都市商業研究所(都商研)

「都市商業研究所」は学生主体の研究機関です。「市街地活性化・都市交通などに関するコラム」と「都市別の市街地紹介」をお届けします。

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福岡県うきは市  市制:2005年3月20日
 【人口】31,640人(増加率:-3.8%)、外国人数147人
 【面積】117.55k㎡
 【平均年齢】47.5歳
 【事業所数】1336事業所
 【年間小売販売額】243.4億円(増加率:3.9%)(※ゆめマート開店前)
 【大型店面積合計】22,983㎡
 【主要駅など】筑後吉井駅、うきは駅、西鉄吉井バスセンター
 【主な市街地大型店】マックスバリュ吉井店/浮羽プラザ・Aコープ浮羽
 【主な郊外大型店】イズミゆめマートうきは店、サニー吉井ショッピングセンター
 【主な撤退大型店】大塚デパート(吉井寿屋)(→白壁交流広場)、マルショク吉井店
 【主な商店街】筑後吉井
 【主な観光地】筑後吉井の白壁の街並み、温泉、棚田
 【主な事業所】キャニコム(筑水農機・本社)
(人口など:'10年国調、面積:'12年国土地理院、事業所:'12年総務省経済センサス、小売:'07年経産省商業統計、大店面積:'12年4月)


明治時代にタイムスリップ!現在も賑わう白壁土蔵の商店街

 うきは市は2005年に浮羽郡吉井町と浮羽町が合併して誕生した、福岡県南東部の都市である。
城下町であった福岡県久留米市と天領であった大分県日田市の間の筑後川沿いに立地し、古くから陸運、河川交通ともに発達、宿場町、商人町として大いに栄えた。
 全国的にはそれほど有名ではない町ではあるが、中心市街地である吉井地区の国道210号線沿い(旧筑後街道)には明治期の町並みが驚くほど綺麗に残っている一方で、現在は隣接する久留米市のベッドタウンともなっている。
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国道沿いに並ぶ美しい白壁の建物。
 
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伝統的な街並みを残しながら現在も中心市街地として、幹線道路として賑わう。
 
筑後吉井
 うきは市の中心商店街は旧吉井町の国道210号線沿いに広がる。
 筑後吉井の中心部は重要伝統的建造物保存地区に指定されており、国道沿いには明治期に建てられた白壁(なまこ壁)の町並みが続く。これら中心商店街の建物の多くは1869年の吉井大火後に建築され、1903年には現在の国道210号線沿いに軌道線も敷かれた(1923年に国鉄久大線開通により廃線)。
 重要伝統的建造物保存地区(伝建地区)とは、1975年の文化財保護法改正により定められたもので、地元自治体からの申請により国によって指定された町並み保全地区のうち、特に重要なものがそれに該当する。このような幹線道路沿いに、これだけの伝統的町並みが残存しているのは珍しいことである。
 しかも、特筆すべきはそれら伝統的家屋や復元家屋の多くが、老舗呉服店や観光客向けの菓子店、ギャラリー、古美術店などに留まらず、印刷所や書店、塾など、市民生活と密接に関わる「普通の店」として活用されているということだ。
 吉井町の町並み保全は1984年に「白壁保存と活性化を考える会」が発足したことに端を発する。1993年には旧吉井町が「町並み保存地区保存条例」を制定。これは保存地区を指定し、保存地区の個人住宅への修復補助制度などを定めたもので、これにより建物の保存・修復・復元工事が開始された。更に、住民の意識調査や保存対策調査を経て、1995年からは国の「街なみ環境整備事業」も開始、1996年より重要伝建地区にも指定された。それ以後、失われていたなまこ壁の復元や電柱の地中化も進むことになり、2011年には国道210号線沿いの電線地中化が完了した(写真の一部は電線撤去前のもの)。
 これほどの規模の街並み保存は行政主導のみで出来るものではない。伝統的街並みに対する住民の理解と協力も大きな後押しとなっている。2015年現在、環境整備助成事業により吉井市街地で保全や復元の対象となっている建物は300軒弱にものぼり、そのうち「鏡田屋敷」「居蔵の館」「うきは市吉井観光会館土蔵」などは見学することもできるほか、個人商店として活用されている場合でも見学されて貰える店舗もある。
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国道210号線沿い。白壁の街並みの西側から東方向を見る。本町から札ノ辻方面。
 
