都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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福岡県飯塚市  市制:1932年1月20日 合併新発足:2006年3月26日
 【人口】131,492人(増加率:-1.4%)、外国人数993人
 【面積】214.13k㎡
 【平均年齢】46.1歳
 【事業所数】6037事業所
 【年間小売販売額】1,498.6億円(増加率:-1.5%)
 【大型店面積合計】137,203㎡
 【主要駅など】JR新飯塚駅、西鉄飯塚バスセンター
 【主な市街地大型店】あいタウン(丸和)、井筒屋サロン、公設市場、麻生新飯塚駅前店
 【主な郊外大型店】イオン穂波、トライアル、ドンキホーテ、ミスターマックス
 【主な撤退大型店】ジャスコ(→マンション)、エマックス(→マンション)、ダイマル商店(→マンション)、丸和穂波店(→ドンキ)
 【主な商店街】本町商店街、東町商店街、永楽町商店街、昭和通商店街、吉原町商店街、新飯塚商店街など
 【主な観光地】長崎街道、嘉穂劇場、伊藤伝右衛門邸、内野宿、柳原白蓮
 【主な事業所】麻生グループ(本社)、ひよ子(本店)、千鳥屋(本店)、一番食品(本社)、飯塚信金(本部)、日本電産
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


 『工業都市とベッドタウンに生まれ変わった炭都の元気な商店街は新住民増加と大規模再開発にどう挑む』
 
 飯塚市は福岡県筑豊地方の中心都市である。かつては炭鉱都市として栄え、現在は福岡市・北九州市の中間地点に立地することからベッドタウンとしてマンション立地が進行、また学園都市にもなっているほか、複数の学術研究施設も立地している。炭鉱跡には多くの工場が立地、特に大手食品メーカーの工場も目立つ。
 飯塚市の中心駅はJR新飯塚駅であり、市役所もこの近隣にあるが、中心商店街までは遠賀川を挟んで2キロ弱の距離がある。新飯塚駅前の新飯塚商店街は、中心商店街と比較して小規模のものであり、空き店舗が多い。数年前に片屋根式のアーケードも撤去された。また、市街地の南部にあるJR飯塚駅前にも小規模の商店街があるが、こちらも長年に亘って駅前の顔であった炭都ビルが解体され更地になるなど、往年の活気はない。
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JR飯塚駅。
 
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飯塚駅前交差点より東、飯塚駅遠方。駅前商店街に店は少ない。右奥に炭都ビルがあった。
 
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JR新飯塚駅。2001年に建て替えられ、橋上化された。
 
 新飯塚商店街より1つ南側の吉原町商店街は車道も広く、現在も比較的多くの商店が立ち並ぶ。周辺には麻生芳雄商事が運営する食品スーパーのスーパー麻生、そして麻生飯塚病院、麻生新飯塚パークプラザが立地する。
 この麻生新飯塚パークプラザは非常に不思議な物件である。もちろん、筑豊最大の病院である麻生飯塚病院の駐車場として十分機能しているのであるが、この駐車場は広い敷地の半分に高層の立体駐車場があり、駅に近い側の残りの半分は平面駐車場となっている(近年になって一部にマンションが建った)。また、立体駐車場の1階は天井が高く、純粋に駐車場のために建てられた訳ではないことも明白である。
 実は、これには秘密がある。この地にはバブル期に西友の大型店の出店計画があり、立体駐車場はそれを見越して先に建設されたものだったのである。現在、このことに関して触れられている資料はあまりないが、実際に旧大規模小売店舗法に基づいて正式に出店申請が出ている史実である。ショッピングセンター名はNIC(仮称)、核店舗は西友、売場面積29,000㎡、延床面積95,500㎡と筑豊地区最大、設置者は麻生セメントであった(東洋経済大店総覧より)。しかし、同時期に飯塚市に隣接する穂波町(現在は飯塚市に合併)へ九州ジャスコが出店した影響もあったのであろう、結局完成したのは立体駐車場だけであり、今に至っている。
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新飯塚駅周辺、新飯塚パークプラザ(右)と麻生飯塚病院。手前は遠賀川。
 
 吉原町商店街をまっすぐ行き、芳雄橋を渡れば飯塚市の中心市街地だ。橋を渡ってすぐにあるのが再開発ビルの「あいタウン」である。隣接地には西鉄飯塚バスセンターもある。飯塚バスセンターは1日に約15,000人の乗降客があり、約7,000人の新飯塚駅をはるかに上回る。
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旧・西鉄飯塚バスセンター・エマックスイイヅカ。現在は解体、再開発中。
 
