都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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大分県臼杵市  市制:1950年4月1日 合併新発足:2005年1月1日
 【人口】41,469人(増加率:-4.3%)、外国人数199人
 【面積】83.81k㎡
 【平均年齢】50.6歳
 【事業所数】1907事業所
 【年間小売販売額】391.4億円(増加率:2.1%)
 【大型店面積合計】29,483㎡
 【主要駅など】JR臼杵駅、臼杵港
 【主な市街地大型店】コープ大分うすき店、まるしょく屋(マルショク)八町大路店
 【主な郊外大型店】サンリブ臼杵、HIヒロセ臼杵店
 【主な撤退大型店】臼杵トキハ(→大分銀行)、マルショク臼杵本町(→再出店)、臼杵寿屋(→焼失、駐車場)
 【主な商店街】八町大路(中央通)、港町、新町、本丁など/のついち(郊外)
 【主な観光地】臼杵石仏、臼杵城、城下町の町並み、野上弥生子記念館、風連鍾乳洞、河豚料理
 【主な事業所】フンドーキン、富士甚、南日本造船、臼杵造船、臼杵運送(以上臼杵本社)、ジェイデバイス、川澄化学
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


徹底したリニューアルで息を吹き返した城下町の商店街
 
 大分県臼杵市は豊後水道に面する城下町である。臼杵港は16世紀にポルトガル・オランダとの南蛮貿易で栄え、臼杵城下には今も武家文化と南蛮文化の双方が感じられる町並みが広がる。 
 また、郊外にある臼杵石仏は国宝に指定されているほか、2005年に臼杵市と合併した野津町は民話「吉四六さん」のモデルとなった人物の故郷である。
 臼杵市の主要産業として挙げられるのが、造船業と醸造業である。特に醸造業の中心を担う「フンドーキン」「フジジン」の2社は西日本を代表する醤油・味噌メーカーとなっている。
 もちろん、城下一帯の伝統的な街並みを訪れる観光客も多く、観光も主要産業の1つとなっている。
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城址公園から山側(南側)の町並みを見る。
中央奥にある学校は大分県立臼杵高校、この左側にJR臼杵駅がある。
 
 臼杵市は県都である大分市に隣接しているものの、大分市中心部までは一般道で1時間ほどかかるためにベッドタウンとしての人口増加は見られない。
 しかし、買回り品の商業流出は深刻であり、現在臼杵市内の総合スーパー・ショッピングセンターは郊外部のマルショクサンリブ臼杵店のみとなっている。かつて存在した百貨店「臼杵トキハ」の閉店も、大分市までの道路状況改善が一因とも言われる。
 サンリブ臼杵周辺の江無田地区、臼杵インター周辺の野田地区には多くのロードサイド店が立ち並び、臼杵市の商業の中心となっている。
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かつて存在した臼杵トキハ。2006年に閉店した。
 
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マルショクサンリブ臼杵店。この辺りにはロードサイド店が並ぶ。
  
 臼杵市の中心市街地はJR臼杵駅周辺の三角洲地帯に広がる。臼杵駅前は静かな雰囲気であるが、朝夕は大分駅方面への通学客も多く利用する。
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JR臼杵駅。
 
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臼杵駅構内。
 
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臼杵駅前。磨崖仏のモ二ュメントがある。
 
 臼杵駅前から北側に直進し海添川を渡って西側、最も臼杵駅に近い商店街が「港町商店街」だ。
 港町といっても現在は海に面していないが、城下町時代、この東側に臼杵港があった。現在の臼杵港は埋め立てにより移転している。
 港街商店街は昭和を感じさせられる街並みながら綺麗に整備されており、イベント広場も設置されている。globeのボーカル・KEIKOの実家として知られる高級料亭もこの商店街内にある。 
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港町商店街、臼杵駅側の入口。コンビニエンスストアはあるが大型店はない。
 
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港町商店街。昭和の商店街を感じさせる街並み。
 
 港町商店街を抜けると北側に臼杵城が見え、ロータリーがある。この「辻ロータリー」周辺が臼杵市の中心部だ。
 臼杵城は戦国時代にキリシタン大名の大友宗麟によって築城されたものであり、現在は公園となっている。
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辻ロータリーより西側、港町商店街の入口がある。後ろに見えるのは臼杵城址。
 
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辻ロータリー。東に行くと中央通り(八町大路)、西に行くと港町商店街。
 
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辻ロータリーより北側、祇園町。左側の信金奥にトキハがあった。右奥にはコープがある。
 
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臼杵城址。
 
 現在は旧トキハの向かいに「コープ大分うすき店」が出店、店舗は近年新築されたものであり、中心市街地の核店舗となっている。
 この辺りは「祇園町」といい、トキハ跡(大分銀行)の北側には旧臼杵藩主である稲葉家住宅がある。 
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臼杵城西側、祇園町。コープ向かいのトキハ跡には大分銀行が建つ。右奥は旧藩主・稲葉家屋敷。
 
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コープ大分うすき店。コープおおいたは臼杵で創業、ここが元々の本店。

