る。
 
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市営竹瓦温泉。入湯料100円、砂湯は1000円。
 
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中心商店街周辺には狭い路地が縦横無尽に走る。流川・標準市場跡の路地。
 
 かつて土産品店などが中心であった銀座、弥生の2つのアーケード商店街は1990年代頃から空き店舗が目立っていた。しかし、近年は次第に居酒屋や飲食店などの出店が進み、特にそれが顕著である「ソルパセオ銀座」では空き店舗が少なくなっている。また、学園都市ということもあり、元留学生が経営する飲食店も見掛けられる。しかし、昼間の通行客数増加にはあまり繋がらず、それが小売店の飲食店化の流れを更に加速させている。また八坂通りも歩行者専用の商店街であるが、こちらは以前より全店舗が飲食店となっている。八坂通りは空き店舗が少なく、温泉街での歓楽街の大きさを物語っている。
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やよい銀天街・天狗通り。金色のアーケードは新しく開閉式。照明は多くがLED。
 
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やよい銀天街・天狗通り。
 
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やよい天狗。
 
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ソルパセオ銀座商店街。午後6時撮影。写真に写るのはほぼ全店舗が飲食店。
約10年前はこの写真のあたりに履物店、カバン店、衣料品店、雑貨店、宝石時計店などもあった。
 
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近年は飲食店の出店が多く、夜間の方が通行量が多い。
 
  中心商店街には空き店舗や旧家などを活用したギャラリー・イベント施設の「プラットフォーム」が複数ある。そのうち約半数がNPO法人「BEPPU PROJECT」により運営されており、トリエンナーレ「混浴温泉世界」を始めとしたアートイベントも頻繁に実施されている。これとは別に別府駅に隣接する北高架商店街にも近年アート系店舗が集積、2013年には数十年ぶりに空き店舗が解消された。
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プラットフォーム。01から08まである。あえて元の店舗の看板を残す外装。銀座街にて。
右側2軒奥の店はかつて別府に留学していた方が経営するインド料理店。
 
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飲食店が多い新宮(しんみや)通り。
 
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八坂通り。銀座商店街の西側に平行に走る。ほぼ全店舗が飲食店、歩行者専用で夜間は賑わう。
 
 
 
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西法寺通り商店街のプラットフォームはギャラリー、物販店として活用。
 
 ソルパセオ銀座と楠銀天街の間に縦(東西)に走る流川通りにも商店街が形成されている。流川通りは元々温泉の流れる「流川」という川であったが、大正時代に暗渠化され、当時は別府で最も繁栄する商店街であった。歩車共存型であるが、歩道が分離されていないために歩きづらい。現在も各種商店が立地するほか、入口向かいにはゆめタウン別府がある。
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流川通り商店街。右の松下金物店は昭和初期に流行した典型的な看板建築。
 
 最も南部に位置するアーケード商店街である「楠銀天街」は、1986年の市役所移転と1992年の商店街大火災(25軒焼失)以後、急速に衰退し、火災後に核となっていた温泉とスーパーも閉鎖され、空き店舗が目立つ状態となっている。しかし、近年は空き店舗が増えたことにより、周辺では病院やマンション建設などの再開発も進んでいる。楠銀天街の東側の中浜筋にも戦前には幕式の開閉アーケードが設置されていたが、戦時中に撤去されている。中心商店街全域において猫の姿を良く見かけるが、店が減ったこの通りでも猫の数は減っていない。
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楠銀天街。大規模火災などにより空き店舗が目立つ。
 
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流川通りの南にある秋葉通りにも商店会がある。楠銀天街と交差する。 
 
 この秋葉通りは拡幅されて綺麗に整備されているものの、その周辺は明治時代に区画整理された町割りのまま格子状の街路が続き、戦前の建物も多く残っている。秋葉通りにはかつて別府市役所もあった。 
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秋葉通りから別府市児童館前を見る。左側は長寿味噌。昔ながらの町並み。
 