 「あいタウン」隣接地には1996年まで九州ジャスコ飯塚店が出店していたが撤退、現在はマンションとなっている。ジャスコ閉店のあおりを受け、1998年にはジャスコ隣の西鉄飯塚バスセンターの商業施設「エマックスイイヅカ」も閉店した。エマックスは西鉄が久留米、大牟田、飯塚に展開していた商業施設であるが、現在営業しているのは久留米のみである。この相次ぐ核店舗の喪失のあと2003年に「あいタウン」が完成した。核店舗として小倉に本社を置く総合スーパーのサンリブが出店する話もあったが、元々当地に出店していた小倉に本社を置くスーパー「丸和」と、以前より近くに店舗を構えていた福岡市の「ベスト電器」となった。しかし、この両店舗はともに経営破綻し、店舗の大幅削減が行われた。丸和は半分以上の店舗削減を行ったものの、丸和あいタウン飯塚店は現在も1階の核として営業を継続している。一方、2階のベスト電器は郊外店舗との統合のために撤退、現在はドラッグストアや100円ショップが営業している。また、3階から4階には開店当初から医院や文化教室、証券会社、保険代理店などが入居し、立体駐車場も備える。そして、飯塚市の中心商店街はこの南側に形成されている。
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あいタウン。周囲にはマンションが多く、比較的客は多い。
 
 2014年現在、飯塚市の中心商店街では3つの大きなプロジェクトが進行している。そのうち1つが、飯塚バスセンターとその周辺の「吉原町1番地区第一種市街地再開発事業」だ。これは西鉄などを中心とした再開発組合を事業主体とし、飯塚バスセンターとその周辺の建物を解体、跡地に11階建ての複合ビルを建設するというもの。1階は飯塚バスセンターと小規模な商業施設(コンビニエンスストアなど)、2階から4階が飯塚医師会の関連施設(クリニックなど)、そして5階から11階がマンションとなる。2015年の完成予定で、総事業費は約38億円。再開発ビルの名称は「サンメディラック飯塚」に決まったが覚えやすいものではなく、市民に親しみを持たれるかも課題となろう。
 飯塚バスセンター近隣は福岡市中心部まで乗り換えなしで行けるためにマンション需要が高く、周辺には多くの分譲マンションが建設されている。
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あいタウン前から飯塚バスセンターを望む。左奥に本町商店街の入口がある。
写真右側の街区は再開発によりバスセンターとともに全て解体された。
 
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建替え中の飯塚バスセンター。
 
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再開発の完成予想図。写真正面が上の写真の右側の街区にあたる。
西日本鉄道ウェブサイトより引用。

 飯塚バスセンターの西側に面し、これより南の国道211号線沿いにあるのが昭和通り商店街だ。ここにはアーケードはないものの、金融機関や飯塚郵便局、銘菓チロリアンで有名な千鳥屋本店などもあり、飯塚市中心市街地のメインストリートであることを感じさせる。
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昭和通り。永楽町商店街の入口附近。
写真左手前の街区は後述の永楽町再開発により全て解体される。
 
 そして、その西側にあるアーケード商店街が飯塚市の中心商店街である「本町商店街」である。かつて長崎街道飯塚宿がおかれていた、歴史ある商店街だ。
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本町商店街の北口附近。長崎街道飯塚宿跡の碑が見える。
 
 飯塚市の中心商店街は、現在も比較的活気のある商店街として知られる。アーケード内に大型商業施設がある訳ではないが、常に人が行き交う姿が見られる。アーケード中ほどには全国的に非常に有名な銘菓ひよ子の本店、小倉に本店を置く百貨店の飯塚井筒屋サロン(現在は小型店)があるほか、からくり時計も設置されている。この本町商店街は比較的買回り品店の割合が高く、地方の10万都市でこのような業態の商店街が賑わっているのは珍しい。
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本町商店街。

 飯塚市中心市街地における、2つ目の大きなプロジェクトはこの本町商店街の南部で実施されている、ダイマル商店跡の再開発である。ダイマルは飯塚地場の衣料百貨店であり、5階建ての建物であった。井筒屋とともに商店街を代表する大型店として親しまれたが、1999年に破産、その後は長らく空き店舗となっていた。このダイマル跡には、商店街などが出資した「まちづくり飯塚」により、賃貸住宅を核とした4階建ての複合ビルが建設される。1階には交流施設と喫茶店が入居予定で、総事業費は7億5000万円。2015年に完成予定となっている。 
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ダイマル商店跡。解体前に撮影。
 
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本町商店街の南端。
 
 この本町の南部、旧ダイマル近くから東に枝状に延び、昭和通まで繋がるアーケードが永楽町商店街だ。
 永楽町商店街は飯塚公設市場を始め、生鮮品・食料品店が多い。アーケードの南側は多くは共同ビルとなっている。 
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永楽町商店街、昭和通り入口。再開発によりこの風景は存在しない。
 
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永楽町商店街。飯塚公設市場附近。
 
 商店街における3つ目の大きなプロジェクトは、永楽町地区の大規模再開発である。本町の南側から永楽町の北側にかけては2008年に大火があり、空き地が広がっている箇所がある。この再開発により、2014年から2015年にかけて永楽町商店街は街路ごと全て解体撤去され、2017年までに新しい商店街や公設市場、高層マンションが生まれる予定だ。再開発される範囲は約6,500㎡、地権者は106人にも及ぶ。
 集客力のあった地区の長期に亘る再開発は、周辺の商店街にも様々な影響を与えるであろう。アーケード東側出入口の向かいは昭和通を挟んで千鳥屋の本店がある。
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 永楽町商店街。個性的なバナー旗。
再開発により2015年までに解体され、写真に写っている部分は全て無くなる。
 
