都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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北海道小樽市  市制:1922年8月1日
 【人口】131,928人(増加率:-7.2%)、外国人数379人
 【面積】243.30k㎡
 【平均年齢】50.4歳
 【事業所数】6377事業所
 【年間小売販売額】1,410.3億円(増加率:-11.4%)
 【大型店面積合計】148,944㎡
 【主要駅など】JR小樽駅、北海道中央バス小樽ターミナル
 【主な市街地大型店】サンポート長崎屋小樽店
 【主な郊外大型店】ウイングベイ小樽(旧マイカル小樽)
 【主な撤退大型店】ニューギンザ(→福祉施設)、丸井今井(→福祉施設)、大国屋(→ホテル)、ダックビブレ(→Se-b)
 【主な商店街】駅前中央通、セントラルタウン都通、サンモール一番街、花銀通、公園通、梁川、昭和通、妙見市場など
 【主な観光地】小樽運河、石造倉庫、北のウォール街、鉄道記念館、天狗山、小樽マリーナ、朝里川温泉、寿司
 【主な事業所】北海道中央バス(本社)、極東高分子(本社)、小樽信金(本部)
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


『大型店攻防戦の果てに医療と福祉の街になる観光都市の中心商店街』
 
 北海道小樽市は北海道後志地方の沿岸部にある港湾都市である。戦前は漁業や石炭の積み出し港として、また北海道経済の中心地として大いに栄え、海に面していない札幌市よりも人口が多かったことがある。現在も後志総合振興局(旧後志支庁)最大の都市であるが、総合振興局(旧支庁)は倶知安町に置かれている。
 市制は1922年であるが、これは札幌や函館などと並び北海道で最も早い。これ以前の北海道では区制が敷かれており、市は存在しなかった。
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旧日銀小樽支店。小樽は「北のウォール街」とも呼ばれた道内一の金融街であった。
 
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小樽市中心部を走っていた国鉄手宮線跡。北海道最初の鉄道として1880年に開通。
この先、かつての終点には北海道鉄道記念館もある。

 しかし、戦後は経済の中心が札幌に移り、石炭産業も衰退、更に港湾も道内各地で整備されたために人口は漸減、その都市機能も大きく変わった。
 有名な小樽運河も一時は埋め立てが検討されたことがあったが、結局埋め立ては一部にとどまり、埋め立てた場所に遊歩道が整備されたことで小樽観光を代表する風景として親しまれるようになった。このようにして、奇しくも街の衰退に伴い余剰となったインフラの多く(運河、倉庫街、金融街、鉄道施設など)は、その後の小樽の観光地としての発展に大きく寄与することとなった。現在の小樽市は観光都市として全国的に有名であり、そして電車で50分ほどの札幌のベッドタウンにもなっている。
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小樽運河附近の町並み。左側は臨港通り。手宮方面を望む。左側が運河を埋め立てた遊歩道。
 
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運河沿いの古い倉庫。内部は観光用に改装されているものが多い。

 小樽観光の玄関であるJR小樽駅は1934年に建築された駅ビルがシンボルとなっている。駅ビル内部は昭和初期の面影を強く残すが、一部は近年改装され、特産品販売店やベーカリー、バーガーキングなども入居している。
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JR小樽駅。印象的な駅舎は築80年を超える。
 
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JR小樽駅より北方面、国道5号線沿いの風景。
 
 近年の小樽における商店街、商業の歴史は大型店の攻防の歴史とも言える。
 小樽駅前には駅前第一ビルから第三ビルまでの1970年代に建築された大型再開発ビルがある。このうち、1975年より小樽駅前第二ビル「サンポート」の核店舗として入居しているのが「長崎屋小樽店」である。
 大手スーパーであった長崎屋は経営破綻ののち2007年よりドン.キホーテに買収され、現在は多くがドン.キホーテの店舗となっているが、長崎屋小樽店は中心市街地唯一の大型店であり、現在も総合スーパー長崎屋として運営されている。サンポートは長崎屋を含めて売場面積約12,000㎡ほどで南側高層階(5階以上)の一部は開業当初よりアパートとなっているほか、長崎屋3階にはテナントとしてドン.キホーテが入居している。
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JR小樽駅前から南方面。長崎屋小樽店・サンポートがある。
道内最大手のバス会社である北海道中央バスも写るが、この本社も小樽市にある。
 