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別府市児童館として使われる建物は逓信省別府電報電話局として建てられた建物。
東京中央郵便局(KITTE)などと同じく吉田鉄郎設計によるもの。秋葉通り近く。
 
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別府市児童館に隣接しているカトリック別府教会。
 
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戦前の典型的な看板建築も残る。友永パン店は大正時代から続くベーカリーとして親しまれる。
 
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秋葉通りの更に南、楠銀天街と交差する永石(なげし)通り。この辺りにも戦前の建築が多くある。
 
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中浜筋は楠銀天街の東側の通り。戦前は最も賑わう商店街の1つでアーケードが設置されていた。

 JR別府駅周辺は県庁所在地へのアクセスも良く、また市内に複数の大学が立地、更に観光地ということもあり、地方都市にしては中心市街地への出店意欲や店舗の入れ替わり頻度も高い。2014年には、空き店舗となっていた近鉄百貨店別館の建物が専門店街として再出発した。また、市内ではコスプレイベントやアニメイベントが継続的に年数回開催されたり、中心市街地にはボカロバー、アニソンバー、メイドバー、ゴスロリバー、コスプレ旅館などのような、大都市部にしか存在しないような業態の店舗も複数軒存在している。エンターテイメントシティを標榜する別府市では、新たな取り組みとして2013年に市が誘致した初音ミクのイベントを実施したが、残念ながら中心市街地とのコラボレーションは行われなかった。
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ソルパセオ銀座商店街から新宮(しんみや)通りを見る。アニソンバーもある。
 この辺りには木造3階・4階建の建物も複数のこる。
 
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初音ミクのラッピングバス。亀の井バスが運行していた。
 
 また、アート系のイベントは中心市街地を舞台にすることが多く、市民参加型のイベントも多いが、興味を持つ商店や市民とそうでない者との温度差も感じられ、更なるアピールや、街自体の一体感の創出、そして別府であるからこそ、観光客参加型の、観光客が楽しめるような街づくりも必要であろう。先述したとおり、ギャラリーなどの需要の増加から、別府駅北高架商店街は2013年に数十年ぶりに空き店舗が無くなった一方で、アート系イベントの市民や観光客への周知はまだ道半ばである。
 近年は観光客を対象にボランティアガイドを活用した街歩きツアーも毎日開催され好評を博しているほか、学園都市ゆえに学生や留学生を活用したイベントも数多く実施されている。
 せっかく素地が整っているのだから今後はこれらを更に活かし、また観光客を取り込む形で、どのように次世代型の新たな街づくりをしていくかも課題であろう。
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ギャラリーなどのアート系店舗が集積するようになった別府駅北高架商店街。
 
別府駅西口(山の手)
 別府駅西口は戦前より別荘地として開発が進んだ。戦後は米軍基地も置かれたが、現在その跡地は別府公園や別府市役所などとなっている。
 また別府公園の周辺である山の手・青山地区はマンションも多く立地するほか、別府を代表する文教地区でもある。コンベンションホールのB-Con Plaza、市立体育館のべっぷアリーナ、市営温水プールなどの文化施設も多くあるほか、多くの学校が立地する。タレントの錦野旦さん、元乃木坂46の畠中清羅さん、ソフトバンクホークスの今宮健太さんなどもこの辺りの高校の出身である。
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JR別府駅西口。裏口にあたるが、市役所や警察署、別府公園などはこちら側。
奥に見えるのはコンベンション施設のB-Con Plaza。高さ125mのグローバルタワーを備える。
 
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B-Con Plaza。別府公園前に立地する。別府駅からは徒歩15分ほど。
 
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隣接する京都大学地球熱学研究所は戦前の大学建築。
 イメージ 38
別府公園。駅から徒歩10分。B-Con Plazaの東側、市役所に隣接。旧米軍基地でもある。
 
イメージ 47
別府市中央公民館(別府市公会堂)。こちらも吉田鉄郎設計で1928年築。
2015年の改修により昔の姿を取り戻した(画像差し替えました)


 
【以降は「大分県別府市(2)」に続く】
取材協力:駅前通り商店街の皆さん、プラットフォーム08

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