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国道210号線沿い、札ノ辻から中町。鏝絵が素晴らしい。電線撤去の直前。
 
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国道210号線沿い。白壁の街並みの中央部、中町から上町。蔵しっく通りの愛称もある。
 
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国道210号線沿い、上町。電線撤去の直前。実は創建当時は黒漆喰を使った建物も多かったそう。
 
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国道の北側にあたる白壁通り、国道から北側。
 
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白壁通り。見事な街並みが続く。
 
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白壁通り。
 
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白壁通りの奥にある「居蔵の館」は精蝋業で財をなした旧松田家住宅。
 
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居蔵の館。
 
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居蔵の館。
 
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観光協会が管理している土蔵。見学できる。
 
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街並みに合わせた形のエアコン室外機の覆い。
 
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この水路は庄屋によって造られた南新川という農業水路。
製粉用水車も設置されていた。立丁通りに沿って流れる。
 
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素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)は明治時代の神仏分離令により廃寺となった旧東光寺跡の建物。
つまり「旧お寺の居抜き物件に神社が入居している」という状態。

 商店街の中央部には「白壁交流広場」という大規模な広場と駐車場が整備され、イベントなどに活用されている。ここは2001年に閉店した中心商店街の核店舗となっていた大塚デパート(地場百貨店、のちに寿屋系列)跡地の再活用。この広場と駐車場の設置は白壁の町並みの連続性を欠くものの、古い商店街の駐車場不足の解消に大きく寄与することとなった。車での街並み見学の際にはここに駐車すると便利だ。
 吉井の中心商店街は幹線道路に位置し、バスセンターや駅も近く、久留米市のベッドタウンとなっていることもあり、小都市ながら中心商店街の空き店舗は比較的少ない。近年は街並みの整備に伴い観光客向けのギャラリーや古美術店の出店も増えており、地元向けの店舗の中に観光客向けの店舗が混在する状態となっている。
 なお、白塗りでお馴染みのゴールデンボンバー樽美酒研二さんはこの近くの出身である。
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白壁交流広場。かつては大塚デパート(地場百貨店)があった場所。
九州最大手スーパーの寿屋系(倒産)となったのちに2001年閉店。
 
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マックスバリュ吉井店(旧タイホー吉井店)。
国道210号線沿い、吉井市街地の東端に当たる。白壁の町並みに合わせた建物。
 
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マックスバリュやバスセンター近くの奥。右のアパートも街並みに合わせた形。
 
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西鉄吉井バスセンター前の国道210号線沿い、吉井市街地の東端。ここから東は電柱がある。
これより東は少数残る商家建築も空き家であったり、保存活用されていないものが多い。
 
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西鉄バス久留米・吉井営業所。久留米方面へのバスの本数は比較的多い。
 
 白壁の街並みの数百メートル北側には国道210号線バイパスが通っており、一時期は自動車の混雑が激しい時間帯もあった白壁の街並みの交通事情も大きく緩和された。その一方で、中心市街地の中・大型店は撤退する店舗も出始めている。
 うきは市役所もバイパス沿いに立地しているが、白壁の街並みからも徒歩圏である。
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吉井市街地すぐ北の国道バイパスには総合スーパー「ゆめマート」などロードサイド店が建つ。
ゆめマートのある場所はかつて大塚デパート(寿屋)の移転予定地であった。

浮羽(筑後千足)
 旧浮羽町の中心部はJRうきは駅周辺。うきは駅は1990年まで筑後千足駅という名前であった。中心市街地には1998年まで北九州市の百貨店「井筒屋」も出店していたことがある。
 浮羽町北側の筑後川沿いには筑後川温泉があり、鵜飼が名物となっている。
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浮羽市街地。国道沿い、うきは駅方面。吉井市街地から商店や住宅が途切れることなく続く。
 
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浮羽プラザ(旧浮羽井筒屋百貨店)前。井筒屋跡にはスーパーバリューなどが入居。
 
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浮羽市街地。Aコープも浮羽市街地の核店舗。
 
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道の駅うきは。国道210号線沿いに立地。
 
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道の駅から西側を見る。浮羽町の街並みと耳納連山。
協力:うきは市、吉井観光協会、九州 都市学会
参考文献:藤田直子ほか(2014):筑後吉井伝統的建造物群保存地区における町並み景観の連続性に関する研究.
都市計画報告集(12).pp.181-184
      うきは市発行資料、観光パンフレット、うきは市吉井町の方々

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