 駅前中央通りに面して長崎屋の裏手にはセントラルタウン都通商店街があり、その南側には小樽サンモール一番街がある。中央通りにはオフィスやホテルなどが多く立地し、直進すれば小樽港や運河通りに至る。
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JR小樽駅前、駅前中央通りを望む。右側に都町商店街の入口がある。

 現在はJR小樽駅に近く、駅前中央通りに面し長崎屋の裏側にあたるセントラルタウン都通商店街が小樽市の中心商店街となっている。地元民向けの昔ながらの商店も多いが、時折観光客をターゲットにした店も見られる。 
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セントラルタウン都町通り商店街。駅前中央通りに面する。
  
 しかし、長年に亘り小樽商業の中心はこれより南側にあるサンモール一番街であった。一番街の更に南側には、飲食店なども多い花園銀座街(花銀通り商店街)がある。 
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市内で最も規模の大きい商店街であるサンモール一番街。
右側は全範囲が旧丸井今井小樽店。専門店のみ営業中の頃。

 これらの商店街から運河通りまでは約1キロほどであり、その周辺には観光施設や土産品店、寿司屋なども多くあり、観光客の姿も見られる。これより運河通りに近い堺町通り商店街は観光客向けの店が中心となっている。 
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日銀通り、運河方面を望む。右は堺町商店街。
かつての銀行が軒を連ねており「北のウォール街」と称されていた地区。
 
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旧三菱銀行小樽支店。現在は北海道中央バスが所有。
観光施設とバスターミナルを兼ねた「小樽運河ターミナル」となっている。
 
 かつて、サンモール一番街附近には1891年に開店した丸井今井小樽支店を始めとして3つの百貨店があった。しかし、1980年ごろはそのいずれの百貨店も売場面積10,000㎡に満たない規模であり、駅前にサンポート(長崎屋)が出店すると苦境に立たされることになる。
 バブル経済の中で、1988年には一番街のニューギンザ百貨店が閉店、そして1989年には一番街と都通の間にあたる昭和通り商店街にあった大国屋が西武百貨店と業務資本提携を結ぶこととなった。 
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一番街と都通りの間の緑山手通り。昭和通り商店街が形成されている。
左のホテルの位置に大国屋百貨店が立地していた。

 そんな中、地場最大手で札幌市に本店を置く丸井今井小樽店はニューギンザ百貨店跡地を利用して総工費130億円で店舗の建替えと大幅増床を行うことになり、丸井今井は1990年に小樽グランドホテル、駐車場などとの13階建て複合ビルとなった(1992年には更に増床され、丸井今井運営のファッションビルマルサも開業)。この丸井今井の建て替えは中心商店街に大きな影響をもたらした。丸井今井増床のあおりを受けて大国屋は1993年に閉店してしまう。大国屋跡にはホテルが進出、サンモール一番街は区画の3分の1ほどが丸井今井系列の建物となり再び活気を取り戻した。
 この頃、堺町商店街や運河通り、臨港通り、色内通り、寿司屋通りが次第に観光客向けの商店街へと生まれ変わっていく中で、サンモール一番街はシティホテルと百貨店のある小樽市民のハレの場として華やかな雰囲気を醸し出していた。
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サンモール一番街、旧丸井今井とマルサの間にあった自由通路の「クリスタルコート」。