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永楽町と本町の交差点。
 
 更に、本町通り商店街の南に繋がって⊥型に延びるアーケードがサンエステ東町商店街である。以前はこの周辺にマルショク(サンリブ)などの食品スーパーが出店していたこともあるが、現在大手スーパーは出店していない。 
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サンエステ東町商店街、県道を横断する部分。
 
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上の写真と同じ地点から飯塚公設市場を見る。左側の街区が全て解体・再開発される。
公設市場はアーケードの反対(車道)側から見ると共同ビルであることがわかる。
 
 サンエステ東町商店街の南側には、新旧2つの文化施設がある。西側のアーケード出入口にあるのが飯塚文化会館「コスモスコモン」だ。
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飯塚文化会館コスモスコモン
 
 かつてここに九州ジャスコ飯塚店(当時)を移転させる案もあったが、賛否両論があり、結局1994年にジャスコは中心市街地から2kmほど離れた穂波町のバイパス道路沿いに移った(現:イオン穂波店、その後増築。なお、ジャスコ飯塚店も96年までは縮小しながら営業を継続した)。ただ、例えこの場所にイオンが出来ていたとしても土地は狭小であり、郊外への出店は避けられなかったであろう。なお、現在のイオン穂波店の近くにもかつて小型のジャスコが出店していた。
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イオン穂波店。
 
 そして、もう1つ、東側のアーケード出入口、昭和通りを挟んだ東側にあるのが有名な「嘉穂劇場」である。1931年に建てられ2006年には国の有形登録文化財にも指定された現役の劇場で、木造ながら1200人を収容する本格的なものである。
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嘉穂劇場。
 
 先述の3つの再開発の影で、元気な商店街と言われる飯塚市の中心商店街にも変化が起きている。
1つは、本町商店街の核の1つとなっていた「紀乃国屋書房」が2014年7月に閉店したことだ。書店は商店街の中でも集客力があり、また店舗にはからくり時計も設置され人気となっていた。しかし、書籍のインターネット販売が活況な現在となっては売り上げの低下は避けられなかったのであろう。
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本町商店街「紀乃国屋書房」前、からくり時計に足を止める人々
 
 そして、もう1つは同じく本町商店街の核である「飯塚井筒屋」の営業縮小である。飯塚井筒屋は北九州市に本店がある井筒屋が運営する百貨店である。1949年に開店、もともと4階建て、4000㎡ほどの小規模な店舗であり、生鮮品は扱っていなかった。飯塚井筒屋は2009年より「井筒屋サロン」というサテライト店になり、営業フロアを2フロアのみとし3〜4階は催事場、また地元向けのギャラリーとなっていた。しかし、2014年10月よりその営業フロアも1階のみとなり、売場面積は1000㎡を下回ることになる。飯塚店は自社物件であるが、建物は非常に古く駐車場もないために今後は郊外への移転も想定されよう。井筒屋は過去に大牟田店、中津店、若松店などを市街地から近いショッピングセンター内に移転、テナントとして規模を縮小して運営している。
 井筒屋は今回の再度の規模縮小に伴い、婦人服や化粧品の取り扱いも減るであろう。飯塚井筒屋は小規模ではあるが、商店街内では最も規模の大きな商業施設であり、集客力もあるために規模の縮小による影響は大きいと思われる。
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飯塚井筒屋。本町商店街に立地。
 
 飯塚市中心市街地で行われている再開発のうち、バスセンターとダイマル跡の2つの再開発に共通している点が、どちらも居住者の増加に重きを置いたものであり、商業施設は1階の一部のみに限られているということである。飯塚市の中心市街地にはマンションも多く立地しており新たな居住者も多い。中心商店街は商店数も多く、頻繁にイベントも実施されておりまだまだ賑わいを失っていない一方で、先述の井筒屋の大幅縮小のように商機能衰退の波は少しずつ訪れている。
 また、新しい商店街が生まれる予定の永楽町再開発は2014年から2017年までと長期間に亘り、更に再開発後は家賃が上昇する可能性もあり、一度撤退した商店がまた戻って来るかは分からない。繁盛していた店は、既に郊外移転したものもあると聞く。そして、生鮮品店が多く集客力のあった永楽町の再開発は、隣接する本町商店街などの通行量にも大きく影響を与えるであろう。
 中心市街地に新たな居住者が増えつつあるいま、「元気な商店街」があるうちにより一層の商機能の充実も図り、新しい住民にも親しまれるような便利な中心市街地を目指して欲しい。 
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飯塚市の中心市街地。あいタウン屋上より。

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