 本丁の西側にあたる二王寺地区には古くからの町並みが残り、観光客が多く訪れる。
 二王寺地区の西側から福良町にかけては寺町が広がる。龍原寺の三重塔は臼杵を代表する風景の1つだ。 
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二王寺の街並み。城下町臼杵を代表する風景。
 
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二王寺の西側、田町附近の商店街。龍原寺三重塔が見える
 
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田町から八町大路(畳屋町)方向を望む。伊予銀行を右に折れると八町大路。
この東側にはかつて寿屋もあったが、昭和50年代に焼失して閉店した。
 
 そしてロータリーより西側、二王寺地区の北側にあるのが臼杵市の中心商店街である「八町大路(臼杵中央通り商店街)」だ。商店街は西側の「畳屋町」、東側・ロータリー近くの「本町」の2町にまたがる。
 八町大路の前身である旧「シルバーロード中央通り商店街」は、1990年代末に核店舗であったマルショクが撤退(郊外移転)し、空き店舗も増加、観光地である二王寺地区に近いにもかかわらず、地元住民しか訪れない寂れたアーケード商店街となっていた。 
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現在は賑わう八町大路(中央通り)、本町から畳屋町を望む。
 
 しかし、2003年にアーケード撤去を伴う大規模なリニューアルにより「八町大路」と改名すると状況は一変、2013年には空き店舗がなくなったのである(但し、数ヶ所の空き地や駐車場として転用された場所は存在する)。
 全国的に見ても、ここまでのアーケード撤去に伴うリニューアル成功事例は珍しく、総店舗数が50店舗以上ある地方都市の大規模商店街において空き店舗が存在しないこと自体、稀有である。
 全国各地で老朽化したアーケードの撤去が行われている現在、アーケード撤去によりその場が「商店街」とさえ認識されなくなった地域さえ多いのが実情だ。 
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八町大路(中央通り)、本町。アーケードを撤去したことで古い建物が目立つようになった。
 
 八町大路商店街の成功には様々な要因がある。
 もちろん、観光エリアから徒歩圏であるために「観光客の取り込みに成功した」というのが大きいのは事実である。しかし、単なる「アーケード撤去によるリニューアル」では観光客を呼び込むことは難しい。
 地元客、観光客の双方が訪れる「賑わいの場」となることが出来たのは、しっかりしたコンセプトを設定し、そのコンセプトに基づいて徹底したイメージ作りを行ったからこそである。
 
八町大路の取り組み
・商店街のコンセプトを設定
・既存商店を業態問わずコンセプトにあった建物へ改装
・コンセプトに合わせた公共施設を立地させる
・撤退を決めたスーパーが商店街のコンセプトに合わせた形に再出店
・住居と店舗の切分による新店誘致

 (一部のみ抜粋して紹介、以前も本サイトにて紹介)
 
 いずれも同様の活性化策を実施している事例は多くあるものの、ここまで徹底してやっているところは少ない。
  公共施設の新規立地も、商店街の性格を無視する形で「商店街に空き地があったので別の場所にあった老朽化した公共施設を新築移転させた」と思われる事例が全国各地で見られる中、商店街のスタイルに合わせた公共施設を設置したことも上手く働いたと考えられる。
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八町大路、新しい店舗と古い店舗が共存する。辻ロータリー前から本町を望む。
 
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八町大路から北側に折れた浜町商店街。この辺りも整備されている。
浜町という地名であるが、埋め立てなどにより浜辺の印象は全くない。
 
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この辺りは未改修の地区。八町大路の南側、田町附近。
元々八町大路にも古い建物が多くあったが、アーケード設置により目立たなくなっていた。

 そして、一度撤退した商店街内のスーパーマーケット「マルショク」が、商店街のコンセプトに合わせた建物に建て替えて営業を再開したことも活性化への大きな後押しとなった。 このように、各種チェーン店も商店街のスタイルに合わせた造りになっている店舗が多くある。
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左側の眼鏡店は九州の中堅チェーン店だが、一見するとチェーン店とは分からない。
手前は市内に本社があるフジジン醤油の店舗。八町大路、本町。
 
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スーパー「マルショク」(左)と公民館施設「サーラ・デ・うすき」前。
こちらもスーパーマーケットと公共施設には見えない造り。八町大路、本町。
 
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地場大手スーパーマーケット「マルショク」もこのような造りに。
このページの最初にあるマルショクサンリブ臼杵店と同じ会社とは思えない造り。
 
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スーパーマーケット「マルショク」向かいの公民館施設「サーラ・デ・うすき」。
観光案内所も設置されるほか中規模会議などにも使われ、市民・市外民問わず利用がある。
 
  かつては人通りがまばらであった商店街は、改装から10年が経過した現在も衰えておらず、週末は観光客の姿が見られるようになった。
 商店街の既存店、新たに出店した店舗、行政、民間(大資本)のそれぞれが商店街のコンセプトを良く理解し、1つの方向へと向かって取り組めたことが、活性化へと繋がった大きな要因であると言えよう。
 
(一部で以前の「アーケード撤去」に関する本サイト内の記事を再掲載しています)
取材協力:臼杵市のかた/トキハの写真提供:Gさん

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