 しかし、1999年に再び小樽の商業地図を塗り替える出来事が起きた。小樽駅から4キロほどにある小樽築港駅ヤード跡などを利用したショッピングセンターとホテルの複合施設「マイカル小樽」の開業である。
 マイカル小樽は総工費600億円をかけて建設され、総合スーパーのサティ、百貨店のダックビブレ(ファッションビルのVIVREではなく、青森市に本社を置く現在の「さくら野百貨店」の店舗)、ワーナーマイカルシネマズ、ヒルトンホテル小樽などが出店、売場面積は約98,000㎡で5000台の有料駐車場や大型観覧車を備えていた。
 この郊外型百貨店と総合スーパー、シティホテルを備えた大規模ショッピングセンターの出店により中心市街地の商業施設は大きな影響を受けた。2004年よりサンモール一番街では屋台村やレンガ横丁を開設するなど新たな活性化策を取った。しかしその翌年の2005年、丸井今井小樽店は115年の歴史に終止符を打つことになった(丸井今井はその後経営破綻し三越伊勢丹グループとなり、札幌店と函館店のみ営業中)。
 核を失った商店街は、2005年より百貨店の一部を使い専門店街「サンモールネオ」の運営を開始するも、小樽グランドホテルの閉鎖に伴いそれも2009年に閉店、ビル所有会社は自己破産した。集客の多くを丸井今井に頼っていたサンモール一番街は、10数年前まで約100年に亘って小樽の中心地となっていた面影はもはやない。 
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威容を誇る旧丸井今井小樽店・小樽グランドホテルとサンモール一番街南口。
前の道路は観光客が多く通る寿司屋通り。旧丸井今井小樽店は2014年に解体された。
 
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旧丸井今井小樽店解体直前はサンモール一番街の人通りもまばらに。
この辺りは10数年前まで小樽市内で最も地価が高かった場所である。

 しかし「マイカル小樽」の経営も決して安泰ではなかった。2001年に運営会社のマイカルは経営破綻、2002年にはビブレが閉店し、ビルの広範囲が空き床となってしまう。
 2003年にマイカル小樽はウイングベイ小樽と名称を変更し再出発した。しかし、札幌通勤圏の小樽築港駅に隣接しており、駐車場の完全無料化も実施していないこともあってか札幌からのマイカー利用客は思ったほど多くはなく、更に2003年に札幌駅に大規模商業施設のJRタワー(大丸・ステラプレイス)が開業したため、札幌から約40分かけて電車で訪れる客は少ない。百貨店が核だったこともあり造りが非常に豪華でランニングコストがかかり、10万都市の商業施設としては規模が大きすぎたこと、マイカル時代は両端の核店舗がいずれも生鮮食品売場を持つという使い勝手の悪い構造だったこともあり、現在も多くの空き床が見られる。
 現在のウイングベイ小樽にはイオン、ビバホーム、しまむら、ニトリ、喜久屋書店、Se-b専門店街、イオンシネマなどが出店、ヒルトンホテルはグランドパークホテルとなり、大型観覧車は運転を休止している。 
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旧マイカル小樽であるウイングベイ小樽。旧ダックビブレ側。
現在、広告塔屋はスーパービバホームのものに変わっている。

 サンモール一番街の丸井今井小樽店跡は3度の競売不成立を経て2013年にようやく購入者が現れ、13階建ての瀟洒なビルは解体されて跡地に老人福祉施設と病院が建設されることになった。サンモール一番街の南に隣接する花銀通り商店街(花園銀座通り商店街)にも2009年に老人福祉施設が完成しており、小樽市一番の繁華街は医療と福祉の街へと生まれ変わることになる。 
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サンモール一番街南口から花園銀座通り商店街を望む。この左奥に老人福祉施設が出来た。

 百貨店跡地の再活用は喜ぶべきことであろうが、これらの施設に物販機能が設けられるかどうかは未定であり(薬局などの設置は予想されるが)、跡地の再活用により中心商店街に好影響が生まれるかは未知数だ。
 先述の通り、両商店街の周辺には観光客も多く、観光都市の商店街の核が相次いで老人福祉施設となることは賛否両論を生むであろう。 
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一番街の上の写真とほぼ同地点から運河方面を見る。寿司屋通りと呼ばれる通りで観光客が多い。
 
 そして、これらの大型商業施設の攻防の末、小樽市中心部で唯一残った大型商業施設であるサンポート・長崎屋小樽店は残された商店街とともに全てを見届け、現在も小樽駅前で営業を続けている。 
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現在は非常に珍しい存在となった「長崎屋」が孤軍奮闘する。
 
一部画像提供・ご協力:地理人研究所さま・魚青さま 

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